#077「決闘前日」
──では、ここでひとつ決闘前日の話をしよう。
セラスランカ・オブシディアン。
死骨弔花の忌み名を贈られた
彼女の素性について、今さら繰り返し基本的な部分を語っても、
しかし、事の発端。
〈学院〉で人知れず起こった、二度目の事件の原因。
他ならぬ被害者のひとりであり、また、同時に首謀者とも言い換えられる彼女の心情を考察するにあたって、やはりもう一度、前提となるパーソナリティの確認はしておくべきだ。
セラスランカ・オブシディアン。
性別、女性。
年齢、十七歳(外見年齢はホモサピエンスの十四歳程度に相当)。
特徴、白髪。
性格、受動的反骨精神の塊。
棘のある口調や常に凛とした清冽な態度。
対人関係はおおよそ悪いが、それはあくまで周辺環境への反感が理由であり、他者から与えられる悪意を鏡写しのように送り返しているだけ。
本質はむしろ、ひたむきな努力家タイプ。
戦士階級が敬われる男性社会のメラネルガリアで、女でありながら剣を取ったことからも、当人の反骨精神はうかがえる。
元はスラム生まれ。
底辺育ちだったことも一因。
されど、彼女の最も根底にあるものといえば、それはいつだって双子の半身──ティアドロップへの愛情であろう。
ふたりは生まれた時から一緒だった。
物心ついてからは、常に同じ痛みを分かち合った。
死んでしまった母の他には、セラスランカたちを愛してくれる存在など何処にもいない。
信じられるのは己と妹。
大切なのは姉妹の絆。
ほかの何もかもは総じて敵。
セラスランカとティアドロップを傷つける憎き敵と、心を棘だらけの鎧で覆って──
「…………ねえ、セラス」
「あら。やっと口を開いたわね。なに? どうしたの?」
「……スピネル君のことだけど」
「? スピネル? それって、ラズワルド・スピネルのこと?」
「ええ」
「アイツがどうかした?」
「……………ううん。やっぱり、なんでもない」
だからこそ、驚愕だった。
最愛の妹に起こった予想だにしない異変。
双子の姉妹として、長年ともに暮らしてきたセラスランカだからこそ、一瞬で理解した。
それも、相手はあのラズワルド・スピネル。
奇妙奇天烈変人奇人。
セラスランカをして戸惑いを覚えざるを得ない謎の仮面男。
正直、相手としてどうかとは思うが、考えてみればセラスランカ自身も、恋だ愛だのに関してはめっぽう
なぜって、メラネルガリアにいる限り、生涯関わり合いの無いことだと思っていたから。
ならば、まして、兵装院に通わぬティアドロップ。
最愛の妹は、なおのこと男性耐性に乏しかろう……
──恋。
それは、ひとたび落ちると、食事も喉を通らなくなると云う危険な熱病。
(……嘘でしょ? この子、自覚はあるワケ?)
物憂げに胸を押さえて黙り込む
セラスランカは驚きから、無意識のうちで大地が崩れるような錯覚に落とし込まれた。
(まさか、そんな、いや、私たちに限って、でも……)
状況は噂で聞き齧った情報と一致。
やがて、彼女は動揺から、これまでにないストレスに晒される。
そして、長年の思考法則から、『己が感情を乱すものは敵である』と言う暴論に等しい結論に到達。
思考は一直線に「よろしい。ならば決闘ね」という好戦的なものへ変換された。
なにしろ、世界でたったひとりの愛する妹である。
セラスランカの直情も、ある程度は仕方がない。
──とはいえ。
「……」
翌朝になれば、彼女も多少は冷静さを取り戻した。
ラズワルド・スピネルのことなら、幸か不幸か分からないものの、その
あの男は根っからの変人だ。
セラスランカたちに対する差別意識がなく、種族古来の黒色信仰も持たず、ダークエルフの男にしては珍しいことに、女性蔑視の考えも特段持たない。
素顔こそ、依然として隠し続けたままであるが、人格的な面では決して悪くない相手と言えるだろう。
少なくとも、不当な悪意や下劣な嘲罵。
そういったもの類は、一度も向けられた覚えがない。なんて奇特なヤツ……
「だったら」
その奇特さを、少々利用させてもらおう。
休日の〈学院〉で何があったのか。
ティアドロップが黙して語らぬ以上、セラスランカに残された選択肢は、もうひとりの当事者と思しきラズワルドに語ってもらう他になし。
まずは状況の確認と経緯の把握から。
対処法を練るのは、原因が分かってからにしよう。
そのあとで決闘ね。
(ああ、まったく。私ってなんて賢いの?)
