10月20日 楽土継承戦・四柱決定戦






 マリアリィが全ての候補者達に与え、今や大半は無用の品として回収の憂き目に遭った懐中時計が、楽土ラクド各地で一斉に十三時を指し示す。


 同時。述べ四度目となる鉄火場の舞台であるリンボと楽土ラクドを繋ぐ円陣が、光輝と共に、ここまで勝ち残った八人の眼前へと現れた。


「クロード様……本当に、行かれるのですか?」


 その光景を蔵人の後ろに控える形で見ていたレティシアが、おずおずと口を開く。


 声音に含まれていたのは、明らかな難色。

 連日不調続きの蔵人が今回の継承戦へ臨むことを、快く思っていない模様。


「……棄権を、差し出がましくも進言させて頂きます」


 そもそも、あけっぴろげに言ってしまえば、レティシアにとって継承の儀など

 誰が楽土ラクドの覇権を握ろうと知ったことではなく、夕食の献立を考える方が遥かに重要。


 むしろ、リンボまで赴く度、蔵人の表情かおに差すが濃くなって行くこの催しを、忌まわしくさえ感じていた。


「俺には、他にやることが無い」


 しかしながら、蔵人はレティシアに背を向けたまま、ゆっくりと首を横に振る。


「(何より、既に二人もあの場所で手にかけた後だ。今更になって降りられるかよ)」


 蛍と惺の顔を思い出してか、奥歯を噛み締め、眉間のシワを一層と深くする蔵人。


「(誰が相手でも棄権はしない。何が起きようと途中で降伏もしない)」


 光で織られた術式言語が形作る円陣を見据え、踏み入る。


「(敗れる時は──あの二人に与えた痛みと釣り合うだけの責め苦を、受けるべきだ)」


 円陣が極光を放ち、蔵人の精神を切り離し、リンボへと運んで行く。


 そして力無く崩れ落ちる、残された肉体。

 床に倒れるよりも先、いつものようにレティシアはそれを抱き止め、暫し抜け殻となった主の耳元に唇を寄せ、囁いた。


「……無事のお帰りを、心より祈っております……」






 閉じた瞼をも貫くほどの眩光が薄れ、全身を包む気持ちの悪い浮遊感も消えた頃合、片方だけの目を静かに開く蔵人。


 そのまま周囲を見渡し──視界へと映り込んだ景色に、肩をすくめた。


「(よりによって砂漠とはな。過去一の大ハズレだ)」


 僅かな草木の彩りすらも窺えない、のっぺりと広がるサンドベージュ。

 右手側の奥地に岩場が霞んで見えるため、恐らく北部砂漠東部荒野の境界線付近を切り取って再現した場所なのだろう、と察する。


 どちらにせよ、蔵人の花魔法には圧倒的不利な地形。


 加えて、体調面でも大幅なデバフ付き。


 右目が使い物にならず、右腕も数ヶ月前の半分程度しか動かない身体に更なる追い討ちとして覆い被さる倦怠感と疲労感。

 事故に遭う前の万全のコンディションを十、事故後の上限を六とするなら、今の蔵人は精々が二と三の間ほどだろう。


「(オマケに今回は、敵の下調べすらやっていない)」


 五十番、戸狩とがり藤孝ふじたか。術式は『肉』。

 過去の対戦相手達と比較して、魔法の用途や戦闘スタイルの推測が難しい一文字。


 とは言え、皆目見当もつかないワケではなかった。


「(ニュアンス的に近いのは、骨魔法か)」


 蔵人が真っ先に思い出したのは、動く市松人形ことにのまえの保有する術式。


 自身の骨を形状変化させての武器化、及び密度変化による硬質化。

 そこから連想される肉魔法の性質が、蔵人の想像通りだったとするならば……。


「(厄介どころの騒ぎじゃないな。が過ぎる)」


 改めて振り返れば、蔵人には魔法使いとしてのまともな戦闘経験が、ほぼ無い。


 初戦の時は、まだ蛍が満足に杖を使いこなせていなかった。

 二回戦では、そもそも惺に蔵人と戦う意思が無かった。

 三回戦に至っては、ルカの棄権によって一度も刃を交えぬまま決着を迎えている。


 一方の対手は蔵人より二ヶ月は早く魔法に触れ、三度継承戦を勝ち抜いてきた手練れ。

 踏んだ場数も、術式の戦闘能力も、杖の練度も、遥か格上であることは明々白々。


「(さて、どう戦う)」


 気だるさと頭痛を押し殺し、鈍い思考を巡らせる蔵人。


 ひとまず浮かんだ案は、足場の確保。


 水気の無い砂漠だろうと魔力で強引に花を咲かせることは可能だが、花檻はなおり花壁はなかべなどの大掛かりな造形を編むのは難しい。

 乾ききった砂上で重量物を固定させるには地中深くまで根を伸ばさなければならず、ただでさえ術式に魔力を流し込んだ際の性質変換効率が劣悪な花魔法のリソースを、更に余計なところに費やす羽目となってしまう。


