異世界転生したけど……あれ? おかしくね?

 

 魔王の城――この世界を支配せんと企む悪の魔王の居城に、ついに私は乗り込む。私は勇者の血に連なる者。魔王を斃し、世界を救い、そして攫われた王女殿下を救うのだ!


 仲間達の決死の行動もあり、私は玉座の間に辿り着いた。私を先に進ませてくれた仲間達の為にも、魔王を必ず斃す!!


 深呼吸して、私は懐にしまっている紙を取り出す。紙には美しい女性の姿が描かれている――魔王に攫われた王女殿下だ。


 国王陛下が有名な絵師に描かせたものだという。描かれている可憐な姫君の姿に、私は一目で心を奪われた。


 もし、もしも願いが叶うのであれば、国王陛下に願い出るつもりでいる。王女殿下との結婚を――。


 いけない、今は魔王を斃す事が先決だ。王女殿下はずっとこの城に囚われて心細い日々を過ごされていただろう。


 王女殿下……未熟者ではありますがこの勇者が今、貴女の下に参ります!


 バン、と玉座の間の扉を開いた。


「魔王、覚悟しろ! お前を斃し世界を救う!! 王女殿下を解放し……」


「勇者よ、よくぞ来た……た、助けて」


「……え?」


 私は目をごしごしと擦った。そこには、ボロボロになった異形の怪物が地に伏していた。


 え、何コレ? こ、これ……もしかして、魔王?


 な、何故、魔王がボロボロの状態で倒れているんだ!? まさか、私を油断させる為の罠か!!?


「魔王、私を油断させようとしても引っ掛かるような私では――」


「お願い、勇者! もう悪い事しないから助けて!!」


「いや、何言ってんの!?」


 魔王は私に土下座する。いやいやいや、これどういう状況!?


 何で、魔王が勇者である私に助けを求めるんだ!!?


「た、頼む! 一刻も早くこの城から奴を連れ出してくれ!! も、もう、筋トレはいやじゃぁあああああああああああっ!!」


 は……き、筋トレ? い、一体何の話をしているんだ?


 号泣する魔王の姿を目の当たりにして、思わず後退ってしまう。というか、奴って一体…… 等と考えていると突然、玉座の間が揺れた。


 ドシン、ドシンという音と共に玉座の間に揺れが生じる――じ、地震か?


「ヒィイイイイイイイイイイッ! や、奴が来るぅうううううう!!」


 怯える魔王。魔王が怯えるなんて、一体何が来るというんだ? 


 緊張した面持ちで、私は剣を構える。そして、私の前に出現したのは――。






 ――あれ、ここは何処だろう? 私、確か学校からの帰り道だった筈じゃ……?


「あー、チミチミ。ワシの声が聞こえるかね?」


 私に話し掛ける声――目の前に白い御髭を生やしたおじいさんの姿が。何だか、この世の人は思えない感じがする。


「もしかして、神様ですか?」


「おお、お嬢ちゃん、なかなか慧眼じゃのう! 如何にも、ワシは神様じゃよ」


 何となく、そんな気がしたけど、本当に神様なんだ。何か額に13号って書いてあるのが気になるけど……。


「これって、もしかして漫画とか小説とかでよくある異世界へ転生するパターンですか?」


「うむ、理解が早くて助かる! お嬢ちゃん、曲がり角から猛スピードで来た車に轢かれてのう……まだ若いのに可哀想な事じゃ」


 そっか、交通事故で死んじゃったんだ私……。


「しかも、犯人は他にも多くの犯罪を犯しておきながら悪辣な手段で自らの犯罪を揉み消してきたクズじゃった。今回、とうとう殺人という罪を犯した事で反省の色無しと判断されて、地獄行きが決定したわい。今頃、地獄に引き摺り込まれておる頃じゃろうて」


 か、神様ってそんな事も出来るんだ。ちょっと怖いかも……。


「んで、不幸にも命を落としたお嬢ちゃんを転生させる事が決定したんじゃよ」


「そうなんですか……お手数をお掛けして申し訳ありません」


「ふぉっふぉっふぉっ、なーに気にせんでいい。では、レッツ異世界転生!」


 神様がそう言うと、私は光に包まれた――。






「あれから、16年くらい経つのう。よし、あのお嬢ちゃんの様子を見物しようかの」


 神13号ことワシは、16年前に不幸にも交通事故で命を落とした少女を異世界に転生させた。彼女の転生先はとある世界のとある国のお姫様。 


 女の子じゃから、一度くらいはお姫様に憧れるかのーっと思って転生させたんじゃが、幸せにしとるかの?


