第9話 手袋はめて触れてみる
俺はぐずぐずに泣いているいつも以上に不細工な幼馴染をたっぷり数分間見下ろしていた。鼻水も出てるよ、汚いな。
そして、そんな最悪な状態の宇田の前に屈みこんで。
「生徒会室いこう、乗って」
「、え?」
「いいから乗れば?」
こちらも珍しいことをしてしまったせいで、瞬きもせずに固まった宇田を無理やり背中に乗らせて、いわゆる〝おんぶ〟の体勢になった。
「ごめんね、重い?」
「うん」
「いや、そこは気を遣うのが男でしょうよ」
間髪入れずに打った返事とは裏腹に、宇田は想像よりもずっと軽かった。俺が守ってあげなきゃ、みたいな要らない庇護欲が生まれたりする。
俺は、宇田を背負ったまま屋上をあとにした。さっき全力疾走した運動不足な身体だけど、俺の活力は宇田だからすっかりHPは回復したみたいだ。不思議。
ひとりのときよりもずっと慎重に階段を降りる俺に、ちょうど耳元に息を吹きかけるようにして宇田が話しかけてきた。
「ねえ、ゆづ?」
「なに」
「ゆづって彼女のこと愛してる?」
「ふつう」
「それとも愛してしまったの?」
「はあ?」
意味のわからない問いのせいで立ち止まって振り返ると、思ったよりもすぐそばに宇田のぐちゃぐちゃな顔があってゾッとした。
すると宇田は、だーかーらー!と物分かりの悪い生徒に教えるみたいにお姉さんぶった口調になった。
「ゆずは、わたしのことを愛してるでしょう?」
「なんなの?オマエ」
「でも、その、愛してるは、愛してしまったとは違うもん」
「えーっと、は?」
「だって、愛してしまった、は、ロマンティックなときだけに使うやつじゃん」
泣きじゃくった宇田の鼻声が、鼓膜に直接流れてくる。話し方や声量はうるさくて嫌いだけど、宇田の声そのものは嫌いじゃない。
廊下ではすれ違う生徒も教師も俺らのことを興味深そうに見てくる。それもそうだ。全方位無敵の生徒会長は大泣きしたってばればれだし、しかもそれを背負っているのは無表情の副会長だし。
注目を集めることに慣れきっている宇田は、俺の背中でまだ話を続けている。ああ、もう。足をばたばたさせるなよ危ない、だろ。
「で、彼女のこと愛してしまったわけではないの?」
「ないよ」
「でも、キスしたりは?」
「ふつう」
「愛してしまったわけじゃなくてもキスするの?」
「さあね」
ようやくたどり着いた生徒会室のドアを開けて、「ほら降りろ」宇田をソファベッドに投げ捨てる。予想通り、柔らかい生地が宇田を包み込んだ。
かなりゆったりとしたソファだから、生徒会役員が昼寝するのに使用しているだけで、ベッドではないのかもしれない。というか、茅根が勝手にベッド代わりにしているだけかもしれない。
宇田をそこに座らせて(寝かせて)、彼女が落ち着くまで作業でもするかと副会長の机に向かおうとした。
したけど、けっきょく立ち止まった。
「由鶴」
宇田が白く柔らかそうな腕をこちらに伸ばして、俺の名前を呼んだから。
それだけで俺は金縛りにあったみたいにその場から動けなくなる。宇田が横たわるソファの前で立ち尽くす俺は、相当間抜けな絵面だと客観的に思った。
見下ろす俺と上目遣いの宇田。珍しくもない構図だが、なんだか、今日はとくべつな空気が流れている。
宇田は折れそうに細い腕で俺の学生服の裾を掴み、お得意の笑みを浮かべておねだりした。
「彼女と、別れてよ」
俺はそれに間髪入れず、わかった、と答える。
考えるよりも早く、答えが出た。俺は宇田のわがままを聞いて、叶えてあげるのが生き甲斐だ。
でも、そのあと改めて言葉を噛み締めてみると、驚くほど甘美な味がした。じんわりと胃の中に花が咲くような多幸感。満たされていくような、感覚を覚える。
俺はこの言葉が欲しくて、この感覚を味わいたくて、恋人を作っていたのかもしれないとさえ思えた。
「ゆづは、どうして彼女つくるの?」
恋人に対して情のかけらもない俺に、宇田が心底不思議そうに問う。
ソファから投げ出した自分の生白い脚の威力なんて知らないこの女は、残酷なまでに自分のことだけを思いやっている。少し考えたらわかりそうなことも、平気で俺に訊ねてくる。
ああ、ちがう。
