第63話「悪役令嬢ト『大教会』」


「むー、帰りたい」

リアは大分ご機嫌斜めのようだ。まぁ元より味気ない風景の街ではあるが、いちいち戒律に引っかかるかを気にしてたら何もできないもんな。

特に観光に来たわけではないんだけど、それでも新しい街に行った時の好奇心が無いわけでもないのだ。


「まぁまぁリア様、とりあえず教会での面談が終わればそれで終わりですから、それまで我慢して下さい」

ケイトさんが宥めているが、微妙な気分は俺様も同じだった。

「うーん、想像してたのとかなり違うなぁ、俗世間を離れてもいないのに修行に来てるような気分だ」

よくよく街を見てみると、土産物とかの店もあんまり見当たらないのだ。

普通、宗教の中心地っていうからには世界中から信者の人が巡礼に来るよなぁ、その人達相手の商売が成立しないって事だよな。

「これこそが光翼教の信徒が住む街としてのあるべき姿ですわ。ここにいるだけで人々は神の恩寵を実感できるのです」

ルクレツィアは誇らしげだけれども、俺様にはこの街の光景は作為的すぎて不自然にすら感じる。


「(ねー、レイハはこの街どう思う?)」

「(じゃからリアよ……、ウチに聞くなというに。それぞれに信ずる神がいる、それで良いではないか)」

そんな事をひそひそと話しながら最初この街を見た時は雰囲気のある良い風景だと思ったが、こうも行けども行けども教会だらけだとなんだかなぁ。それでもこういう街でも子供達は元気なものだ。

「あ! 聖女様だ!おかえりなさーい!」

「今度はどこへ行ってたの? フォルちゃんもお久しぶりー!」

「おー、チビども元気にしてたかー! ◝(⑅•ᴗ•⑅)◜..°♡」

「今はフォルトゥナの方がチビじゃん! いつものでっかいトラックってのになってまた乗せてよー」

白猫になっているフォルトゥナは、子供達にも人気らしい。


「こらこらあなた達、久しぶりですが再会を喜ぶにしても限度というものありますよ?聖典に曰く『市中において』は?」

「「「静寂を尊し……」」」

「はい良くできました。ですが騒いだ罪は罪です、さぁそこで礼拝させていただきましょう」

おいおい、子供相手でも容赦無しかよ、ルクレツィアは子供たちをその辺の家に連れ込もうとしている。

つかどの家にも礼拝する為の祭壇があるのかよ、ありそうだな……。


「ね、ねぇルクレツィア?ちょっと久しぶりに会っただけの挨拶でしょ?」

「リア様、リア様、いけませんよ」

学ばないリアが声をかけようとしたが、ケイトさんに止められた。とはいえあれは無いよなぁ。

「なんつー窮屈な街だ……」

「ジャバウォック様、それでもここに人が住むのは光翼教の総本部という事で手出しがしにくいからだと思いますよ、おそらくこの周辺では最も安全な都市だと言えます」

俺までケイトさんにたしなめられたよ。


「人が何かを信ずるのは良いとしても、良識や生活の何もかもを丸投げするとこうもなろう。平和な生活の代償と思えばこれも仕方あるまい」

「仕事も平和もあるのであれば私でもここに住みたい、と思うかも知れませんねぇ」

レイハとケイトさんの考え方は、危険も多く生活基盤が脆弱なこの世界では切実なものなのだろう。


「えー? でも何も自由が無いんだけど? 良いの?」

「リアっち話わかるー!だよねー、何でもかんでも神様神様って。

 神様拝んだだけで何になるんだっつーの。٩(๑`^´๑)۶」

最近思うけど、リアってわりと前世の現代人に感覚が近いよな?

様々な嫌がらせは除いても、窮屈ではあっても勉強するだけで衣食住が満たされていた生活だったわけだし、部分的には良くも悪くも苦労知らずだ。


「フォルトゥナ、あなたがそういう事でどうするのです。貴女は神の奇跡の象徴なのですから、そんな事を言ってはいけませんよ」

「えー、でもー。( o̴̶̷᷄ ·̫ o̴̶̷̥᷅ )」

「いいですね?」

「はぁい。(৹˃̵﹏˂̵৹)」

教会都市というだけあるぜ、この街ではまさに教会の中にいるかのように生活しないといけないようだ。

とはいえそれでも街の様子は荒廃とは無縁で、この世界の他の街ではどこにでもあるよな荒んだ部分が見えない。

道にはゴミ一つ落ちてないし壁に落書きとかも無い。ある意味理想郷、なのか?


