2153年9月17日(月)

第23章「わすれてなかった約束」

 がさごそと、自分の周りで人の動く気配がつたわってくる。

 ……えっ、わたし、ドームの最上階でたおれたんだよね?

「うわああっ!!」

 思わず飛び起きて、ライトのまぶしさに悲鳴をあげた。

 ここどこ!? とあたりを見まわせば、そこは見なれたわたしのベッド。

「あ、ユイたんやーっと気がついた」

「おはよー……」

 ほおにガーゼやらなんやらを貼ったユーフォンとクテが、そろってわたしに笑顔を向ける。

 あれっと思ってブランケットをめくると、いつの間にか服装は制服からパジャマに変わっていた。

「……もしかして、今までのって全部夢……?」

「ぶっぶー、げ・ん・じ・つ・でーす」

 ほれ見なされ、とユーフォンがわたしのズボンのすそをまくり上げる。

 そこには、湿布が足一面をおおういきおいで大量に貼られていた。

「うわ気色悪っ!」

「自分の足にそんなコト言わなーい」

 そう思わず声を上げると、ユーフォンに頭をぐりぐりなでられる。

 そんなわたし達を見て、クテが「ふふ」と笑った。

「ゆいちゃん、階段でころんだ時にあざができまくってたんだよー。もうたっくさん」

「たっくさん?」

「うん、たー……っくさん」

 わたしはそっと湿布をなでてみる。湿布のおかげで痛みはほとんど感じないけど、相当の範囲だ。

 これ、シャワーに入る時が怖いぞ……!

「他のみんなは大丈夫なの?」

「だいじょぶだいじょぶ。薫達が電撃受けてかるーいやけどをしたのと、みんなエストさまから逃げてる途中にあれこれケガしたこと以外は」

「それ大丈夫じゃなくない!?」

「まあユイたんの足よりはだいじょーぶかな」

 たしかに、階段をかけあがったり、ぶつけまくったり、いろいろとやらかしたけど。

 ごくろうさまでした……って足をなでていると、ユーフォンが話を続ける。

「ユイたん、最上階までダッシュとかいうイミわかんないことしたから、貧血でたおれちゃったんだよね。で、丸一日経ってから起きたってわけ。ノアたんも──」

「ノア! 待って、ノアは大丈夫なの!?」

 ユーフォンの口から名前を聞いて、わたしは初めて自分が倒れた理由を思い出した。

「ねえ今どこっ?」ってぐわっと顔を近づけると、彼女はおどろいた顔で「220号室にいるけど」と答える。

「オッケー行ってくる! アイサー、ドア!!」

『了解しました』

「あ、ゆいちゃん、まって……」

 かけ布団をはいでベッドから飛び降りると、そのまま走って部屋を飛び出す。

 220号室の前でキュイッと足の裏を床にこすり付けて止まると、コマンドを出してドアを開けた。

「ノノノノノノアッ! 大丈夫!?」

「おいノック!! アイサー、閉じろ!!」

 開きかけたドアの向こうで、一瞬だけベッドの上にすわるノアのすがたが見える。

 その直後、しかめっ面のカオルのコマンドによりドアが目の前でピシャーンと閉められた。

 ユイさん、いくら後輩のためとはいえちょっと焦りすぎましたね……。

 反省していると、ドアがすーっと開いて中からカオルとアンシュが出てきた。

「ボク達外行くから、ユイちん入っていいよー」

「あっ、うん!」

 廊下を歩いていく二人に手をふると、わたしは部屋の中にできるだけ落ち着いた足取りで入る。

 ずっと空き部屋だったそこには、わたし達の使っているものより少しだけ小さい家具一式が置いてある。

 そのベッドの上にすわっていたノアは、わたしをみると「どうも」とかるく頭を下げた。

「えっと、ケガは大丈夫!?」

「はい。出血は止まりましたし、貧血も寝て回復しました」

「よかった〜……」

 わたしはイスをノアのベッドに近づけてすわり、やっと気がついた。

 ノアのパジャマのそでから、真っ白い包帯がのぞいている。それは、ノアの細い首の下半分をおおいかくしていた。

 向こうもわたしの視線に気付いたのか、包帯をおさえると、少しだけ視線をそらす。

「傷はふさがりかけてるんですけど、傷跡がのこるかもしれない、って……」

「そっ、そんな……」

 だってその傷、わたしをかばったせいでできたものなのに。

 あの位置じゃ、ちょっと動いたら見えちゃうよね?

 肌の白いノアのことだし、なおさら分かりやすいはずだ。

 しゅんとへこんでいると、ノアはおもむろにちょうど傷があるあたりを指で押しこんだ。

「痛っ!」

「えぇ!?」

 いやそりゃ痛いよ! わざと押し込んだら傷開いちゃうよ!!

 じわじわと赤黒く染まる包帯に、わたしは思わず悲鳴をあげる。

「どっ、どうしたの急に!?」

 そうたずねると、ノアはしばらくの間考えこんでから、わたしの目を見て、

「ノ、ノアスイッチ、ですっ」

 と答えた。

 ……へ?

 わたしが困惑していると、ノアは早口で続ける。

「約束したじゃないですかスイッチ考えとくって。それに傷跡は傷跡ですけど、ノア、あの時ユイさんといっしょに立ち向かえたのはほこりに思ってて、だからその証拠みたいでうれしいっていうか……」

「へぇあ……」

 ぽかんと口を開けていると、ノアはぽぽぽっとほおを赤くし、ぶんっとそっぽを向いた。

 ようやく状況を理解したわたしのほおも、うれしさで熱くなる。

「はずかしいのでやっぱわすれてくだ──」

「約束覚えててくれたんだねっ!? うれしいよ〜っ!!」

「ケガ人に抱きつくなっ!!」

 すごいや。昨日は、忘れられちゃうんじゃないかってハラハラしてたのに、今日ノアは約束のことを話してくれた。

 もう、うれしいことずくめだよ。

 あばれるノアを押さえこんで笑っていたら、さっと後ろでドアが開いた。

「おまえら元気なら出てこいよ。ご飯だぞー」

「はあい!」

 これまたあちこち絆創膏をはっているけど元気そうなシユンに返事をすると、わたし達はゆっくり立ち上がる。

「……あっ、わたしパジャマじゃん」

「ノアもです。着がえてから行きましょう、ユイせんぱい」

 うわっ、しかもはだしだった!

 なれない床の感触をふみしめながら、わたしは部屋を出ようとする。

 ……あれ、待って? わたしはばっとふり返った。

「今なんて!?」

「着がえてから行きましょうって」

「その後!」

「……ユイさん」

「うそだー!!」

 絶対今言ったよね!? ねえ、言ったよね!?

 あまりのうれしさに飛び上がりそうになりながら、わたしはノアの顔をじいっと見つめる。

 するとノアは、観念したように目をつむった。

「早く着がえて行きますよ、ユイせんぱい!」

「……うんっ! ユイせんぱい、行く!!」

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