第21話『野生生活長いから』

 木立の間にちょうどよく開けたところがあったので、俺たちはそこにキャンプすることにした。

 四人の荷物はモンスターに襲われて逃げながら落としてしまったらしいけど、落とした荷物を盗む人もいない5レクス際だったから、馬で探しに行ったら簡単に見つかった。


 今日は焚き火を囲む人が十一人もいる。何だか向こう側が遠い。あまりに人数が増えてしまったので、シマがモンスターを使っていいサイズの鹿を狩ってきた。


「シマさん、ウサギとかでよかったんだけど」

「ウサギ複数より鹿一頭のが楽なんだよ」


 そりゃそうだよな。丸ごと捌かないとならないコウは重労働なんだけど、それについてはフィカヨも手伝っていた。

 フィカヨ、何気に何でもできるな。


「野生生活長いから」


 フィカヨはそう言って笑う。

 なんか、どんどん元工作員ネタを冗談にできるようになってるけど、コレってやっぱりみんなの影響なんだろうか。でもダーハルシュカでの新生活で、この話出すようになっちゃったら問題な気がする。


 コウは捌いた肉をハヤに浄化してもらい、それからキヨに頼んで魔法で岩をくりぬいたボウルの様なところに貯めた。

 何するのかと思っていたら、コウは俺に丸っこい石で肉を潰すように言った。小さなかたまり肉はどんどん細かくなっていく。コウはそこへハーブやタマネギや胡椒を加え、丸くまとめてフライパンで焼いた。

 別の鍋にキヨの酒も使ってソースを作って、じっくり焼いた肉にかけて煮詰め、それからみんなの皿に配る。


「冒険者だけど料理人なの?」

 彼女は驚いてそう言った。コウのご飯食べれば、みんな元気になっちゃうよ。フィカヨがコウに言われて別の焚き火で焼いていたパンを、割って彼女に手渡した。

「コウちゃん、人数多いんだからそんな手間のかかった料理にしなくてもいいのに」

 コウはちょっとだけ肩をすくめる。

 手間かけたのは、いつもよりやたら早い時間にキャンプになってヒマだったからなんだよな。食べると肉汁が溢れ出す肉は、焼くと固くなってしまう肉とは違ってほろほろ美味しかった。