「(荒野まで移るか。ここよりは幾分マシだ)」


 目を細めた蔵人が、遠方の岩場を見据える。


 そして駆け出すべく体勢を落とす間際──砂を踏み締める音が、風に乗って響いた。


「なんや、今回はスタート早々ご対面かいな。探す手間が省けて助かるわ」


 併せて鼓膜を突く、耳慣れないイントネーションの男声。


 蔵人は弾かれたように花の種が詰まった懐の小袋を掴み、身構える。


「ジブンが下院か? 対戦相手の戸狩や、よろしゅうな」


 ちょうど蔵人の死角だった砂丘の反対側から登って来た、一人の男。


 やけに軽装で、ジーンズとサンダルを履いただけの上裸。

 背丈は蔵人と同じくらいだが、あまり体格には恵まれていない痩躯。


 骨ばった胸部に浮かぶ、太陽を想起させる形の刻印。

 短い癖っ毛の黒髪に巻かれた、厚手のバンダナ。


 あれが杖だな、と蔵人は直感的に感じ取った。


「(……三回戦あたりから、とことんツキが落ちてるらしい)」


 瞳孔が引き絞られた左目で、男──戸狩藤孝を静かに見上げる蔵人。

 ゆっくりと眉根を寄せ、内心で悪態を吐く。


「(砂漠の真ん中、それも一切仕込み無しでの接敵。近くに居るのが分かっていれば、トリカブトの種を蒔くくらいやれたんだが)」


 蔵人の魔力探知は、花を媒介としなければ使えない。

 その上、疲労による注意の散漫も手伝い、周囲の警戒が完璧ではなかった。


 足音を聞き取るまで藤孝の存在に気付けなかったのは、言うなれば当然の帰結。

 蔵人自身の悪態通り、兎にも角にも運が悪かった。


「(向こうも俺の術式に対する予測くらい立てているだろう。あからさまに種を撒き散らせば、当然そっちに注意が偏る)」

「なんやなんや、景気の悪い顔しくさってからに。今日はベスト四を決める節目の試合なんやから、もっと明るく楽しくやろうやないの」

「……残り四人になったところで、なんだと言うんだ」


 戦端を開く前に、少しでも仕込みを行っておきたい。

 そんな思惑を含ませる形で会話に応じつつ、蔵人は藤孝から見えないよう、さりげない所作で足元に花の種を落とし始める。


「んん? ジブン、もしかして気付いとらんのか? この四回戦で勝ち残ったモンは、楽土ラクドの東西南北いずれかを丸ごと自分のサークルに収めることになるんやで?」

「そうだな」


 二人分、四人分、八人分と、勝利する度に倍々で増えて行くサークル

 そして四戦目までは必ず同エリアの候補者と当たる組み合わせゆえ、必然そうなる。


「しかもマリちゃんが言うとったんやけどな。今日の勝者には、なんやエエ感じのが用意してあるんやて」

「そうか」

「……愛想の無い奴やなぁ……女関係とか長続きせぇへん方やろジブン。彼女のひと言には三つの言葉で返事せなあかんよ?」


「(十二……十三。よし、充分だ)」


 諸手を挙げ、かぶりを振る藤孝。

 その瞬間を好機と見た蔵人が、足元に蒔いたものとは別の種を、袋ごと投げた。


「〈磔花たっか〉」


 麻袋を内側から突き破り、大蛇の如く一塊となって伸びる茎葉。

 物量の劇的増加という形で強化された花縛はなしばりにのまえを縛り上げた時よりも更に三倍近いトリカブトが藤孝を絡め取り、技の名が示す通りの磔とした。


「おおう。無愛想な上にせっかちかいな。気の早い男はモテへん、でっ!」


 常人ならば指一本動かせない量。

 けれど藤孝は磔花たっかを容易く根ごと引き抜き、拘束を振り解く。


 次いで、深く屈み──折り畳んだ脚が一瞬、三倍近い太さにまで膨れ上がった。


「──どらァッ!!」


 爆発音と錯覚するほどの轟音を立てて踏み込み、跳躍する藤孝。


 踏ん張りが利かない砂上どころか、整地されたトラック上だろうとも有り得ない初速。

 否。そもそも人間の身体能力の限界すら超えた、滅茶苦茶な速度。


「ッ」


 だった光景。ほぼ反射的に横へと跳んだ蔵人。

 直前まで立っていた地点に、大きく振りかぶった拳が撃ち込まれる。


「(人間の……生物の膂力じゃ、ない……!!)」


 重い破裂音。空気を叩く衝撃波。数メートルも巻き上がる砂の柱。

 余波を受けて倒れかけた蔵人は、どうにか体勢を立て直し、杖先で足元を突く。


「〈一輪斬刺いちりんざし十三花じゅうさんか〉」


 砂に紛れ、宙へと舞った薔薇の種を一斉開花。

 強弓を思わせる速度で藤孝めがけて迫る、十三本のイバラの槍。


 今の蔵人に繰り出せる、最も殺傷性の高い攻撃。


「ぬぅんっ!」


 だが、一輪斬刺いちりんざしに貫かれるよりも早く、藤孝が全身を力ませる。


 途端に激しく隆起した筋肉。

 硬く鋭いイバラの先端は藤孝の薄皮一枚のみ貫いた後、完全に勢いを堰き止められ、魔力の過負荷によって塵と化した。


 その光景を見ていた蔵人は、藤孝の軽装の理由を察し、歯噛みする。


「(悪い方に推測が当たったか)」


 戸狩藤孝の肉魔法とは、すなわち『筋肉を操る術式』。

 筋繊維に干渉し、その密度や強度を操作するもの。


 平たく言えば

 魔法自体の用途は狭いが、非常にシンプルかつ汎用性の高い代物。


「(まずい、な)」

「ぺっ、ぺっ。砂が口ん中に入ってもうた、気持ち悪っ」


 降り注ぐ砂の雨を邪魔っけに払いのける藤孝。


「(一輪斬刺いちりんざし貫通とおらないってことは、つまり)」


 一方の蔵人は、努めてポーカーフェイスを保ちながら、粛々と結論に至る。


「(俺には、こいつの防御を物理的に突破出来る手段が……無い)」





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