#099「サプライズ」



 馬車を降りると、観閲行進パレードの喧騒が嫌でも耳へ入った。

 活気溢れる中央大通りメインストリートでは、規則正しい軍靴の足音と一緒に、市民たちの歓声が谺響こだましている。

 重厚な太鼓の音、火炎祝砲、風に乗って届くのは、偉大なる父祖へと向けた讃美曲。


「うわ、ここまで離れてても聞こえてくるワケ……?」


 足元の雪を慎重に踏み下ろしながら、セラスランカはつい渋面を形作った。

 道中もずいぶんと呆れたものだが、やはり今日という日は、どこに行っても終日こんな感じだ。


 スピネル領・旧市街地、指定された路地裏。


 辺りに人気は無く、どこからどう見てもうらぶれた郊外。

 だが、中央大通りメインストリートから一区画離れたこんな場所でも、時折りどこかからパンッ、パンッ! と魔術による空気撃ちが聞こえてくる。

 国を挙げての祭日、年に一度の浮かれ騒ぎ。

 オブシディアン領でもそう変わらなかったが、やはりスピネル領でも『煌夜祭』となると、たとえ浮浪者であってもご機嫌な気分に変わるらしい。

 セラスランカは呆れながら、「はぁ」と歩き出した。

 気乗りはしないものの、今日はラズワルドに屋台へ招待されている。……どうでもいいが、異性からの初めての誘いが屋台って??


(私、狩猟料理ジビエなんて、別に興味もないんだけど……)


 屋台料理なら尚更に。

 しかし、ラズワルドはどうして、あのときあそこまで押しが強かったのだろうか。

 何故かは分からないが、父であるバルザダークからも「スピネルとはうまくやっておけ」なんて、妙な言いつけまでされていたし。

 オブシディアン家の〝娘〟の立場としては、現当主の意向には従うほかない。


継母ままはは連中の言葉なら、いくらでも聞き流せるんだけど、さすがに〝ご当主様〟の言いつけはね……)


 実権を握る相手の言に無闇矢鱈と逆らっても、余計ないさこいを生むのみで益体がない。

 なので、これは本当に仕方がなかった。

 やむにやまれぬ事情。

 ラズワルドの誘いを受けたのは、単にそれがあったからである。


(あー、やだやだ。まったくどんな粗雑な料理が飛び出してくるやら、知れたものじゃないわ)


 あまり期待はしないでおこう。


(──それにしても)


 外出は久しぶりである。

 煌夜祭の日に屋敷の門を潜るなど、いったい何年振りだろう。

 先に向かったティアドロップも、今ごろは少し感慨深く思っているかもしれない。


(……いや。あの子はそれよりももっと、別のことで頭がいっぱいかしら?)


 ティアドロップは最近、またやけにラズワルドのことを口にするようになった。

 何でも、ラズワルドから錬金術について、突然教えを請われたらしい。

 以来、霊薬の作り方がどうの、そもそも素材はどうするだの、調合のレシピから初心者向けの基礎薬学……お優しいことに、種々様々なことを互いに話し合っているのだとか。


(趣味の話ができて、よっぽど楽しいらしいわねぇ……)


 ──あの男、やはりどうしてくれよう?

 ティアドロップはそのせいで、今日、セラスランカを置いて先にスピネル邸を訪ねる始末だった。すわ再戦の時か?


(っ、と)


 いけないいけない。

 今挑んでも、ラズワルドには勝てない。

 仕掛けるなら、もっと鍛えてからにしないと。

 少なくとも、刃を振った跡だけでなく、刃を振った向き先まで空間を削げるようにできなければ、また腕力勝負に持ち込まれてしまう。

 肉体の頑健さと純粋な膂力では、女は男に勝ち得ない。

 貴石魔術の自動化併用、超人戦技の更なる昇華が必要である。

 前者は可能にした。問題は後者だが……


(ま、こればっかりは焦っても仕方がないのよねー)