 あのお嬢ちゃんが転生した異世界を見るべく、鏡を用意する。この鏡に念じれば、異世界の様子を見ることが出来る。


 鏡に映し出された光景は――お嬢ちゃんが住む城が魔物の大群に襲われている光景じゃった。


「む……まさか、魔王軍に攻め込まれたのか!?」


 お嬢ちゃんが生まれ変わった世界には魔物と、それらを統括する魔王が存在する。お姫様であるお嬢ちゃんは魔王軍に捕らえられ、魔王城へと連れ攫われた。


 生まれ変わったのに、何と不幸な事じゃ……ワシは魔王城の一室に閉じ込められたお嬢ちゃんの様子を見る事にした。きっと、心細い思いをしておるに違いない。


「127、128、129……」


 ……あれ、な、何じゃこれ? お姫様に生まれ変わったお嬢ちゃんは、囚われている部屋で腕立て伏せをしていた。


 続いて、腹筋、更にはスクワットをこなしていく。な、何をやっとるんじゃこのお嬢ちゃんは?  


 お嬢ちゃんは、フゥと一息吐いた後――。


「ふ、ふふふ……アハハハハハハハハハハハハハ!」


 突然、大声で笑い出した。ど、どうしたというんじゃ!?


 まさか、魔王城に幽閉されたショックで気が触れたとでも――。


「16年……長かったわ。神様、もしも今の私を見ているなら一言言わせて貰います。何で、お姫様なんかに転生させたんですか!? 生まれ変わるなら女騎士さんや女戦士さんがよかったです!!」


 ……え? な、何を言っとるんじゃこの子?


「お姫様なんて自由の無い生き方なんて息が詰まっちゃうじゃないですか! 何よりも大好きな筋トレが出来ないなんて耐えられない!!」


 き、筋トレって……こ、この子って体育会系女子じゃったのか? な、何か悪い事しちゃったのう。


 もう少し、この子の性格や趣味嗜好を知ってから転生させるべきじゃったかのう……。


「でも、こうやって魔王に攫われたお陰で、やっと筋トレが出来る! さぁ、思う存分トレーニングしちゃいましょう!!」


 お嬢ちゃんは活き活きとした瞳で筋トレを再開する――何だかのぅ。囚われのお姫様がこんなんでよいのかのう。


 ワシは困惑の眼差しで筋トレするお嬢ちゃんを見物し続ける。そして、幾日かが過ぎた頃に異変が起きた。


 突然、お嬢ちゃんが膝をついて苦しみ出した。な、何じゃ……まさか、どこか身体の具合でも悪くしたのか!?


 だが、次の瞬間にお嬢ちゃんの身体が光り出した。閃光が迸った後、そこに立っていたのは――。






 ボロボロになった魔王が怯えている。勇者である私は、この魔王を討ち、王女殿下を助けなくてはならないのだが……今の私は唖然とした表情で眼前に現れたものを見つめていた。


「魔王、筋トレをサボって何をしているのですか?」


「ヒィイイイイイイイイイイイイイッ! もう無理じゃぁああああああ!!」


「何を言ってるんですか、そんな貧弱な身体で私に勝てるとお思いですか!?」


「(え……何コレ? 何、この筋骨隆々の女傑は!? ま、まさか、この人が王女殿下だったりしないよな!!?)


 ……私の眼前に現れたのは王女殿下だった。いや――“顔立ち”は紛れもなく紙に描かれていた王女殿下そのものだ。


 問題は首から下である。王女殿下の首から下は、筋骨隆々の鋼の肉体だった。


 懐にしまっていた紙を取り出し、目の前の女傑と見比べる。確かに顔は一致するが、身体の方は全くもって一致しない。


 恐る恐る、私は目の前の女傑に訊ねてみた。


「あ、あの……王女殿下でしょうか?」


「ええ、私が魔王城に囚われた王女です」


「い、一体どうされたのですか、その御身体は!?」


「筋トレの成果によるものです!」


 ……は? 筋トレって、筋力トレーニングの事だよな?


 いやいやいや、何で王女殿下が筋トレしてるんだ!? というか、どんなトレーニングをすれば、そんな人間離れした肉体になるんですか!!?


「生まれ育ったお城では淑女教育を施されましたが、私はそんなものより筋トレがしたかったのです。魔王城に攫われてから、念願の筋トレに励みました――そして、幾日か過ぎた頃に私の身体に変化が生じました」


「そ、その変化というのがその御身体なのですか……?」


「ええ――ハイパープリンセスファイナルエディションにメガ進化したのです!!」


 ……い、意味が分からん。つまり、筋トレの影響で突然変異してしまったという事なのだろうか?