俺のことばで、俺に言わせたいのか。
「あのね、俺、男子高校生だよ。察しろよ」
砕けたせりふで、やんわりとかわした。
その小さな身体に自分の欲望をぶつけたいと、何度考えたことだろうか。くらり、目眩がする。
夏仕様の学生服を着た宇田は、触れてはいけない、どこか神様のような存在だった。
絶世の美女ってわけではないけど、圧倒的なカリスマ性がある。老若男女、宇田が微笑んだだけで従ってしまいたくなるような、常に宇田が正しいと思わせるような魅力。
まあね、宇田のご令嬢だから、何もしなくてもかなり大きな権力を持っているのだろうけど。それだけじゃなくて彼女自身が、間違いなく、上に立つ人間だ。
俺は、たまに思うんだ。
宇田と幼馴染なんかじゃ、なければよかったのにって。
「えろいことしたいってこと?」
「だとしたら?」
「わたしとすれば?」
「、は?」
ざーっ。雨が降りだした。想定内の夕立ち。
だけど、目の前の女は、やっぱり想定外のことを言う。
ぱちりと瞬きして、挑発的な発言の真意を探れば、彼女はくすっと悪戯っぽく笑った。
「ゆづって欲求が無いのかと思ってたよ、食べなくても寝なくても平気だし、欲しいものもないじゃん」
何もわかってくれないメロンソーダ色の声を聞いて、こんどは俺が泣きそうになる。
俺が宇田に対して抱いているのは、性欲なんかで片づけてはいけないものだ。そんな生温いものなら、とっくによそで完全に発散させている。。
征服欲、庇護欲、独占欲。名前も知らない黒い塊が、腹の奥に沈殿している。
それらが解消されることを期待して、恋人を作ってしまう。でも、実際はどうなのだろう。
「欲求、あるよ」
無防備に寝転ぶ彼女は、自分が俺に襲われる可能性は危惧しなくていいのだろうか。いくら彼女が武道の有段者でも、それなりの身体能力も筋力もある背の高い男に勝てるわけないのに。悪いけど、俺も有段者だし。
えろいこと、なんて、かわいい響きでするようなことじゃない。たぶん、俺が快感を得るのは、自分の手でオマエを汚すことと壊すことだ。
「オマエにだけ、ある」
なんだか笑えてきた。先に進めることも、後ろに下がることもできずに、ただ滑稽なまま立ち尽くすだけの自分。
宇田に翻弄されているだけの俺は、ふつうの男子高校生だ。
好きな女の子を前にして、キスのひとつも、それどころか、俺と付き合ってくださいも告げることができない。
———たまに、考える。
もし俺が、深月の御曹司なんかじゃなくて、一般家庭に生まれたバスケ部員とかだったら。
この高校は難しい試験を乗り越えれば高校からの編入もできるから、俺は高校一年生のときに初めて宇田凛子と出会っていたかもしれない。
少しずつ仲を深めていって、たまにすれ違ったりもして、でもいつか告白をして、お互い初めての恋人になったりしたのかもしれない。
運命共同体ではないから、そのふたりには別れが来るかもしれないけど、それにしても、今よりはずっと良い気がする。
俺は、宇田の幼馴染なんかに生まれたくなかった。
綺麗な容姿、裕福な生活環境、親からの愛情、俺はなんでも持って生まれてきた。お金のかけられた教育によって、スポーツも勉強も難なくこなしてきた。
だから、宇田とずっと一緒にいることは、唯一にして最大の、幸福へのハンディキャップだ。
「由鶴、もうしばらく彼女なんていらないよ」
心地よいソファに仰向けに寝た宇田が、立っている俺を見上げて言った。
「由鶴の欲求のぜんぶ、わたしが満たしてあげるから」
その甘やかな声を耳に入れた俺は、音を立てて思考回路がショートするのを感じた。
そんな表情をするオマエが悪いんだ。
俺は、困ったように笑う宇田を見て、どうしようもないくらい興奮していた。ちかちかと点滅する理性と本能に溺れて、そっと宇田の二重まぶたに唇を落とす。
そこに、憧憬の念を込めたと知ったら、オマエは笑うだろうな。いいよ、笑えよ。
「どうするの、オマエを殺さないと俺の欲求満たされなかったら」
合間に、無駄口をたたく。ロマンチックに溺れるのは、まだ、怖い。
次に落とすのは、宇田の白くて細い喉。噛み付いたら美味しそうなそれ。
