#125「秘文字の祠と森に棲むモノ」
人生は旅だ。
俺が何を思ってこの世界を生きてるかと聞かれれば。
それは〝旅をして世界を回るためだ〟と、答えてしまって構わない。
ダークエルフの寿命は長いし、せっかくの異世界だ。
この世界ならではの様々なコトを、面白おかしく愉快にハッピーに。
自由に満喫できたら、それ以上の幸せは無いと思っている。
だから、実際そう考えて、最初の二年間は割と無軌道に中央小諸国を回った。
しかし、メラネルガリアで辿り着いた俺の運命。
秘文字の奇蹟と、エル・ヌメノスの尼僧。
夜色の素肌を、絶えず這い回り続ける奇怪な秘紋について。
自分の身体だ。
もちろん、片時も忘れたコトはなかった。
旅をするにも、ある程度の指針は必要になる。
──私の名は███。……この通り、今はまだ伝えることができません。名を口にするには、あまりにも存在規模が不足しています。
あれ以来、彼女とは一度も会っていない。
俺の魂──魂というモノがそもそも何なのかという疑問はあるが──それはいったん置いておいて、魂と呼べるものを共有しているはずの彼女。
世界神エル・ヌメノスに仕えた尼僧であり、森羅万象を意のままに作り替える〝世界改変の大権〟
秘文字の奇蹟の口承者であり、秘文字そのものに等しい神のごとき女。
彼女は言った。
──補う方法は?
──盗み出された私の骸を、探し出し見つければ。ただし、秘文字の奇蹟は、世に出回れば世界を乱す恐れがあります。
──……なにせ、願いを叶える器だもんな。
──はい。ですので、我が運命、我が今生の君。どうか秩序律を狂わす悪しきモノどもから、私を救い出してください。
彼女はあの日、俺に明確な〝願い〟を告げて来た。
ゆえに、俺の旅は自ずと、彼女の〝遺体を探し出して庇護する〟という側面をも備えている。
エル・ヌメノスの尼僧の遺体は、悪用されればどんな災いを呼ぶか分からない。
俺の場合は、父王ネグロの妄執よって〝他の存在真体を奪い取って自分のモノに変える〟という簒奪の呪いだが。
使い用によっては、何でも──それこそ、〈崩落の轟〉を引き起こした巨大彗星を再来させるコトだって、可能だろう。
さすがにそんな、バカげた願いを叶えようとするヤツは何処にもいないと信じたいが、ともかく、見過ごすワケにはいかない。
秘文字の奇蹟は、〈渾天儀世界〉の中でも群を抜いたトンデモファンタジーだ。
月の瞳、と呼ばれていた魔物の件もある。
怪しい輩が、秘文字の奇蹟を狙い、自分勝手に利用しようとしていた前例はすでにそこにあり。
他ならぬ俺自身が、月の瞳の関与によって、こんなカラダになった事実がある以上。
第二第三の俺が、今こうして何処かで密かに生み出されていたって、何の不思議も無い。
秘紋はそれを、間違いなく望んでいない様子だった。
でなければ、そもそも盗み出された自身の骸を、取り戻して欲しいなどとは言い出すまい。
──秩序律を狂わす悪しきモノども。
それが具体的に、どんな連中を指すのかは、今のところ実に厄介な匂いがしているが。
どうあれ、女性に助けて欲しいと乞い願われて、応じないような情けない男になったつもりもなし。
それに、彼女は俺の旅路を、
比翼の翼で連理の枝。
彼女がいれば、俺は孤独じゃない。
(……残念ながら、あれ以来、まったく話す機会も得られてないんだけど)
俺は己の運命共同体のために、その願いを聞き届けたいと思っている。
幻覚なんかじゃない。
何より、また会って話をしたいのだ。
名前も知りたいし、色んな想い出を語り合って、「ああ、あんなコトがあったね」「こんなコトもあった」と一緒に記憶を振り返られたら、それはとても倖せなコトだと思う。
モチベーションはそれだけ。
でも、充分に満ち足りた理由だろう?
(手掛かりは一切、無かったけどな)
旅をする中で、各地の文献、書物、それらしい噂。
あちこちを巡り、散々調べ回ったものの、手掛かりらしい手掛かりは、まったく無かった。
さすがに秘文字という名だけはある。
(どれだけ巧妙に
俺は二年間、まさにどうするコトもできず、いっそ別の大陸に渡ってみるか? とも考えた。
少なくとも、メラネルガリアおよびメラネルガリア周辺の小国には、何も情報が無かったからだ。
セプテントリア王国時代の遺物を頼りに、古代の歴史を追ったりもしたが、得られたのは考古学的な知識と体験だけ。
となれば、本格的な別の視点。
フィールドワークをするにあたって、長距離移動を視野に入れるのは当然の流れで。
一番有望に思えたのが、エルダース。
古代の初期に創立された神秘の学び舎。
西方大陸の西端に位置し、北方大陸とは三つの海を挟んだ向こう側にある古の学園島。
存在の何たるかを探究し、世界に隠された究極の真実を暴き出そうという智慧の宝物庫であれば、エル・ヌメノスの尼僧についても、絶対に研究対象にしているはずだ。
本を読み、俺はそう思った。
なので、〈大雪原〉からまずは西へ。
〝異界の門扉〟は、一度行った場所にしか使えないため(行き先を指定しない場合は、マジで知らない場所に出る)、まずは補給地点となるトライミッド連合王国。
そして。
「……ここで、見つけちまったんだよなぁ」
まさかまさかの。
一目で分かる超手掛かり。
城塞都市リンデン。
銀冬菩提樹と丸酸塊の森。
その内奥にはなんと、『秘文字の祠』があった。
発見したのは偶然。
たまたま森で狩りをしていたら、虚空で
黄昏色の象形文字。
イメージとしては、エジプトの
俺の肌上では、極小の粒サイズで、黒く蠢く不気味な紋様を形作っているが、それがフワフワと、一文字一文字ハッキリ読み取れる大きさで、宙に浮かんでいた。
秘文字は小さな石祠を、ぐるぐると囲むようにゆっくり回転しており、どうやらそこだけ
「……相変わらず、すげぇなこれ」
八年前と同じで、すごく幻想的である。
俺は祠の様子を見て、どうなってるんだ? といつも首を傾げてしまうのだった。
ちなみに、この祠は俺にしか見えていない。
他は誰も、祠があるコトにすら気がつけないらしい。
動物や植物も、魔物でさえも。
この祠の周辺では、嘘のように素通りするか、
きっと秘文字の奇蹟を継承した、エル・ヌメノスの尼僧にしか、本来は認識できないように時空間が改変されているのだろう。
黄昏色の秘文字に包まれた結界内では、落ち葉などが空中で停止している。
触れても動かすコトはできない。
他にも、土の一粒、石、苔、落ち枝の傾き。
どれもこれも、どんなに強い力を込めたって微動だにしない。
完全に固定されている。
時間が停止していると表現したのは、あまりにも変化が起こらないからだ。
きっとこの祠は、
──もっとも。
「〝わたし は ここ に ある〟……ね」
祠の真ん中に滞留する秘文字によるメッセージ。
順当に考察するなら、尼僧本人が記したとしか思えないが、メッセージの内容そのものは単純なようでいて、極めて意味深長だ。頭が痛い。
「…………分からん」
秘文字=世界神の権能のひとつ。
それを理解していれば、秘文字自体を祀る祠があるのは、別におかしいコトではない。
だが、〝わたし は ここ に ある〟という
わざわざご丁寧に時空間を停止させ、仲間にしか辿り着けないよう結界まで敷いている意図とは。
(……いや、後者は単純に社会秩序のためだって解釈可能だけど)
それに対して、前者の理由がまったく分からない。
袖口を覗いても、秘紋はニョロニョロと普段通りに蠢くだけで、コレといった特別な反応もしない。
意識はあるはずなんだけれども……ただ、
「アンタが何も言わなくても、ここに何かがあるのは間違いないんだよなぁ……」
だって、目の前にそう〝ある〟って書かれてるんだもの。
「せめて〝ここ〟の範囲だけでも、ヒントが転がってればな」
リンデンに八年間留まり、もはや明確に未探索な場所は、城塞都市の中枢リンデン城のあたりと、この森の更なる深奥だけ。
俺としては、怪しいのは
「……どうしたもんかなぁ」
獣神だけならまだしも、この森、実は『地竜』まで棲息している。
獣神は怒らせさせしなければ、トラブルには発展しない。
だが地竜は、エンカウントしたが最後、強制バトルフェイズへ移行してしまう。
しかも、この八年間でおよそ五、六回ほどは遭遇済みだが、そのすべてで、俺は一度も勝ちを拾えていない。
(……いや、奥の手を使えば確実に勝てるんだけど)
それをすると、俺はリンデンに多大な大混乱を与えてしまう。
トライミッドは人が多い。
ベアトリクスの〈
大魔の忌み名は常識だ。
〈目録〉の蒐集官だか目録官だか知らないが、彼らの働きによって、禁忌の御触書はどの国にも出回っている。
人の口に戸は立てられない。
大魔の存在が明らかになった時点で、リンデンには一斉避難の号令が発令されるだろう。
俺はできれば、そういうのは避けたい。
ベアトリクスがこれ以上、多くの人に恐れられるのは嫌だ。
だが、魔女化をしなければ地竜には適わず。
純粋な俺のまま、単純な武威だけで撃退するには、あの地竜はとんでもない暴れん坊だった。
そりゃそうである。
「仮にも、
純正のドラゴンには数歩劣るとはいえ、生物学的カテゴリは星の最強種。
天と地を蹂躙する獣の王にして、荒ぶる厄災の化身。
……憤怒の英雄は、本当にどうやって勝利したんだ?
俺も刻印魔法、覚えた方がいいだろうか? いや、やめた方がいいな。
「使えそうな呪文も、いろいろ教わってる途中だし」
魔法使いとしては、俺はまだまだ学ぶべきコトが多い。
ルカには基本を、疎かにするべきではないと忠告もされている。
彼女たちと違って、生涯を賭してコレだ、という呪文にもまだ出会っていない。
残念だがもうしばらくは、通常の魔法行使の習熟に専念した方が良いだろう。
秘文字の謎を解明するためには、強さが一番。
だが強さは、一朝一夕で手に入るものじゃない。
魔法の実践的な戦闘転用──まつろわぬ民の武術で云えば、精霊流を修得するにも、もっと色んな呪文を学ばなければ。
俺は今のところ、両手の指の数くらいしかマトモに呪文を使えない。
「そうだな」
森のざわめきに耳を済まし、清冽な夜気を肺いっぱいに吸い込む。
「ノエラんところ行くか」
祠に背を向け、いつものように
向かう場所は、森の更なる深奥。
異界の
惑わなければ決して辿り着けない『
そこには友にして師、
夜はまだ長い。
今夜もまた、彼女に魔法について教えてもらうとするか。
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tips:地竜
動物界・天地道。
ドラゴンの大枠の中では、最も格下の生物。
地竜は龍ではなく竜であり、あくまで尋常の獣が、生きながらにドラゴンへ孵化──転生したモノ。
孵化登竜現象。
自然の理から逸脱し、不要な殺生や異食を繰り返した末の姿。
環境のバランスを崩す荒御魂であり、獣の王。
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