「こうしてメガ進化したのは良いのですが、閉じ込められているのも退屈になったので幽閉されていたお部屋の壁を突き破って外に出たら、魔物の皆さんが一斉に攻撃を仕掛けて来まして……」


「だ、大丈夫だったのですか!?」


「はい、あまりに礼儀がなっていなかったので全員の頭に拳骨しました。ほら、玉座の近くに皆さんいらっしゃるでしょう?」


 魔王が座すであろう玉座の周囲を注意深く観察すると、金槌で叩かれた釘のように魔物達が床に埋まっていた。全員が白目を剥いている……辛うじて生きてはいるようだ。


 ああ、なんてこった――王女殿下の拳骨が恐ろしい破壊力であるという事実が一目で理解出来てしまう。


「で、魔王にも勝負を挑まれましたが、デコピン一発で勝利しまして」


「あ、あれはデコピンなんかじゃない! 危うく首が吹き飛ばされそうになったわい!!」


 真っ青な表情で震える魔王……いや、ホントよく生きてたな。デコピン一発で首が飛びそうになるってどんだけだよ。


「全く、仮にも魔物の王様がそんな貧弱でどうするんですか! というわけで、勇者様がやって来る今日まで魔王に筋トレを施していたのです」


「頼む、勇者! ホントにもう悪い事しないからこの王女を連れ帰って!!」


 ……え、この王女殿下を連れて帰らなきゃいけないの? た、確かに国王陛下から王女殿下の救出は依頼されてるけど、今の王女殿下を見てるとやる気が98%くらい減少するなぁ。


 で、でも、国王陛下の依頼は果たさなくては――。


「王女殿下、御父上も御心配されております。どうか、私と共に故郷へお帰り下さい」


「勇者様……あなたも随分と貧弱な身体をしていらっしゃいますね」


「え゛」


 キュピーンと、王女殿下の瞳が妖しく輝いたように見えた。な、何か嫌な予感がするんですけど!?


「そんな軟弱な身体で私の夫が務まるとでも!? さぁ、勇者様も筋トレしましょう!!」


「え、いや、その、私は王女殿下と結婚するとは一言も……」


 い、いやじゃああああああああああ! こんな筋肉モリモリの王女殿下と結婚するなんてェェェェェェェェェ!!


 本来の王女殿下に戻ってェェェェェェェェェェェ(;゚Д゚)!!


 しかし、私の訴えも空しく、王女殿下に半ば脅迫される形で婚姻は成立……いや、逆らったら命が無さそうだったし。何せ、魔王が怯えるくらいだからなぁ。


 ――数年後、とある王国の玉座に私は座っていた。周囲には筋骨隆々の兵士達が控えている。

 

 王国に帰還した王女殿下を見た瞬間、国王陛下は御昏倒された……無理も無いか。愛娘がこんな筋骨隆々の女傑になっていれば、そりゃそうなるわな(´Д`)。


 愛娘の変貌ぶりにショックを受けた国王陛下は体調を崩して退位。今も療養生活を送っていらっしゃる。


 王女殿下は国民や兵士達に筋トレを奨励し、今や王国に住まう人間の大半が筋骨隆々の豪傑、女傑揃いに……ああ、どうしてこうなった。かく言う私も王女殿下と共に筋トレに励んだ結果、豪傑の仲間入りしてしまった。


 随分と逞しい豪腕と胸板になったなぁ――最近は昔の自分が思い出せなくなりつつある。


 ちなみに、魔王は二度と攻めて来なかった。噂によると、魔王城に引き篭もって筋トレ怖い筋トレ怖いと布団を被って震えているらしい。


 ああ、トラウマになっちゃったのか……敵ながら不憫な。


 後の世に魔王すら恐れる強国マッスルキングダムの歴史は、こうして幕開けしたのである――。






 神々が住まう天界で、神13号と何時の間にか遊びに来ていた友人の神1号がマッスルキングダムの誕生を見ていた。


「……あれ? おかしくね? なぁ、神1号よ―― 普通、お姫様って勇者に助けられるもんじゃなかろうか?」


「神13号……世の中には色んな趣味嗜好を持つ人間も居るという事じゃ。まぁ、普段の仕事が適当なお主にしては良い結果じゃろ」


「いやいやいや、ワシはこんなん予想すら出来んかったわい! 筋トレが世界を救うってどういう事じゃぁぁあああああああああああ!!?」


 超適当神の叫びが天界に木霊するのであった(笑)。





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