第62話「悪役令嬢ト 教会都市ノ静寂」
デコトラから馬車に姿を変えて街中を行こうかと思ったが、それはダメだというので歩いていく事になった。
が、まだまだ街まですら遠いこの場所では、向かうべき大教会までまだ数キロ先だ。
絶望的な顔をしたリアに、このままでは日が暮れても大教会に到着しないと、レイハにぶーぶー言われながらデコトラアーマーの足部分だけをリアに装着させた。
これならばドレスに隠れて見えないし、脚力だけの強化ではあるが万が一の時にも対応できるという事で強引に押し通した。
『教会都市』の構造は一般の城がある街と同じようなもので、城のような教会をとりかこむように街が存在し、その周囲は大きな石壁で囲まれている。
さらにその外周には教会都市に入り切らない人々が住む町があった。
こちらは一般の家々が立ち並んでいるが、リヒトシュテルンとは異なり壁外の住宅街は少ない。わざわざ住みたいと思う人が少ないって事なのか?
周囲には田園が広がり大勢の人が働いている。皆、農家というよりは僧服のようなものを身に着けていた。
皆黙々と仕事をしている、しかし仕事なんだから楽しそうじゃなくても良いんだろうが、義務感が強いと言うのか、ただ無心に黙々とやっているようにしか見えないのだ。
「あれは皆、信者の方々です。農作業を通して信仰を深めている所ですわ」
「でもみんな、全然楽しそうには見えないけど?」
「それはそうでしょう、信仰のための労働なのですから。ですが皆様心の中は穏やかで幸せに満ちている事でしょう」
「むー?」
物怖じしないリアは疑問を呈しているが、誇らしげに語るルクレツィアはどこ吹く風だ。
周辺の民家は少ないだけあって都市周辺の石壁にはすぐ到着した。街に入るには大きな門を通り抜けなければならず、ちょっとした城塞都市だな。
門には見張りが立っており、その横には詰め所もあった。
「おお、誰かと思えば聖女様。ご無事にお戻りなされて何よりです。そちらの方々は?」
「こちらは任務先で出会った方々です。必要があって大教会へ行くところなので通していただけますか?」
「ははっ。ですが、街中では聖女様のお知り合いといえど、戒律には従っていただかないといけませんが……」
「折に触れて私が注意いたします。それでよろしいですか?」
ルクレツィアがそう言うと見張りは納得したのか、それ以上何も言う事は無かった。
「どうですか?『教会都市カテドラリア』は。まさに神の恩寵が形になったかのようだと思いませんか?」
「うーん……」
「静かだねー」
ややドヤ顔のルクレツィアには悪いが、リアは何か物足りなさを感じているようで、それは俺様も感じていた。
門を抜けるとまるで別世界のようだった。教会だらけというか教会しか無い街なのだから。俺様達は街の中へと入っていったが、街中ははっきりいって異様な光景にしか見えなかった。静かなのだ。
これだけ巨大な街であれば、当然大勢の人がいる。だがその人達は大声で叫んだりも走ったりもしない。皆同じような服を着て静かに歩き、時おり何かのひょうしに突然その場で祈りを捧げたりしている。
なので喧騒というものが存在しないのだ。そのわりに僧侶や尼僧といった感じでもなく、通行人の皆一応は普通の人のようなのだが……。
「経典に曰く『市中においては静寂を尊しとせよ』とありますので、皆余計な事を街中では話さないのですよ。神がそう命ぜられたのですから」
「いや、静かにしろといってもこれはやりすぎじゃないか……?誰も話してないぞ」
「結構な事ではありませんか、他者と無駄な会話をするよりは、教会で祈りを捧げたほうがより充実した人生を送れます」
「……えええ?」
俺の疑問にもルクレツィアはさも当然のように言い放つ、おいちょっとヤバくないか。
そういえばこのルクレツィアという子、なんやかんやで質問されてばかりで、この子自身の事は何も聞いてなかったな。他人に押し付ける事は無いが根はかなり厳格な宗教家のようだ。
「あーしはここ嫌ーい。誰も彼も規則だ戒律だでさー。なーんにも出来ないんだよ?( ¯꒳¯̥̥ )︎」
「フォルトゥナ、あなたは戒律の外の存在とは思われてますが、一応皆と同じ生活をすると受け入れたでしょう」
「んー、まーそうなんだけどね?なんかさー、あーしを人扱いしないのも違くない?٩(๑`^´๑)۶」
街中を見れば一応店らしきものはあるし、そこで買い物をしている人たちもいる。
「ねぇ、あれ何の店なの?」
「あ、リーリア様」
「行かない方が良いよ~(⑉・̆-・̆⑉)」
店員らしき人はリーリアの格好に軽く眉をひそめたが、一応客として受け入れるつもりなのか軽く頭を下げてきた。
リアもそれには軽く頭を下げて返し、店先に置かれている品物を見ていた。
ほんの1~2分程見ただろうか、リアは特に欲しいものが見つかったわけでもないので、そのまま店を立ち去ろうとした。
「お待ち下さい、戒律に違反しております」
「え?」
突然店員がリアを呼び止めた。単に店先の品物を見てただけだよな?