 フィカヨは「これパンに挟んでも美味そう」と言っていた。なにそれ天才じゃん。


「それで、この辺って鉱石が採れるの?」


 レツはお茶を飲みながら聞いた。彼女たちはちょっとだけ顔を見合わせる。

 彼女以外もレツたちよりちょっと年上っぽい感じ。冒険者レベル的には並み程度。正直、俺よりは上ってくらいだった。

 何年も冒険者でやってる大人なのにって思ってたら、レベルって、ただ冒険を続けてポイントさえ稼いでいれば上がるものでもないらしい。そっかだから鉱石狩りか。


「いや、そういうわけじゃない……な。普通ならこんなところまでは来ないんだ。ただ最近は、採れる量が減っていて……それで少し無理をしようと」


 無理して探しても、命落としちゃったら本末転倒なのに。四人は一人が白魔術師、あとの三人は剣士と弓を使う射手らしい。黒魔術師居ないのって地味に大変だよな。

「その採掘量が減りだしたのは、いつ頃からなんだ?」

 シマが聞くと、鉱石狩りの一人が考えるように視線を上げた。


「ここ……半年くらいかな。今までコンスタントに採れていたから、最初はあまり気にしていなかったんだ。それが明らかに減って、他のヤツらも採れてないって聞いて」

「でも鉱石って、探して見つかるモンじゃないんだよね?」


 俺がキヨを見ると、キヨはとぼけるような顔をして鉱石狩りに振った。本職に聞けってか。どうやって探してるんだろ。

「基本的には感知魔法だよ。モンスターを引っかけないように、狭い範囲で地道に探すんだ」

 やっぱりそうなんだ。でもそれって気が遠くなるような作業なんじゃ。

「地面に埋まってるの?」

 レツがそう聞くと、鉱石狩りたちはちょっとだけ楽しそうに笑った。

「地面に埋まってる時もあれば、木に挟まってることもある。石の中にあったり、川底や泉に沈んでることもある。おおよそ、ありとあらゆる場所にあるんだよ」


 木に挟まってるってどういうことだ。石なのに? でもキヨは何だか納得するように小さく頷いていた。

「今までの旅の中で鉱石拾ったことなんてなかったよね?」

 でも鉱石狩りが探して見つけて生活が成り立つんだから、意外とあったのかもしれないぞ。

「気にしてなかったら、目に入らないもんだろ」

 コウはお茶の鍋をハヤに回した。そうなのかな、キラキラ光る石が落ちてたら目に付きそうなのに。


「木に挟まってたら、鉱脈ってどうなってんだろ」

 森が鉱脈になっちゃうのかなとフィカヨが呟くと、鉱石狩りは違う違うといった風に手を振った。

「個々に見つかる鉱石は、どちらかというと質の低いものなんだ。鉱脈からはもっと質の高い鉱石が採れる。だから木に挟まっているような鉱石が鉱脈になることはないよ」

「鉱脈があるのは地中なの。だから鉱石狩りは、基本的には地中をメインに探すんだ」


 でもこの辺では鉱脈はダーハルシュカ以外では見つかってないんだよね。

 じゃあ地中にある鉱石を探しているんだけど、木に挟まってたり石や川の中にあるのを見つけちゃうから、なんとかなってるって感じなのかな。


「でもこの辺にそんな鉱石狩りがいっぱいいたら、ライバル多くて稼ぎにくそうなのに。もっと他のところで探さないの?」

 レツは回って来たお茶の鍋からカップに注ぎながら聞いた。

 四人はちょっとだけ視線を交わす。

「ダーハルシュカに魔法道具士が集まってるから、どんな質の鉱石でも売れるっていう安心感はあるかな。遠くまで旅に出て稼ぎが悪かったら、結局同じだから。それにギルドのこともあるし」

「だからって5レクス結界を甘く見るのは間違ってるよ。モンスター狩りが目的じゃないのにこの辺まで来ちゃうとか」


 ハヤがため息混じりにそう言うと、四人はちょっとだけ反省するように小さくなった。

 年は彼らの方が上みたいだけど、死にかけてるのを助けられてるから言い返せない。


「この辺は、もともと他の土地よりもモンスターが弱いらしいんだ。それもあって、鉱石狩りメインの冒険者でもやっていけるところがあるって。俺たちなんかがモンスター狩りの冒険者になっても、稼げるとは思えないし」


 俺は隣のレツと顔を見合わせた。それ、何かおかしくないか?

 5レクス結界は倦厭の結界だから、モンスターを5レクスの外側へ追いやっているだけで、街道から離れれば離れただけより強いモンスターが現れるのが普通だ。実際今日の5レクス外では手こずるモンスターが出現していた。

 モンスター狩りじゃ食べていけないようなレベルの冒険者が、運良くこんな際まで来れるなんてのは、ちょっとあり得ない。それとも絶対数が少なければあり得るのかな。


「何か強力なモンスター避けの魔法道具とか持ってるの?」

 四人はちょっとだけ考えてからそれぞれポケットや胸元から白鉱石の填った魔法道具を出して見せた。

 白いのって確かにモンスター避けの護りの魔法に使われるけど、そこまで大きくないしそんなに効力があるようには見えない気が。


「この辺のモンスターって、倒すと消える?」

 キヨはお気に入りのフラスクを煽りながら聞いた。それ、何か関係あるか?

