第44話 人知れず伝えられた流派
『よし。じゃぁ、今日は嬉しいことがあったからな。
『伝えていない話……ですか?』
和やかな雰囲気で料理の準備を進めていた父親の
『そうだ。父さんがこれまで愛してきた人達の話。最初に仕えた主君、
大きくなるまでに、息子へ色々な事を話してきた
◆
心とは何か? 想いとは何か? どんな屈強な者であろうと、人は一人で生きてゆく事は出来ない。何かしらの支えや温もりに触れ、この世に生を成し存在している。それは全ての人々にいえること。
魂へ刻まれた想いは、現世で磨かれ来世へと受け継がれる。こうした念は、人だけに与えられた素晴らしき特権。相手を慈しみ思いやり助け合う、それが人という生き物である。この気持ち、時には失うこともあるかも知れない。
けれど、周りからの温かい想いにより、取り戻すことはいつだって出来る。寄り添い優しき気持ちで接すれば、いつの日か心は通じ合うもの。そう言い聞かせ、心の内を息子へ教え説く。しかし、以前の
難産により、切なくも一瞬で消え去る妻の笑顔。その場に残されたのは、あどけなく微笑む幼き我が子。虚ろな生活を暫く続けるも、育児や仕事に追われそれどころではない。とはいえ、いつまでも心は晴れることはなく、悲観した毎日を過ごす。日に日に心は閉ざされ、死のうとさえ思ったほど。
そんな時だった――、優しく微笑み手を差し伸べる
『どうしたの? そんなにも悲しい顔をして、私で良ければ相談に乗るわよ』
『いえ、結構です。申し訳ありませんが、私には仕事が山ほど残っているので、これで失礼したいと思います』
『……そぅ? もし何かあったら、いつでも言って頂戴ね』
当時の
ところが――。翌日も同じように
『
『おはようございます。――というよりも、どうして私の名を?』
にこやかに微笑み、労いの言葉をかける
『どうして……? おかしな
『家族? 私はこの屋敷に雇われている、ただの奉公人ですよ』
不可解な面持ちで呟く態度に、
『奉公人なんかじゃないわ。私のために、一生懸命な想いで働いてくれているもの。それは家族じゃないと出来ないことでしょ?』
『あの、お言葉を返すようですが、私は単に賃金を貰い働いているだけ。それを家族と呼ぶのは、如何なものかと思いますが?』
『もう、
『ええ。まあ、そうですが……』
各地へ渡り歩いては、自分が信じた者へ声をかけ雇い入れる。だからといって、決して人を信頼出来なかった訳じゃない。毎日の生活を共にする者は、自らの手で探したかったのだろう。そのせいか、
苦労の甲斐あってか。こうして
仕方なく自らの屋敷へ帰ろうとしていた時、道場の片隅で稽古に励む一人の青年を見かけたという。まだ未熟なため道場は使わせてもらえず、部屋の外で汗を流し真剣な眼差しで剣を振るう。その光景に、
すると道場の指南役は、以外にも快く承諾してくれた。その訳とは、戦争で両親を失った青年は孤児の身。身内はどこにもおらず、道場で身柄を引き受けていたという。こうして
とはいえ、初めて訪れた屋敷のため緊張でもしているのか。はたまた、両親をなくした影響であろうか。その様子は愛想のない、無口で言葉足らず。そればかりか、警護もままならない状態。といっても、誰しも最初の内は未熟なもの、
この想いに、青年は期待に応えようとでもしたのだろう。来る日も来る日も、寝る間を惜しみ稽古に励む。そのせいあってか、数年で剣術を会得する。そして青年の凄いところはそれだけじゃない。
というのも、
その天乙流を青年が継承したという事は、家族と思い主癸は自らの全てを伝授したに違いない。そんな無双のような柔術ではあるが、ただ1つだけ叶わぬ流派が存在するという。それは、
歴史は天乙流よりも遥かに古く、気道を扱う呼吸技。見たものが言うには、静穏に川を流れゆく水面のよう。名は
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