 セラスランカは自分が魔力を持っていることを自覚しているが、自分が普段どういうふうに魔力を使っているのかは、サッパリ分かっていない。

 幼い頃から剣を握って、ある日気づいたら、他人にできないことが可能になっていた。

 世間から見て、それが『超人』の技であるらしいと知ったのは貴族になってからだ。

 一時期は魔法を使うのもアリかと呪文を調べたりもしたが、この国は王太子さえ陰で鬼子とそしられるほどに魔法というものを倦厭けんえんしている。


 魔法は魔物の力。


 異形の白髪鬼が、実は魔物だったなんて囁かれ始めたら、いよいよ以って生きていけない。

 そのため、セラスランカは昔から、敢えて自分の魔力について意識しないようにしてきた(意識しようと思って意識できるものでもなかったが)。

 幸い、セラスランカの技は目視が効かない。

 これまで、技を使うことは多々あった。

 だが、ほとんどの者が目を白黒させている内に、地面へ膝を着く。

 〈学院〉の導師も真相は知らないだろう。

 セラスランカの技は、実際に刃を交え合った相対者だけが、正体に気がつくヒントを得られる。

 知っていて黙っているのは、王太子ナハトとラズワルドのふたりだけ。


(二人とも、悔しいけどかなり強い……)


 魔法を使い身体強化を行うナハト。

 戦士として純粋に優れた技巧のラズワルド。

 ふたりともセラスランカとは違う長所の持ち主。

 並び立って上回るには、こちらも長所を活かして勝ちの目を探すしかない。

 だが、


「……真空。真空、ねぇ?」


 私はいったい、どうしてそんな超常を身につけるに至ったのやら。

 原理も由縁も分かっていないから、どうにも悩みどころだった。

 セラスランカがそうフンと鼻を鳴らした瞬間。


「真空がどうしたって?」

「ッ!? ……ラズワルド!」

「はいほい。ラズワルドさんですよ」


 鴉仮面の毎日仮装男が、曲がり角からヌッと飛び出してきた。


「〜〜! アンタ! 急に出てくるんじゃないわよ! びっくりするでしょ!?」

「……元気いいなぁ、今日も。驚かせたなら悪かったよ。でも、いいかげん慣れてる頃かと思ってたが?」

「クチバシとか尖ってて危ないのよ! 目とか刺さったら……どうしてくれるワケ!?」

「ええ? 驚いたのはそっち……? まあ、たしかに危ないかもしれんが……そら申し訳なかった」


 謝るクチバシ男に「ふぅぅぅ……ッ」と胸を押さえて深呼吸。

 すっとぼけた外見にすっとぼけたこの反応。

 間違いない。

 ラズワルド・スピネルご本人様のお出ましである。


「フ、フン……なに? わざわざ迎えに来てくれたってワケ?」

「ん? ああ、まあな。ティアからそろそろ、セラスが来るだろうからって言われて」

「ふーん」

「ちょうど時間ピッタリで良かったよ。じゃ、こっちだ」


 ラズワルドはクルっと背中を向けると、スタスタ歩き出した。

 振り返りざま、仄かに香る煙の匂い。

 野暮ったい獣毛の外套から、いつもは嗅ぎなれぬ香水の香りも微かだがする。

 これは、果物系……?


(? 身だしなみに気を遣ってる?)


 いや。煌夜祭なので、きっと側仕えの使用人か誰かが、気を利かせたのだろう。

 本人は香水より、煤煙の匂いを好んでいそうなので台無しだが。

 ともあれ、そんな匂いをまとっているということは、屋台ではすでに大凡の準備が出来上がっているらしい。

 しばらく路地を抜けていくと、案の定、煙の匂いが強く鼻を突いた。

 モクモク、モクモク。


「煙いわね……」

「まあ、薪燃やしてるからな」

「生木はダメよ?」

「おいおい! 失敬だな。ちゃんと乾いてるヤツでやってるよ。煙いのは、あっちの燻煙用の木片スモークチップのせいだ」


 ほら、あれ。

 ラズワルドが指をさして視線を促す。

 だだっ広い広場の真ん中。

 簡素な作りの屋台の横に、小さなテント。

 どうやら、あの中で燻製肉まで作っているらしい。

 テントから少し距離を置いたところでは、せっせと働く男たちのかたわらで、ティアドロップが上品に切り分けられた肉を口元へ運んでいた。

 丸太の椅子に座らされ、なんだかひどく童話の姫然としている。なんなのだあの馴染み具合……


「とりあえず、ティアのとこ行って来いよ。セラスの分、テキトーに取ってくるから」

「分かったわ」


 ラズワルドが男たちの元に向かい、何かを命じ始める。

 その背中をなんとはなしに見送りながら、すっかり舌鼓を打っている様子の妹の元へ足を運んだ。


「あら、セラス。やっと来たのね」

「それ、美味しいの?」

「思っていたよりかは悪くないわ。白貂鼠カリュオネスはやっぱり、風味が絶妙だもの」

「なぬ」


 妹の返答に思わず瞠目。

 白貂鼠カリュオネスの肉は、王領近辺じゃめったにありつけない。

 端的に言えば、珍味として名高い食材だ。

 王都のレストランでも、数量限定でしか提供されないらしいと噂で聞いている。

 なのに、あの男、いったいどうやって調達を……?


