第2話 剣士の名は②

◇◇◇



 要するに、護衛の少女がソフィアに雇われたのはゴアパパによる一つの妥協であった。

 実績と信頼に足る護衛を付けることで、やんちゃな娘が暴走し、万が一それが上手く行ってしまったとしても最低限の安全は確保できるだろう───という、娘の暴走を阻止することを半ば諦めた上でのゴアパパによる次善の策とも言えた。


 さて、そこで問題になってくるのが、護衛の少女の実力である。

 彼女の実力が並み以下では話にならない。

 それどころか、そこそこ腕が立つ程度では超VIP二人を護りきるには全くの力不足であった。

 ならば彼女の実力は───


「隠れ山のふもとに行くのは良いんだけどさ」


 護衛の少女が街を出たところで、後ろの二人へと顔を向けた。


「絶対にわたしから離れないでね。約束できる? ここで約束出来なきゃ連れていかないわよ」


「ええ、大丈夫よ。ねぇラウラ」


「あったりまえよー!」


 少女の念押しに、理知的な眼鏡美人のソフィアが楚々として頷き、見た目だけは100%天然物のお嬢様然としたラウラが指を鳴らした。

 不安しかなかった。というかそもそもお嬢様は了承するときに指を鳴らしたりはしない。

 ラウラも大きくなったら話に聞いた姉の如く、自由に生きるのではなかろうかという予想を抱かせるには十分な振る舞いであった。


「はぁ、わたしの約束は軽くないわよ。もし破ったら、そこで護衛契約は終わり。肝に銘じていてね」


「「はーい!」」


 護衛の少女は顔をしかめたのだった。



◇◇◇



 ふもとから少し進んだ所に、ギルドによって造られた小さな建物があった。

 そこは、様々なパーティが定期的に住み込み、山から降りてきたモンスターを討伐するための居住地としての役割を果たしていた。

 隠れ山特有の強力なモンスター達から手に入る純度の高い魔石や素材などは貴重な物であったため、どこのクランやパーティも率先して受けたい仕事であった。


 ただ、生半可な実力のパーティだと、パーティに被害が及ぶだけでなく、モンスターが降りてきた先々で被害が拡大してしまうので、ギルドも実力があり、心の置ける探索者達に、贔屓だ不公平だと不満が出ないように、一定期間の順番制として、仕事を割り振っていたのだった。


 そして、彼女達はその建物よりも、もっと先のいわゆる山の入口の直下に馬車を停めて、これからのことを話し合っていた。


「ここまで来てから聞くのも今更だけど、あなた達の探し人が隠れ山に住んでるってのはちゃんとした事実なの?」


「貴女を雇う前に、何度か部下に彼のあとをつけさせたのね。彼は街を出ると隠れ山に入っていったそうなの」


 馬車の中でソフィアが茶を用意しながら、少女の質問に答えた。優雅なものである。


「街にいないのなら、ここで待ってれば会えるかもってことか」


 けど、探し人を探すのは並大抵の苦労ではない。

 それほど上手くいくかしら。

 わたしだってこんなに───。


「来たわ」


「「えっ!?」」


 少女の注意喚起に、待ち人来たりと喜色に沸いた二人。


「違う。来たのはモンスター」


 目に見えてがっかりした二人を背に、


「中で待ってなさい」


 少女は走り出した。



◇◇◇



 霧を呼ぶ角兎ラージミラージュアルミラージ

 姿形は、人の半分くらいの高さの巨大な角兎であり、Aランク相当のモンスターとされる。

 

 複数で現れ霧を生み出し、気配を隠して目標を死角から高速の攻撃で暗殺するというのが特徴の、油断して相手の術中にはまればたとえ上級パーティでも全滅必至の相手であった。


「三匹……か。すぐに終わらせるわ」


 辺りを濃霧が包んだ。

 けれど別に構わない。

 気配を読めば何も問題はなかった。


 少女は両腰・・に掛けたそれぞれの鞘から、すらりと剣を抜いた。


 角で突き殺さんと高速の体当たりチャージを仕掛けた一匹を極限まで身体をしならせて躱し、


「《ボーイング》」


 その姿勢から、下から剣を鞭のように振るった。


「まずは一匹」


 彼女の呟きと同時に、交差した一匹が縦に分割されどしゃりと転がった。


「《必傷剣スリッター》」


 ついで軽く振るった双剣・・は置き土産。死角にいた二匹が飛び掛かると同時にその足は刃へと突き刺さり両の後ろ足を切り落とすはめとなった。

 抵抗をせずに諦めた一体の首を落とし、欠損にも関わらず執念を見せ牙を向け飛び掛かった最後の一匹を、


「《アクベンス》」


 蟹のハサミに見立てた双剣は、モンスターの身体を抵抗させる間もなく胴体から真っ二つに掻っ捌いた。

 彼女は全く危うげなく、数瞬で凶悪なモンスターを仕留めたのだった。



 霧が晴れると、馬車から二人がひょこりと顔を出した。「無事でしたか?」と尋ねたソフィアに、


「当たり前じゃない。わたしを誰だと思ってるの」


 護衛の少女───オルフェリア・ヴェリテは双剣を鞘へと戻して言い放った









 

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