「今のはリーリア様が悪いですわ。戒律に曰く『汝迷う無かれ、迷わば禍事が忍び寄る』と聖典にもあるでしょう。
用もなく店に立ち寄って品物を選ぶのに迷うだけでは、心を迷わせただけの忌むべき行為です」
「え、ええー」
店先で品物選びに迷うというか。ちょっと見てみるだけで戒律に引っかかるっておかしくない?
「一応、聖典にもそういう一節はありますね。ですがあれはかなり重大な決断を迫られた時の説話だったと思うのですが」
ケイトさんは一応読んだ事があるらしい、とはいえ文章の一節を過剰に解釈したようにおもえるんだけど……。
「この街ではふらっと店に立ち寄る事もできないんかい」
レイハもさすがにこれには呆れているようだ。良かった、これがこの世界では普通とかじゃなくて。
「さぁ、祈りを捧げましょう」
「え?え?え?え?」
すると、店員はリアの手を引いて店の中に連れ込もうとする、なんと店の中には祭壇が用意されていた。
ここで今やらかした事について懺悔しろとかそんな事なんだろう。ひょっとしてこの街ではやらかすたびに懺悔とかしなきゃいけないのか?
「いえ、もちろん物を買った時でも、『汝、日々の神の恩寵に感謝すべし』と、自分が望むべきものを得られた事に対して祈らなければなりません」
「……それも一節にはありましたが、あれって至高神様がこの世をお産みになられた時に発しただけのお言葉では?」
「至高神様の御言葉はそれだけ重いのです。」
俺様と同じような事を考えたケイトさんがルクレツィアに質問していたが、その回答にはやはり厳格な宗教観が出ていた。
だんだん嫌な予感がしてきた、この街では何をするにしても何をやらかしたにしてもとりあえず祈れって事になるんじゃなかろうか。
「やはりこういう事になっておるか、噂には聞いておったが相当じゃな」
「レイハ様の御国でも信仰というものはありましょう。同じような事をされていたのでは?」
「……それについてはどう転んでも論争になりかねんのでスルーするぞ。ウチはどちらの宗教観も否定もしたくないからの」
レイハは宗教に詳しいだけあってこの街の状況を多少なりとも知ってはいたらしい。とはいえそれに対して意見を言うつもりは無いようだ。
ひざまずかされて祈りを捧げさせられていたが、今のリアってデコトラアーマーを足だけ付けてるんだよな?結構無理してたんんじゃなかろうか。
「……足痛い」
「その痛みこそ、至高神様のお恵みなのです。さぁそのお恵みにも祈りを捧げましょう」
「店員さん、このお方は大教会に向かわないといけない用件があるのです。神のお恵みに関しては私の方からも話しますのでその辺」
おい礼拝の第2ラウンドが始まったぞ、これいい加減にしないと終わらないんじゃないか?と思ったが、さすがにルクレツィアが止めてくれた。
「……ちょっと品物を見てただけなのに」
「だから言ったっしょ?この街ではヨケーな事しない方が良いんだって。ヨシヨシ( ๑´•ω•)۶"」
「信仰とは何なのか、を考えさせられるのぉ」
白猫状態のルクレツィアがリアの肩に乗り、頭を撫でていた。レイハは思う所があるのか、腕組みで何かを考えている。
「ちょっと待て、この街では万事がこんな調子なのか?」
「もちろんです。宿屋では今日一日を安らかに過ごせた喜びを感謝し。飲食店では食事をいただける事に対する感謝。その都度祈りを捧げるのは当然の事ではないですか?」
「何と言うか、徹底してるな……」
さすがに大教会に辿り着くまでこの調子では日が暮れると、思った俺様はルクレツィア聞いてみたが、その答えは予想を超えていた。
「ねぇケイトもそんな感じだったの?」
「い、いえさすがにいくら何でもそこまでは。毎週日曜日に教会に行って説話を聞いたり、食事の前に短い祈りの言葉を唱えたりはいたしましたが」
リアに答えるケイトさんも困惑していた。普通そんなもんだよなぁ、前世の日本じゃ教会とかお寺にすら行かない人が大半だったと思う。
「なぁ、何をするにしてもお祈りだ何だでは生活にならないんじゃないか?」
「何を言われるのです、人々は至高神様の御心のままに生きる事こそ幸せの全てではありませんか?
光翼教の中心から遠く離れた地ならともかく、この街ではそうあるべきなのです」
……平行線も良いところだなこれ、レイハが相手の宗教観に無闇に踏み込まない理由が良くわかった。
「ジャバウォックー、その辺にしておいた方が良いぞ?この者たちにはこの者たちの拝み方がある、下手に論争すると行き着く果ては戦争じゃぞ?」
「あーしはじゃばっちと同じような感覚なんですけどー。( ˙꒳˙ )スンッ」
となると、どうしても余計な事をしないように無言で大教会への道を歩む事になる、街中が妙に静かなのはこのせいか……。
次回、第63話「悪役令嬢ト『大教会』」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます