第20話『今言うことか?』

「うわっ!」

 俺はすんでのところでモンスターの鞭みたいな触角から逃れた。

 ヤバヤバ、あんなリーチ伸びるとか聞いてない。

「下がっとけ」

 コウは触角を棍で弾くと、俺の前に立って触角攻撃の合間を縫ってモンスターに近づいた。甲虫っぽいモンスターは、やけに長い前足でコウを脇から攻撃する。


「くっ」

「はぁあああ!」


 コウが留めた前足を、フィカヨが切り落とした。すかさず下がったコウと入れ替わりにレツが同じく左足を狙う。


「いっやあああ!」

「バルナグラン」


 ハヤの属性魔法がかかったレツの剣は緑色に燃えながらモンスターを襲った。

 足を失ってバランスを崩したモンスターは闇雲に前足を振り回す。

「うわあ!」

 モンスターの前足はレツの剣をはね返し、レツは剣につられて防御できずモンスターの前足がレツの腕を切り裂いた。鮮血が飛び散る。


「レツ!」

「カルアシュル」


 再度前足がレツに当たる直前、モンスターの前足は突然弾けて飛んだ。えっ、これキヨの魔法? あっちは終わったんだ!

 一瞬の間にフィカヨが前に出てモンスターの胸に剣を突き刺した。モンスターは一瞬耐えたけど、唐突に光の粒になって消えた。フィカヨの手元にゴールドが舞い降りる。


「案外しぶとかったみたいだな」

 シマに声を掛けられて、ハヤの治療を受けながらレツはふにゃーって笑って振り返る。

 キヨはまだ恨んでるみたいにモンスターの消えた辺りにガンくれてから離れた。あれ、キレてんな。モンスター自身を爆発させるってどんな魔法だよ。


 この辺の5レクス圏外は、結界に囲まれ追いやられた手強いモンスターが貯まっているのか、意外と面倒なモンスターに当たる。今のも最後の一匹が結構手こずった感じ。

 あと昆虫スタイルのモンスターって、あのサイズに異様な違和感があって一番生理的に受け入れられないんだよね。


「そろそろ5レクス圏内に戻ってるんじゃなかった?」


 ハヤに言われてキヨは小さく肩をすくめた。

 ボーダー越えたら印が光るけど、気にしてないと見逃すんだよな。まとめて来ないんだったら、こっちも七人いるんで何とかなるんだけどねー。レツは服に付いた土を払う。


「フィカヨの新生活資金が貯まるからちょうどいいよ」


 そういえばダーハルシュカまでフィカヨを送るのがヴィトに依頼された仕事だけど、お告げが来ちゃったのはどうするのかな。

 そう思ってフィカヨを見たら、何だか遠くの方を見ていた。


「どうかした?」

 フィカヨはぼんやりと遠くを指さす。

「あそこ、何か鳥が多くない?」


 俺は手を庇にして眺めた。確かに……鳥が結構飛んでる。

 途端にシマが指笛を吹いた。

「行くぞ」

 いきなりシマがハヤから手綱を取って馬に乗ると駆けさせた。キヨも気づいてもう一頭の馬に跨ってシマを追う。


 え、ちょっと待って! どうやら二人はその鳥のところに向かっているみたいだった。俺たちは二人を追って走り出す。


 シマは馬に乗ったまま、近づいてきた鳥モンスターに手を伸ばし舌を打って何か伝えてるみたいだった。鳥モンスターはシマを越えて先に行く。


 やけに鳥が居ると思ったところでは、誰かが剣を振り回していた。大きめのカラスくらいのモンスターの群れに襲われている。


「モーブスヴィエトロ」


 キヨが馬上から放った無数の紫色の光が、モンスターの群れに向かっていく。モンスターは驚いて一瞬広がった。

 近くまで行くとシマはまるで飛び降りるみたいに馬から降りて指笛でモンスターを操った。飛んでる鳥モンスターには、剣士の俺たちには何もできない。

 キヨの魔法が一向に引こうとしないモンスターに当たると、モンスターは甲高い声を上げて光の粒になった。


「怪我人を!」


 俺たちは弾かれたように走り出した。鳥モンスターが襲っていたのは、剣を振り回してる人だけじゃなかったんだ!


 キヨの魔法とシマのモンスターが敵を近づけないようにしてくれている間に、俺たちは倒れた人たちを引きずってバトルの場から引き離した。

 追ってくるモンスターをコウが棍で弾き飛ばす。ハヤが結界を敷いて怪我人と俺たちをガードした。

 鳥モンスターの群れはしばらくシマたちとやり合っていたけど、半数くらい倒された後に逃げていった。


 ハヤはすでに怪我人の治療に当たっていた。

「あの、ありがとうございます……」

 顔を上げたら、しゃべることもできないくらい満身創痍の男性と、もうちょっとましって程度の女性がいた。倒れていたのは二人。でもハヤの治療で意識が戻ったみたいだった。


「もう大丈夫、命に関わるような傷は治したから。あとは自分で回復して」

 ハヤは回復魔法をふわりとかけた。キヨとシマがのんびり近づいてくる。

「お疲れ」

 レツの言葉に、シマは手を挙げて応えた。

「メンツはこの四人で全部?」

 ハヤに聞かれた女性は、黙ったまま震えるみたいに頷いた。


「何にせよ、そのレベルでボーダーぎりぎり攻めるのは勧められないな」


 ハヤはチラッと印を見て言った。あ、ここはもう5レクス内なんだな。この人たちの印が壊れてない。

「あの、皆さんは……」

 ハヤは無言でチラリとレツを見た。レツはにこにこして「大事なくてよかったね」と言った。


 ……たぶん聞きたかったのは、5レクス外から来たんじゃないかってことだよね。まぁ、この人たちが自分から勇者一行とか名乗るところなんて見たことないけども。


「どうする、今日もうちょっと進めるつもりじゃなかったか?」


 シマに言われてキヨはちょっととぼけるような表情をして、黙ってハヤを見る。ハヤはちょっとだけ眉間に皺を寄せた。

 怪我人は気になるけど、そこまで面倒見る義理もないって感じなのかな。彼らだって冒険者なんだろうし、一応の処置はしたんだし。

 俺は何となく憔悴している女性を見た。


 あれ、この人……どこかで会った? 男性より短い金色の短髪。そばかすに大きな青い瞳で、こんな風におびえてなければ快活そうな女性だ。あ……


「プロイトゥマンにお姉さんいる?」

 俺がそう聞くと、女性は少し驚いて顔を上げた。

「え? ええ、どうして知ってるの?」

「俺たちプロイトゥマンに寄ってきたんだ。双子のお姉さんが、あなたに会ったら『早く来ないと苺の季節が終わっちゃう』って伝えてって」


 女性はちょっとだけ驚いたように俺を見て、それから呆然としたまま視線を落とすと、ストンと脱力した。

「今言うことか?」

 コウが俺の頭を小突いた。え、だって伝えてって言われたし。

「じゃあ四人は鉱石狩りの冒険者なんだねー」

 レツはやっぱりにこにこして見ていた。四人は顔を見合わせてから頷く。


「この辺は視界が開けすぎててキャンプには向かないな。もう少し森へ入ろう」


 キヨがそう言って馬を引いて行った。

 えーと、この人たちどうすんだ……そう思ってハヤを見たら、ちょっとだけ嬉しそうに笑っていた。

「だって。立てる?」


 ハヤは怪我人の一人に手を貸して立たせた。

 俺も慌ててもう一人に手を貸すと、フィカヨも横から支えた。立ち上がると俺は身長差的に支えられないんだけどね。俺がふてくされて離れるとフィカヨがちょっと苦笑して俺を見た。

 それから彼らはキヨについて歩きだす。


 なるほど、まだ進められる時間なのにキャンプ地を探すってことは、四人を一晩は面倒見るってことなのか。


「キヨがそんな気遣いするとは」

「キヨじゃねぇよ、レツが決めたんだ」

 俺はシマを見上げた。

 レツが? レツは四人の荷物を女性を手伝って集めている。何も言ってなかったと思うけど。


「会話始めてただろ。しかも終わってない」


 これから話が聞きたいっていう意思表示ってことなのか。まぁ、レツなら助けた人を怪我したまま5レクスの際にほっぽっておかないよな。

 そしたらキヨが気遣ったのは四人じゃなくてレツなんだ。あともうちょっと怪我の具合を診たかったっぽいハヤのこともあるのかも。


「ま、キヨも聞きたい事あるんじゃね?」


 シマはそう言って、馬を引いて女性とレツのところへと歩いていった。

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