第34話 この世は無常、あるのは移り変わる心の変化だけ……

 階級制度によって、人の心を失った后土こうどの父親。しかし、どんな理由があるにせよ、周りに危害を加えれば同じ報いが訪れる。ゆえに、いずれ自分も破滅の道を辿ることになるだろう。このように言い聞かせるも、楼夷亘羅るいこうらの教えは火に油を注ぐようなもの。


 この言葉に、怒りを露にさせる后土こうどは、拳を強く握りしめ声を張り上げる――。



「何も知らないくせに、きいた風な口をきくんじゃねえ! お前だってそうだ。商人と言ってはいるが、提和だいわという姓は滅多にいるもんじゃない。宗家で無いにしても、分家の親類に違いないはず」

「分かりました。では仮にそうだとして、私や吒枳たきを憎んで何になるのです。歪んだ人生を歩んでゆくだけ。そんな事よりも、別の何かへ目を向け有意義に過ごすことは出来ないのですか? その方が、幾分も心は救われるというもの」


「――そんな事だと‼ だったら、お前のいう有意義とはなんだ。諭すことか? なら俺にとっての意味や価値は、それに関わった者達への復讐だ!」

「ですから、復讐は連鎖を生むだけ。やがて、因果として自分に返ってきます。確かに過去で受けた心情は、哀しみに満ちた辛くやるせないものに違いありません。――だからこそです。痛みの分かる后土こうど様なら、相手の想いを感じ取り優しく接することが出来るはず」


 一定の距離を保ち、中央付近で立ち止まる両者。怒りと切なさが交錯するように、互いの信念は激しくぶつかり合う。


「ふっ、笑わせるぜ。そんな想いなど、とうの昔に捨て去ってやったぜ!」

「…………そうですか、私は少し残念です。その想いがあれば、分かり合えると思ったのですが……」


「分かり合う? 片腹痛い事をよくも平気な顔で言えるもんだ。いいか良く聞け! 俺とお前が心を通わせることは、この先1度だってありはしない。何故なら、俺が親父の代わりに成し得なかった世界を創り、名家もろとも階級をぶっ潰してやるからだ!」

后土こうど様の言いたいことは良く分かりました。これ以上は何も言いません。けれどその前に、何事も力では解決しない。そのことをご自身の心に刻んでもらいましょう」


「――ちっ。いつもいつも、癇に障るかんにさわる野郎だ。その余裕綽々よゆうしゃくしゃくとした表情を見てると、へどが出るぜ!」

「お褒め頂きありがとうございます。ではお好きなように、どこからでも掛かって来てください。ですが、私には指一本触れること叶いませんがね」


 后土こうどは再び双方の掌を強く握りしめ、突進する構えを見せる。一方の楼夷亘羅るいこうらは、少し右に上体を反らし臨戦態勢で身構えた。こうして二人は、真剣な表情で向かい合い、眼光鋭く睨み合う……。


「ふんっ! 俺もそこまで馬鹿じゃねえ。殴って当たらねーなら、捕まえて締め上げればいいこと」

「なるほど、何事も突進しかできない猪のような存在。そう思っていましたが、少しは考える事も出来るみたいですね。しかし、何をしても同じこと、先程となんら状況は変わりないでしょう」


「いい気になるなよ、楼夷亘羅るいこうら。修練を積んでいるのは、お前だけじゃねえんだ!」

「確かにそうですね。けれど、修練は積めばいいと言う訳ではありません。心技体が伴って、初めて成せること。不浄の心ある限り、高みを目指す事など出来はしない」


「くそがぁ――、何もかも見透かしたような面で言いやがって。だが1つ、いいことを教えといてやる。お前のいう心の想い、そんなもので全てを救うなんてことは出来ねえ。世は無常、あるのは移り変わる心の変化だけ。優しき心を持った者でも、1つの状況で容易く憎しみに変わる。この世は儚く、永遠不変など無いということだ」

「そうだとしてもです。不変でない想いなら尚更のこと。憎しみの想いあれど、1つの出逢いから優しき心へ変わる事もあります。ただ、今はまだその時ではないかも知れませんが……」


 唇を噛みしめ、熱き想いを語る后土こうど。その言葉は父親のことを言っているのであろう。失ったものは、永遠に取り戻せないと伝える。ところが、それを言い消す楼夷亘羅るいこうら。根底に秘めらた人の優しさとは、簡単に変わりはしない。きっかけ1つで、困難なことも乗り越えられる。このように、心の想いを伝えるのであった…………。

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