檻
ボウガ
第1話
科学者は白い部屋で目を覚ました。自分が誰であるか、何の研究をしていたかは覚えているが、口に出したくもないおぞましいものだった。
しかし、起きてから科学者は楽園のような場所で、与えられたのは二階建ての建物といくつもの研究室と、自宅を兼ねた一階部分、リビングダイニングキッチン、バスルーム、窓はなかったが、科学者は外になど興味はなかった。どうせ、地球は悲惨な状況なのだろう、なぜなら自分が、必要な人材であるからと地下施設で冷凍睡眠させられたことは覚えていた。人間はその時、最終戦争をしていたのだ。
白いその建物内で、科学者は自分の研究に没頭できた。もし、この地球の状況が何もかわっていないのであれば、状況はまた始まる、戦争が、兵器が必要になる。
科学者は日夜研究していた。平和ボケした人々のために、今も戦う軍人のために、しかし彼の傍には、数人のマスクをつけたアンドロイドしかいなかった。目が覚めた時には、自分が冷凍睡眠のカプセルに入っていた事しかほとんど思い出せない。
(私は、どうしてここでこんなに自由を与えられているのだろう、どうして)
カプセルに多く入っていたせいか喉をやられていたため、彼は長らく声を発することはできなかった。だがアンドロイドが言葉を話すので、徐々にその声をとりもどしていった。
そこで数か月後、科学者は、ようやく言葉を放った。
「ここは私のいた世界の何年後の世界です、世界はどうなっているのです?」
アンドロイドはぽかんとしていたが、しばらくすると答えを出した。
「あなたは危険性のない人ですから、すべてを話ましょう、ここはあなたの生きていた地球から150年後の世界です、最後の戦争がおき、人々に戦争は不要になりました、意味がなくなったのです」
「そんなはずはない!!そんなはずは!!」
「いいえ、あなたは盛んに現代人の平和なれを嘆いておられましたが、しかし、もう戦争は必要がないのです」
「機械なんかに聞いてもしょうがない、人をよんでくれ、人を」
しばらくすると彼の子孫といって、ひ孫があらわれた。
「教えてくれ、何があった」
ひ孫の初老の女性はいった。
「何もありません、ただ、平和が訪れたのです」
「そんなバカな事をいうな、ならなぜ、この窓はしめられている」
「あなたのためなのです、外はまだ見ない方がいい」
科学者はデジタルのスクリーンに広がる外の情景を見せられるだけだった。
「どうしてそんなに嘘をいう、君も、君も平和ボケをしたのか!?」
「いいえ、最後の戦争は確かに悲劇でした、ですが兵器は、人道的なものでした」
「そんな訳があるか!!」
「それは機械によって操作された“水”でした、水は大陸をさき、それぞれの大陸に、人々を隔離した、島、思想、価値観によって人々はその間を行き来するようになった、ですが、大勢の人は輸送できません、大陸はなくなり、島と大洋だけが残ったのです」
「そんな、私の研究は、いったい……私は今まで何を、お前たちのためを思って仕事をしてきたというのに、私は不要だというのか!?」
「いいえ、そんなことはありませんわ」
科学者はひ孫に手を伸ばす、しかしそのひ孫に触れる事はできなかった、するりとぬけて、きがついた。これはホログラムだ。
「なぜ、直接……」
「あなたは危険な思想を持つ人々を隔離する島にとらわれた囚人だからです」
「ちょっとまってくれ、私は人類が愚かにも戦争をやめない事をしって、だから国のために」
「ええ、でも時と共に価値観はかわる、最後の兵器は人を殺さず、地形を変えた、ただそれだけなのです」
ホログラムは消えた。それから数か月たつと窓は開け放たれたが老人は外にでなかった。ほかの囚人が恐ろしいのではなかった。ただ、兵器は正義のために自衛のためにあると信じてきた自分の想像が裏切られてつらかったのだ。人を傷つけず、ただ戦争を終わらせる兵器があったとは、しかも自分と同じ時代に生きた科学者がそれを開発していたとは。
科学者は頭をかかえた。自分を怪物扱いする未来の地球に、そして、確かに湧き上がる怒りの感情に。
檻 ボウガ @yumieimaru
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