喉へのキスは、独占欲の現れ。本能の部分が勝ってしまって、首筋を、歯形が残るくらいの強さで噛んでみた。
初めてのことなので作法なんて知らないまま、そこを軽く吸って、ゆっくりと舌でなぞる。
顔を離せば赤く跡が残されているのを見つけられて、キスマークってこんなもんか、と知った。じょうずにできたそれは、“花を咲かせた”よりも、“傷をつけた”という表現がしっくりくる。
さすがに痛みが走ったらしく小さな反応をして見せたけど、されるがままの宇田は、想像以上にはっきりとした声色で会話をつづけた。
「由鶴になら、喜んで殺されるよ」
首へのキスは、執着心。
わかる、俺もオマエに殺されるなら本望だから。
ゆったりとしたソファとはいえ、ふたりで並んで寝るのに十分な広さは無い。俺は仰向けになる宇田の両脇に肘をついて、上に覆いかぶさった。
無理やり襲っているみたいな図だなと思うけど、それはあながち間違いではない。
「脱がせてもいい?」
「お好きに」
それを聞いて、俺は宇田の学生服をするりと脱がせた。緊張で指が震えることもなく、こんなときにも外見は冷静な自分がいる。
上半身は下着姿、そこに規則正しいプリーツスカートとハイソックスが禁忌的な色気を魅せてくる。スカートからは白くて柔らかな太ももが覗いていて、今まで気にしてこなかったのに、もうだめだ。
露わになった胸元に、所有のキスを落とした。
じわじわと自分の欲求が満たされていくような、それと同時にさらに欲求が湧いてくるような言葉にしがたい感覚だった。
こんなにも興奮状態にあるはずなのに、焦らずにゆったりと事を進めていく自分がいる。まるでこの行為を、神聖な儀式か何かとでも思っているようだ。
「ごめん、手が冷たいかも」
声をかけてから、スカートの中に自分の手を差し込んだ。なめらかな太ももを撫でると、宇田がくすぐったそうに身をよじる。
スカートを捲り上げると、上と揃いのすみれ色の下着だった。あまり飾り気はないけれど、触ってみれば、素材のレースはかなり質の良いものとわかる。
下着の生地越しに触っているだけでも、初めての彼女には強い刺激だったらしい。身体に力が入っているし、はくはくと細かく呼吸している。
自分の指先が、宇田凛子を操っているという事実だけで、理性が焼き切れてしまう。
宇田の背中に手を回して下着のホックを外し、彼女の腕に引っ掛けたままで胸に手を伸ばした。俺の手も夏休み明けにしては日焼け知らずだけど、日光を浴びたこともないような宇田の胸に置くと男の手の色に感じた。
慣れない快感をうまく逃せない宇田は、不器用に、俺の指の動きに合わせて気持ちよくなろうとしている。
「従順でかわいい」
いきなり秘部に触れると、華奢な身体を震わせて目を見開いて俺を見た。そして小さく首を横に振って、嫌がってみせる。
大丈夫、と頭を撫でてやりながら、ポニーテールのヘアゴムを外すと、ソファに彼女ご自慢の艶のある髪が広がった。
頭の後ろに手を掻き入れて、少しだけ癖づいた長い髪を梳いた。ふわり、宇田の香りが強くなる。
わかっている。こんなの、よくない。
俺と宇田の完璧な幼馴染の関係が終わってしまう。せっかく今日までそれなりに仲良くやってきた。いや、仲は良くないけど、少なくとも正しい幼馴染に近い関係だった。
下着を下ろさずにナカに指を突っ込むと、すでに、想像以上にぐちゃぐちゃになっていた。宇田の温度と湿度に直接触れている、それだけでかなり興奮した。
「きもちいいんだ?」
「、っわかんな、い!」
「ふうん、教えてあげる」
「っああん!」
宇田の口に、俺の左手の親指を差し込んでみる。粘膜はぬるくて、やわらかい。宇田の唾液で自分が汚されたことに、目眩がするほど快感を覚えた。
宇田はどうやら、わけがわからなくなっているみたいだ。何度も小刻みに痙攣させられている身体は赤く染まっていた。
それから、才色兼備のご令嬢がどろどろに溶けるまで可愛がった。もしほんとうに溶けちゃっても、俺は絶対服従を捧ぐつもりだ。液体になっても宇田は宇田。
「感度良くなってるね」
「っ、言わない、で!」
「褒めてるのに」
じょうずに快感と馴染めるようになった彼女は、熱い息を吐きながら俺の手によって翻弄されている。
