第5話
カバンの上から押さえつける。飛び出した表は公園のようになっていて、ピージーよりもずっと年下の子供らがアスファルトへ丸や三角を描き「けんけんぱ」をする姿があった。青いブランコではこぐたびにすれ違いながら、女の子がお喋りを続けている。眺めて木立の下のベンチでは、用意してきたポットからお湯を注ぐと貴族さながら今日もお茶会に興ずるプレナン夫人が見えた。
そんなお年寄りたちのお茶会を邪魔をしない音量で、どこかからラジオの音は流れてくる。小気味よいピアノは国民体操の伴奏で、聞えてくる方へとピージーは振り返っていた。少しばかり表情を曇らせる。そこでリズムに合わせて大の字と広げた手を振り上げているのは同じ年頃の子供らだ。次にぴょんぴょんジャンプし始めた彼らは互いを見合う格好で輪になると、ふざけ合いながら体操をしていた。
見つかる前にと目を逸らしたのだから、そこにクラスの誰かが混じっていたのかどうかは分からない。けれど五百世帯が入るクラバチルには現に数人のクラスメイトが住んでおり、今は誰だろうと会いたいとは思えなかった。
それら景色の向こうには、自動運転の車がゆったり走る通りは横たわっている。そんな通りへもピージーは背を向け走った。クラバチルは上の方では一つの建造物とつながっていたが、壁のような外観を分割すると境界線よろしく路地は、建物を均等に分けて通されている。通り抜けたところで裏には森しかなく、使う人など誰もいない殺風景なそこへ紛れ込まんばかりに飛び込んだ。
「あっ」
聞こえた声に、やっぱりだ、と思わされる。
「ちょっと。待ちなさいよっ」
言われたところで振り切り走っていた。
ずいぶん狭い境界線路地はピージーひとりが通り抜けるにギリギリの幅しかない。ただ中を駆け抜けたなら、挟み込む壁が奈落の底を行くような気分にさせ、連なるその先に細く切り取られた森はのぞいた。
「ピージーっ、てばっ聞こえてるんでしょ。待ってよっ」
やっぱりキララだ。追いかけ路地へ飛び込んできたらしい。そりゃあ見過ごすわけがないか、と思うのは、彼女がしつこいことをピージーはよく知っていたからだった。彼女はミドルタウンにある異なるクラバチルに住むクラスメイトであり幼馴染の女子だった。
きっと今日のことがあったせいで、やって来たのだろうと思う。何しろ授業が終わってすぐピージーの机までくると無駄話を始めたのはキララであったし、他のクラスメイトがその様子をチラチラうかがおうと変わらぬ様子を続けたのもキララだったからだ。けれど部屋へ押しかけたところで出て来やしないだろうと思ったのだろう。だから降りてこないかと公園で待ち伏せていたに違いなかった。キララは昔からそういう具合に知恵の回るところがあったし、仲間外れや弱い者いじめも大嫌いだった。
ピージーの、固いコンクリートを弾き続けていた足が突然、柔らかく受け止められる。境界線路地を抜け出すと、ピージーは裏手へ飛び出していた。目の前には森があり、人っ子一人いはしない。ただ森の匂いが、湿気た土の匂いは立ち込めると、表の公園にはかったものだからこそよけいありありとピージーの五感を突いた。
さすがに息が切れている。走り続けた足を止めていた。足取りを歩みに変えて森へと向かう。その肩へまもなくキララは追いついていた。
「もうっ。だと思ったよ」
呆れているのか怒っているのかが分かりづらい。
「ちょっとぉ、何か言えば? こんなトコにいると、またおばさんに怒られちゃうけど」
今度は間違いなく怒っているようだ。ショートカットの前髪を、星の飾りがついた髪留めで押さえた顔は不機嫌そうにピージーをのぞき込む。
「じゃあキララも怒られたいの?」
返せば「ルカ」を、キララの「ルカ」は数年前に新調したままだ、分かってないといわんばかり投げ出した。
「あたしだって今日の事、少しは腹が立ってるのよ。この際だから怒られるようなこと、したいものだわ。それにピージー一人で森で何かあっても困るでしょ」
広がる森には入り口なんてありはしない。好き好んで誰が入る場所でもないなら遊歩道も整えられていなかった。けれどピージーにはお決まりの場所がある。
「大丈夫だよ。本当にぜんぶ口実だね」
お入り、と呼びかけるように長く枝を真横に伸ばしたシラカバの木が目印だ。その下はちょうど小道のように地面が開けると。いつもそこから森へ入っていたのだった。
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