「期待してなかったけど、やるじゃないラズワルド!」


 予想外のサプライズに、セラスランカはつい賞賛してしまった。

 すると、


「……? 何が嬉しかったのかは知らんが、ほれ、持ってきたぞ」

「フフ。ありがとう」

「味付けはそこの小鉢から、塩と葱山椒の二種類。好みで選んでくれ。ああ、あと、柘榴生姜グラナベリスのホットドリンクもある」

「へぇ〜、気が利くのね」

「これでも招待主だからな。招いた以上は、多少は持て成すさ」

「ラズワルド君。おかわり、いい?」

「あいよ」


 ティアドロップから空いた皿を受け取り、ラズワルドが再び男たちの元へ向かう。

 セラスランカは丸太の椅子──よく見たら厚手の毛布が敷かれていた──に腰を下ろし、思わぬサプライズに少しだけ機嫌が上向いていくのを自覚してしまった。


「……ん。あったかい」


 柘榴生姜グラナベリスのホットドリンクで唇を湿らせる。

 ほんの一口飲んだだけでも、身体がポカポカと温まるのがコレの良いところだ。

 甘酸っぱさの後にカーーッと来る独特な辛み。

 人によっては苦手とする者も多いようだが、セラスランカは別段気にしない。むしろ好物な部類だった。


「塩をひとつまみ、っと」

 

 焼かれたばかりのジューシーなお肉も、口に入れれば風味豊かでとても素晴らしい。

 シンプルな味付けだからこそ、素材の旨味がガツンと活きている。

 頬が自然と緩んでしまった。


「美味いか?」

「ええ、美味しい」

「クックックッ、そうだろうそうだろう!」


 自慢げに胸を張るラズワルド。

 客の素直な感想に、招待主として実に「してやったり」という心持ちなのだろう。

 思わずケチをつけたくなったが、残念ながら現状、それらしいポイントは見当たらない。

 悔しいが、たしかに認めよう。

 たかが狩猟料理、たかが屋台。

 侮る気持ちが無かったと言えば嘘になる。


(けど)


 こんな風に持て成されながら食べるのであれば、屋台料理もなんだ、その、あんまり悪くはないのかもしれない。


「外で食べるってのも、結構乙なもんだろ?」

「まあ、そうかもしれないわね」

「ラズワルド君。おかわり、いい?」

「うぃ」

「よく食べるわね、この子……」


 ティアドロップにしては珍しい健啖家ぶりに、ちょっと驚愕。

 しかし、言われてみれば外で食べるというのも、ずいぶん久しぶりだ。


(昔はよく、三人で焚き火を囲んで、グチグチ文句言いながら暖を取ってたっけ……)


 腐りかけの残飯。

 カビが生えてそうなゴロゴロパン。

 火を通せば少しはマシになるかと、ティアドロップと一緒に必死になって無けなしの食料を炙り、燃やしすぎて炭化させた。

 養父には当然のように怒られたっけ。

 昔のことなのに、今でもクッキリ思い出せる。


「──ところで」


 一枚目の皿を空にし、二枚目を無言で要求しながら(今朝は朝食を抜いてきたため空腹。決して食い意地が張っているワケではない)、セラスランカは来た時からずっと気になっていたことを徐に指摘する。いや、せざるを得ない。


「スピネル家はいつから、スラムのごろつきを使用人に雇い入れたのかしら? ──ねえ、父さん」


 ギクリ、と屋台の影で固まる懐かしい背中。

 セラスランカは胸の内で、静かに「やられた」と呟いた。


 押しが強かった理由は、もはやこれ以上ないくらいに明白である。




────────────

tips:煌夜祭観閲行進


 メラネルガリア建国記念を祝し、専属の騎士団が行う軍事的パレード。

 バックミュージックには宮廷吟遊団による壮大な演奏。

 ファイヤーショー的側面もあり、国民には大層人気であるらしい。

 大地を踏み鳴らす軍靴の足音には、魔術的なアプローチが組み込まれている。

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