「さぁ大教会まではもう少しですよ」

街の異様な状態に気を取られていて気づかなかったが、いつの間にかかなり歩いていたようで街の中心に位置している大教会はもう目の前だった。

というかあれだな、これだけ巨大だと教会というより城と見分けがつかんな、衛兵とかまで立っているし。

とはいえ城よりは遥かに装飾が多く、様々な宗教的な彫刻や文様が彫られており、部分だけ見れば教会に見えなくもない。

大教会の周囲は高い石壁に囲まれており、門を通らなければ中に入る事も困難だろう。

その門もまたとんでもない大きさだった。開いてはいるが鉄製の頑丈な扉にもさまざまな彫刻が彫られ、ここが教会だというのを誇示しているようだ。また、門の周辺にも様々な寓意を表す聖人やそれに退治される悪魔らしき彫刻が掘られていた。


「聖女様ですね、突然いなくなるので皆心配していたのですよ」

「申し訳ありません、どうしても鎮めなければならない存在がいましたので」

「法王様も枢機卿様も皆心配されております、早くご無事な姿をお見せ下さい。そちらの方々は?」

ルクレツィアは大教会の門兵から声をかけられていた、門兵も無事な姿を見て、安堵しているようだ。


「こちらは旅先で出会った者達です。皆『デコトラ』に関係しているので、一度こちらに来ていただくべきかと思いお連れしました」

「おお……、とは言われても、それらしいお方がいらっしゃらないのですが?使い魔を連れているようにも見えませんし」

「いえ、そちらの女性がそうなのですわ、また、そのデコトラのかたはネックレスになっておられます」


デコトラのかたってのはなんだかなぁ、一応デコトラの事を知っているみたいだし、しゃべっても大丈夫なのか?

「はじめまして、私はリーリアと言うの、ジャバウォック、多分話しても大丈夫よ?」

「はじめましてだ、俺様はジャバウォックという。このリーリアという女性と契約しているものだ」


「おお……、まさに、ではこちらも『デコトラ』に?」

「ええ、私も見ましたが物凄い力を持っていましたわ、ただ、やはり一度お目通りをしておいた方が良いかと思いお連れしたのです」

「ははっ、ではその旨をお伝えしてまいります」

衛兵の人はまわれ右して教会の奥の方へと報告に行くが、別に走ったりはせず歩いていた。多分『廊下は走るな』とでも戒律にあるんだろうな。


もう一人の衛兵に付き添われて中に入って行ったが、中は荘厳の一言だった。以前テネブラエの城内を見た事はあったが、あそこは城と言うだけあって天井が低い要塞のような一面があったのに対し、こちらは天井も高く採光も十二分に取られているので内部が物凄く巨大に見える。


正面の門から一直線に天井の高い通路が通り抜けており、交差する廊下も同様だ。

壁には宗教画なのだろうか、聖人らしき人やら天使のような羽根の生えた人物、更には敵対しているらしい悪魔のような生物と戦う姿といったものが描かれている。

この教会が城のように巨大なのは、こういう吹き抜け構造を積み上げたような建物なんだからだろうな。見かけほどの階数は無いのかも知れない。


とはいえ城みたいに巨大なのは確かで、あんまり奥へ奥へ行くのもな、と思っていたら控室に通された。さすがにあっちにも都合ってものがあるんだろう。

控室そのものは質素なものだった。調度品は品よく置かれてはいるが、最低限の装飾のもののみで、座る椅子もクッションなど無い。


「ふむ、立派な建築物じゃな、なかなかの見ものじゃった」

「レイハ様のお国ではまた違うのですか?」

レイハは意外と美術品等が気になるらしい、部屋の調度品なんかも興味深そうに見ている。

褒められて悪い気はしないのかルクレツィアも機嫌よく答えている。

「ウチの国の社は木製がほとんどじゃからな、このように高層化する建物はあんまり無い」

「まぁ、木製では長くは持たないのでは?」

「そうとも限らぬ、大切に使えば1000年でも使えるし、仮に火事等で焼けたとしてもまた建てれば良い、そうやって万物は移り変わってゆくものじゃ、神ですらもその例外ではない」

「……神は唯一不変にして永遠に変わらぬものでは?」

前言撤回、話の雲行きが一気に怪しくなってきた、レイハもそこだけは譲れないらしい。


「その辺の価値観がウチの国との根本的な違いじゃな、この国は自然が人に牙を剥く、という事があまりあるまい?

 火山が突然噴火して周辺が焦土と化したり、地震で何もかもが更地になったり、本来自然というのは人に優しくはないものじゃ」

「ですが、それも神のお与えくださった試練と思えば」

「んー、そこも違うのぉ。神々なぞ気まぐれな部分が多い、というのがウチの国の考えじゃ。

 試練を与えているわけではなく、単なる気分だろうというふうにとらえる場合が多い。

 何でもかんでも神の愛だ試練だと考える方が疲れるぞ? 全てはあるがままにしかならん」

「理解できません、それでは何の為に神々は私達をお作りになられたのか」

「これだけは言うまいと思っておったが、そなた自分の心で考えておるのか?

 教義や聖典やらに何でもかんでも丸投げしておらんか?」


「このお茶は薄いねー、お菓子は味しないし」

リアさん……。空気読も?


次回、第65話「悪役令嬢ト投獄サレル聖女」

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