「え? そうかな……」

 彼らはちょっとだけ顔を見合わせたけど、お互いに頷いていた。

 俺たちが相手したモンスターも、さっきの鳥のモンスターも消えたよな。でもキヨはそれだけ聞いて、何も言わずにシンを飲んでいた。言いっぱなしかよ。


「木に挟まってたり泉で見つかる鉱石に違いってある?」

 ハヤは言いながらお茶を飲んだ。

「見つかる場所で似通った鉱石が見つかるとかあるのかな」

 フィカヨはお茶の鍋を取って、彼女のカップに注いであげた。彼女は小さく礼を言う。

 前にマレナクロンにあったのって黄鉱石の鉱脈って言ってたもんな。結局どんな風に見つかったのかわからないけど、黄鉱石の鉱脈って言うくらいだから黄鉱石が多かったはず。


 彼らは顔を見合わせると、それぞれに身につけていた袋から鉱石を取り出した。あれ。

「光って、ないね」

 もっとゴールドみたいにつるつるピカピカした鉱石なんだと思ったけど、彼らが出した鉱石はほとんど普通の石に少しだけ鉱石っぽい欠片が見えてるみたいな石だった。


「これが加工前の鉱石。こんな風に石の中に隠れてるんだ。もちろん鉱石自体が大きければもっと見えてる場合もある」

「鉱石狩りの中には、人に見せるために磨いて持ってる人もいるけどね。羽振りがいいって思わせるように」


 俺が見たことあるのは魔法道具になってる鉱石だから、つるつるに加工されてあの状態なんだな。

 あ、そしたらレツがお告げを見たのって、そういう人の鉱石だったのかな。俺は首を伸ばして彼らが見せた鉱石を眺めた。黒いのは、ないな。


「これじゃ、その辺にあっても鉱石だとは思わないね」

「見えてる部分だけでも、結構いろんな色がある。そしたら見つかる場所で左右されたりしないってことかな」

 ハヤは一つ取って、焚き火の明かりに照らして見てから彼らの手に返した。

 そしたら初見で鉱石狩りにいい物って思われたキヨの鉱石って、どんなのだったんだろ。


「俺、魔法道具になったのしか見たことなかったからなー。ねぇ、黒い鉱石って無いの?」

 俺がそう言うと、四人はチラッと視線を交わしてから小さく笑った。

「黒い鉱石は見たこと無いな、残念ながら」

「俺たちもいろいろ見つけて来てるけど、黒ってのはちょっと」


 何となく苦笑するような言い方。さっきの視線、何かありそうなんだけど。でもそう答えてるってことは、これ以上教えてはくれそうにないか。

「そうなんだ、あったらかっこいいと思ったのに」

 隣に座ったシマが俺の頭を雑に撫でた。子どものフリで聞くのって俺しかできないしね。俺も大人だから、いつまでもできる手じゃないけど。


 そういえば、キヨも聞きたいことあったんじゃないのかな。俺が聞いたから聞くことなくなっちゃったのかな。

 チラッとキヨを見てみたら、何だか考えごとしてるみたいに、ぼんやりシンを飲んでいた。


「飲み過ぎ」

 ハヤがフラスクを運ぶ手を止めると、キヨは一瞬何が起こったのかわからないって顔でハヤを見た。

「別に酔ってねぇけど」

「そんなぼんやり消費したらもったいないでしょ。それに僕の練習どうすんの、せっかく時間あるのに」


 ハヤは膝に頬杖を付いて拗ねたように言った。キヨは「あー」とか言いながらちょっと考えたけど、残念そうにフラスクに蓋をした。

 ハヤは嬉しそうにそれを見る。また魔力錬成の練習かな。ハヤがまだ納得いくほどできてないって、ホントに難しいんだな。


「そしたらちょっと離れるか」

 キヨが立ち上がったのでハヤも続く。

「じゃ、ちょっとキヨリンとデートしてくるから」

「あ、キヨくん、あとでいいから残りの肉、乾燥させといて」


 キヨはコウたちが解体した肉を見やった。骨から外して干し肉にする用に小さく切り分けた肉が、解体に使った岩の台の上に並べてある。

 キヨは小さく「ん」と言って、それから口の中で呪文を唱えると片手をそっちへ向けた。

 岩の周辺が透明な球体みたいな何かに覆われたような気がしたら、唐突にその内側が白く曇って、それから球体自体が消えた。水蒸気みたいのはそのまま森の空気に消えて行き、岩に並んでいた血も滴るような肉は全部干し肉になっていた。一発で完了かよ。


 簡単に作業を終えて、二人は焚き火から離れて森の中へ入っていった。どうやったんだあれ。


「キヨの魔法も、コウちゃんに便利に使われてんな」

「チートな黒魔術師がいて助かります」


 シマたちは面白そうに笑っていたけど、鉱石狩りの四人は目を見開いて驚いていた。

 魔法で干し肉作る黒魔術師なんて、うち以外にいないよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る