あえて緩い快感だけを与える俺に、もっと欲しそうにねだる下肢がこちらの思考を破壊する。あーあ、下着は使い物にならないくらい濡れちゃってるし。
「もう、ゆず、おねがいだから、」
ほんのり掠れたメロンソーダの声で、懇願するように上目遣いをする宇田。
口の中に突っ込んでいた唾液でぐちゃぐちゃの親指を出してあげる。その親指を俺が舐めると、彼女は顔を真っ赤にして「ちょっと、!」と焦った。
その親指で、わざと想像させるように、下肢からお腹に向かって、つーっと撫でてやる。ココに挿れるんだよ、と教えてあげると、宇田のナカはまた濡れた。
俺を欲しがってる宇田に対して、独占欲が満たされていくと同時に、むくむくと加虐心が湧いてしまう。
「ほんとにシていいの」
「今更きくの?」
「まだ宇田は純潔だよ、お嫁に行ける」
「由鶴とセックスしたらお嫁に行けないの?」
「そうだよ、俺のものにならないといけないからね」
じっとお互いを見つめ合いながら、声にできない言葉を送りあった。
お嫁になんて行かないでよ。
勝手にどこへも行かないで。
これからもずっと俺の目の前を歩いていて。
それで、たまに振り返って。
「っ、」
そして、宇田は俺を引き寄せて、くちびるをそっと重ねた。一瞬の出来事。
それが、宇田と俺の、初めてのキスだった。
「とっくにわたしは、由鶴のものだよ」
———くちびるのキスは、愛情のキス。
このとき世界は、たしかに、ふたりきりだった。
「わたしの身体を由鶴にあげるだけって、不公平じゃない?」
唇を離した宇田が、いつもより数段大人びた表情で、ちょっと拗ねたようにくちびるを尖らせる。俺は、宇田の色気というものを初めて見た気がした。
「何してほしいの?約束通り、彼女とは別れるよ」
なんだか俺、すごいクズみたい。ご令嬢のハジメテを生徒会室のソファで奪おうとしているし。
少し悩んだ様子の宇田を見下ろしながら、こっそり避妊具を装着しておく。
こんな日がくるなら俺も初めてを取っておくべきだったかなと思ったりもしたけど、そうしたらもっと手間取ったかもしれない。よかった、格好悪いところ見せなくて。
そんな男子高校生らしい思考をしていた俺に、宇田は俺に組み敷かれた状態のくせに挑発的ににっこりと微笑んだ。
「わたしのからだをあげたら、由鶴のぜんぶをわたしに頂戴?」
なんとなく宇田の思い通りになるのは悔しくて、油断している彼女のナカに自身のそれを浅く挿入した。
「、っあ」
「ごめん、痛い?」
「だい、じょうぶ、」
俺が持っているものなら、なんだって、あげるよ。そう思いながら、近くにあったリモコンに手を伸ばして、空調の温度を下げる。 宇田の丸い額にはじんわり汗の玉が浮いていた。
こんなに近くて、ふたりで溶けて。それなのに、宇田の痛みは宇田にしか分からない。
宇田が何を考えているのか分からない。無知は恥だ。いつも、そうやって、俺は知らぬ間に彼女を傷つけている。
傷つけあって、抱きしめあって、くるしくて。それでも、離れることができずにそばにいる。ここには、もう、理屈なんて存在せず、宇田凛子の引力に逆らえない俺の人生だ。
「先に質問させて?」
「んっ、なあに、」
「痛いのと気持ちいいのどっちがいい?」
「っああん、」
なるべく動かないようにしてるけど、浅くナカにいるだけでも刺激が強いらしい。宇田は苦しそうに眉根を寄せて短い返事を喘ぐ。
「ていうか、どっちなら、一生覚えてる?」
ゆっくり腰を深めると、宇田はきちんと快楽を拾ってびくっとした。さすが覚えるのが早いな、お利口さん。
「どっちにしても、覚えてるから、」
「ふうん?」
「痛いのは、いやっ」
そう言って首を振った宇田にあっけなく煽られて、俺は動きを速めた。それでも、傷をつけないように、慎重に。
「仰せのままに」
宇田の耳元で囁いた声は、自分でも驚くくらいに甘ったるかった。
「っ、このドエス!」
「何言ってるの、俺はオマエの犬だもん」
とっくのむかしから、忠誠を誓ってるでしょ。
一生かけて、かわいがってよね。
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