第20話 vs 《封印迷宮第四階層守護者α》②

○○○



 前口上も何もない。

 エリスが飛び掛かると、それが戦闘開始の合図となった。

 彼女の攻めは烈火のごときものであった。それを受けた《業無しノースキル》も負けじと剣を繰り出した。

 剣と剣が叩き合う音が幾合も響き渡った。


業無しノースキル》の剣は、天衣無縫の剣であった。感覚的な説明になってしまうが、彼は『幾人もの剣技を持つ剣士』であり、次々と別人のような剣技を繰り出す剣士であった。そんな彼の剣技にたった一戦で対応するのは非常に困難なことに思えた。



 隠れ山で生活する中で、センセイから彼の話を聞いたことがあった。

 生前の彼は、日常の全てを剣に捧げていた。寝ても覚めても考えることは剣のことだけだったそうだ。

 そんな彼だからこそ、誰かと相見える度に、いや、誰かが剣を振るうのを見る度にそれを分析し、その長所を取り込んでたとしても不思議ではなかった。


 その一方、エリスは正道の剣士であった。

 彼女は王国騎士団と同じソード流剣術の使い手であった。しかし今の彼女は単なるソード流の剣士でないことを俺は知っていた。


 天衣無縫と正道。

 その二つの極北───

 俺から見た二人の剣の冴えに彼我の差はない。


「ふッ!!」


 エリスが小柄な体格を極限まで低空に反らし、《業無しノースキル》の死角から柄頭を握った高速の突きを放った。

 これこそが彼女本来の持ち味の一つである、苛烈さと柔軟さをハイブリッドさせた技術であった。単なる正道の剣士ではこうはいかない。


業無しノースキル》は一瞬回避が遅れ、肩口のプレートをえぐり取られて失ったのだった。


 エリスはソード流をベースに、激しい剛と水のような柔を卓越した速度で自由自在に操る───それこそが彼女の剣技の正体であり、エリス流剣術であった。


「とんでもないじゃじゃ馬ですね!」


業無しノースキル》が微かに笑った。

 未だに余裕があることは明白だった。


「これならどうですかッ!」


 彼はそう言うと鍔迫り合いへと持ち込んだ。

 腕力は互角であるが、体格で勝る《業無しノースキル》が優勢に思われたが、《豪腕》と《力補正:大》を完全に律するエリスのことだ───器用にも彼女は一瞬引くことで鍔を外し───そこへ逆胴───!!


「やりますねぇ。やっぱり剣は楽しいや」


 胴から真っ二つ───とはいかずに、そこにすかさず剣を差し込んだ《業無しノースキル》が口の端を吊り上げて嗤った。


 彼とは対象的なエリスの表情が気に掛かった。

 一つのミスが命取りになる局面にも関わらず、楽しそうに剣を振るう彼に比べ、エリスの表情は時を経るごとに険しさを増した。


 ギギギギィン───と高速で剣を交わし合い、二人の攻防はまさしく息をもかせぬものであった。そんな極限の場面でも、微笑んで見せたのがエリス・グラディウスであった───はずなのだ。


 しかしここにきて、彼女の表情の厳しさに合わせるように、烈火の剣が激しさを増した。


「速い、ですね……そして重い。けれど───」


 

業無しノースキル》のその言葉の先は口にされずとも俺にも理解できた。

 エリスの剣は苛烈さを増すにつれ、それに反比例するかの如く、もう一つの彼女の本質たる───水のような柔らかさが失われていった。


 以前彼女が《業無しノースキル》を降すことができたのは、この二つを自由自在に操ったからだった。彼女の奥義たる《諸刃の極み》には剛と柔の双方が必要なのだ。


 目の前のマッチアップは達人対達人である。たった一つのマイナスが命取りになってしまい、たった一合剣を交わすだけでも大きく消耗するに決まっていた。

 それはつまり二人の消耗も激しく───もはや目の前にいる二人の剣士にそれほどの余裕はないように思えた。



 決着は近い───そんな確信とともに、なぜだか嫌な予感がした。



 ちょうどそこへ、


「ハァッッ───!!」


 エリスの剣が《業無しノースキル》の剣を強く押し返した。その拍子に彼は姿勢を大きく崩した。


「エリスッッ!!」


 逃げろ───は声にならなかった。


 スローモーション現象。

 これで終わりだとばかりに、エリスはこれまでで最速最高の一撃を《業無しノースキル》へと叩き込───ぬるりとした水のような剣・・・・・・がそれを阻んだ───かつてエリスが見せた技だった───用いたのは《業無しノースキル》だ───エリスの剣は《業無しノースキル》のグラムコピーに絡め取られそのまま上空へと弾き飛ばされた。


「楽しかったですよ」


業無しノースキル》は無慈悲な刃を彼女へと振るった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る