#06 ワンチャンない、絶対




――恋人になってあげようか?


――えっとごめん、誰だっけ?


 これが同じ人から発せられた言葉なのだろうか。


 シュプさんは友達だから、軽いノリでそんなことを言ってのけるかもしれない。

 高麗さんは僕を木っ端みじんにふってるのだから、そんなこと言うわけない。


 思考が雑然としている。口に詰まっていると目の前の綺麗な女の人も変に口を閉ざしている。

 その沈黙は、思いのほか笑いが取れなくて気まずいからか?

 それとも、心底本気の提案だからなのか? 

 わからない。

 彼女の目が左右に泳いでいるのはなんでだ?

 

「……」


「……えっと、本気……なのかなぁあ?」


 微妙な沈黙の後、絞り出たのはそんな言葉だった。

 ここで言うべきことの取捨選択なんてものができないほどいろんな感情がもみくちゃになって、そんなめちゃくちゃになったあとの残りかすみたいになって出たのが、そんな一言だった。


 高麗朱理は、泳いでいた視線を少し僕に向け、それから眉をひそめて笑った。


 いつもの自信にあふれた彼女のものとは思えないほど、ぎこちない笑い方だ。

 それも一瞬、すぐに彼女は調子を取り戻して満面の笑みでピースをする。


「うそぴょーん、ジョーダンに決まってんじゃん!」

「……」


 思考が停止する。

 そうか、ジョーダン……。

 ドッキリ、大成功ということか。

 現実に引き戻され、止まっていた呼吸が動きはじめる。


「……っはぁ! び、びびったぁ…」


 見なかったことにしよう。

 今の彼女の、わずかな表情の変化、その意味を深く考えてはいけない。

 それは自意識過剰というものだ。

 きっと今の一瞬は、僕の想像力が見せた幻覚にちがいない。


「つか意中の子にフラれたからって他の女の誘いにあっさりのってきてたら、普通にぶん殴ってたわ。命拾いしたね」

「あはは……あっぶねぇ」


 そうだ。本気なわけがない。

 ついこの間彼女に告白したぱっとしない男と、ほぼスペックは変わらない奴だぞ。

 眼鏡をはずして、前髪を上げているだけだ。


 本気ととるほうがどうかしてる。

 もしも反射的にさっきの誘いにOKと返していたら、とんだ笑い種である。

 シュプさんの巧妙なマウント工作に引っかかるところだった。

 いや、すでにマウント取れるようなつり合いはないのだが……。


「質が悪いジョークだ……」

「そっかな? 前にもこんなノリで話したことあったよね?」

「あったっけ……?」

「あったよ」


 高麗朱理――シュプさんがむっつりとした顔で僕をにらんだ。

 あったかもしれない。

 ただこんな美人とは当時は考えもしなくて、すごく失礼なことを言った記憶しかない。


「鏡見てから言えよ、とか返してたよね」


 身の程知らずのバカか僕は!


「鏡を見るべきは俺だったわ……」

「あはは、そんなにひどかないって」


 過去の過ちを笑って許してくれるのか。しかもそんな社交辞令まで……。

 やはりこの人は天使かな。


「それも冗談でしょ?」

「えー、どうでしょう?」


 最初のような緊張はすでに無くなっていた。

 色々と割り切ることができたのかもしれない。

 目の前にいる高麗朱里がどれだけ僕なんぞに愛想がよくても、あくまで僕はからかいがいのある友人なのだ。

 それ以上でも以下でもない。

 

 そこからは普段のテンションに戻って、長いこと話をしていたと思う。

 時間の間隔がおかしくなっていたのかもしれない。

 スタバのフロアに夕日が差し込む頃合い、長いこと席を陣取って、若干店員さんの目が鋭くなってきたのに気づいて、ようやく二人で席を立った。


「あー楽しかった」


 夕焼けの下、軽く伸びをする私服姿の彼女を、背後から見守っている。

 たしかに楽しい時間だった。夢のような時間だったよ。

 もう心残りは無いぐらいに。


 正直、明日からまた同じように彼女と接していく自信はない。完全に主導権はあちら側にうつったのだ。

 イーブンな関係とはいかないだろう。

 なにせ方や絶世の美女で、かたや陰険なブサイク男だ。

 この関係が今後も持続されるのかは、彼女のご機嫌次第な気がする。


「帰りは何使うの? 電車?」


 なるべく平静を装いながら、そう言葉を投げかける。


「や、私はバスで来れる距離だから」


 都心住まいか。こんなところでも差を感じてしまう。


「それじゃあここらで解散だな」

「そうだね。んじゃまたロンコミで」


 軽く挨拶を済ませて、僕らは別の方角に歩き出した。

 明日から学校でまた彼女の姿を遠くから拝むことになるのか。

 それがなんだか少しおかしくて、少し寂しい。


「――う?」


 さっさとその場を去るつもりだったのだが、急に後ろから何かに引っ張られた。

 振り返ると、今しがた別れたはずの高麗朱理が僕のカバンをつかんでいた。


「あ、あのさ」

「は、はい?」

「り、LIMEやってる?」


 スマフォを取り出して上目で僕を見つめるその姿は

 たぶん今までで見たことが無いくらい魅力的な表情だった。

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