セラスランカは「ふふん」と平静になった気で、その日〈学院〉へ赴いた。
いつものようにティアドロップと一緒、ふたりで同じ馬車に乗って悠然に。
道中、妹の訝しげな視線が終始突き刺さってはいたが、これも姉妹の絆のため。
兵装院での訓練の時間になれば、ラズワルドとはイヤでも話す時間ができる──と、そう思っていたのだが。
「……病欠ですって?」
「なんだ。知らなかったのか?」
「可哀想にスピネルのヤツ。ビョーキ持ちの彼女なんか作っちまうから、こんなことに」
「異形趣味とは恐れ入るよ」
「俺だったら、こんな髪の女にはピクリともこないもんだが」
「皆まで言うな、ディープ」
「ハッ、そうだったな。ヤツはイカれ野郎だった」
クズどもは耳障りに嘲笑った。
いつもの時間、いつもの厩舎小屋。
わざわざセラスランカがひとりなのを知って、口からクソを垂れに来たらしい。
スネイカーとディープ。
もはや相手にする価値もない塵芥である。滑稽。
「フン。笑えるわね、アンタら」
「「あ?」」
「普段は彼が怖くて近づきもしないクセに、私がひとりになったら、途端に自分たちの方が強くなった気でいる」
「何を言うかと思えば……」
「べつに、ヤツのことなんか恐れてはいない」
「この大剣が目に見えないか?」
「アイツはこれを、ちっともロクに扱えない」
「女には分からないか。なにせ、そんな火搔き棒のような代物を、未だに剣と言い張っているんだからな」
「……本当に笑える。アンタら、また気づいてない」
「「──ッ!?」」
宙に浮く黒曜石の鋭刃。
小さく、黒く、薄くて危険。
セラスランカは無詠唱でクズたちの喉元へ撫で沿わせた。
「生憎だけど、アンタらの雑言を優しく聞いてあげるほど暇ではないの。消えて。それと警告。私の視界から消えない限り、その黒曜石はいつまでもアンタらの首に付きまとうわよ」
「……チィッ!」
「っ、穢らわしい白髪鬼が!」
クズブラックどもは捨て台詞も下等に立ち去った。
その後ろ姿まで鬱陶しい。
セラスランカの機嫌は急降下し、結局、ひとりで遠乗りをする気分にもならず魔術院に移動した。
今日は何事もなければ、ラズワルドに馬上での弓術訓練をさせるつもりだったのに。
予定が崩されに崩され、セラスランカの心はさらに不満を溜め込むことになった。
「どうしたの? セラス」
「べつに。何でもないわ」
「機嫌悪いわね。ひょっとしてあの日?」
「違うし、その質問、妹じゃなかったら殺してるところだから」
「分かるわ。さては相当重いのね」
講堂に入り、ふざけた冗談を吐かしたティアドロップに笑顔で肘鉄。
いったい誰のせいで、こんなにモヤモヤしていると思っているのか。
密かにガクガク痙攣し始めた妹を抱えながら、セラスランカは「フゥ」と肩を竦め座席へ着いた(なお、ティアドロップは屋敷に帰るまで意識を失っていた)。
そして明くる日──
「よし」
セラスランカは今日こそは、と意気込み〈学院〉へ来た。
妹の情報網を使い、ラズワルドが昨日、王都のレストランに向かったことは知っている。
つまり、病欠など真っ赤な嘘だったワケだ。
いったいなぜサボったのかは分からないが、体調に問題ないなら、二日連続でサボりはしまい。
(一日待たされた分、たっぷりと事情聴取の時間を割いてやるわ)
グッ、と握り拳まで胸の前で抱え、セラスランカは〈学院〉の敷地に入るや、真っ先にラズワルドの姿を探した。
すると、
「──オイ、どういうワケだ」
「なんで、アイツが……?」
「これは……騒ぎになるかも知れませんわね」
スネイカーとディープ。
それにネビュラスカ。
三つのブラック家が、揃いも揃って口をポカンと開けて立ち尽くしていた。
場所は〈学院〉の中庭。
凍てつく噴水を囲み、寒々しい雪化粧が施された石畳。
三者の視線の先には、ガーデンアーチの下で語らうふたりの男女……
「ねえ、ラズワルド様? それで、次の
「え、しないけど」
「ふふふ。わたくし、次の魔神の曜なども、是非とも予定を埋めていただきたいのですが」
「オイ! 味を占めるんじゃあない! あんなのはアレっきりだ!」
「……ダメ?」
「おおお、恐ろしい女だなオマエ!」
「む。オマエではありません。わたくしのことはフィロメナと。そう約束したはずですよ」
ラズワルド・スピネルが、フィロメナ・セレンディバイトと仲睦まじく談笑していた。
「────へぇ」
だから、セラスランカにとって、動機はそれで十分だったのだろう。
愛する妹に手を出しておきながら、よりにもよって、王太子の婚約者候補最有力の完璧女にまで粉をかけるなんて。
──裏切りだ。
自分でもなぜ、心の内がこんなにも冷え込んでいくのか分からないものの、セラスランカはゾッとするほど静かに呟いた。
これはもう剣を交えるしかない。
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tips:セラスランカ・オブシディアン
得意なもの:寒冷地。勉強。鍛錬。自分磨き全般。
苦手なもの:母国。熱帯地。バルザダーク。←何を考えているのか分からないため
好きなもの:動物の世話。特に馬。あとは湯浴み。
大切なもの:ティアドロップ。
ムカつくもの:アイツ。
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