第11話 生きる

1月7日 朝8:00


 朝日が射し込む六畳の自室、重村数馬は机に拳銃を置いた。

 彼は何をするわけでもなく、じっとその銃を見つめていた。

 そのうち彼は両手を合わせると、目を閉じる。まぶたの裏によぎるのは、殺されていった人々、そして数馬が殺してきた人々の顔だった。




「死者を悼んで善人面か?」

 数馬の少し後ろから、ヤタガラスがそう言ったのが聞こえた。

 数馬は目を閉じたまま首を横に振った。すぐにヤタガラスとは反対側から、若い女の、大上先生の声が聞こえた。

「人殺しが悪いことだとわかっていたなら最初からやらなければよかったのよ」

「でもにーちゃんたち、たたかわないとしんじゃってたよ」

 新しく子供の声が聞こえる。数馬が一度助けた年下の子供の声。それをかき消すように大きな声で白堂が言い返す。

「ならばなぜ戦う必要のない今も戦う!?」

 付け足すように水茂も悲痛に叫ぶ。

「俺たちは復讐がしたかっただけだ!お前たちと戦う必要なんてなかった!それなのに、それなのになぜ俺を殺した!俺は戦いさえなければお前たちを殺すつもりなんてなかったのに!」

「任務だからな」

 数馬は目を閉じたまま静かに返す。彼の背に群がる何十人もの人間は、数馬に鋭い視線を浴びせていた。

「では質問です、重村数馬くん」

 伊東校長が群衆たちの前に立って温厚そうな声で尋ねる。

「その、『任務』とやらは本当に受ける必要があったのでしょうか?」

「はい」

「なぜですか」

「そういう契約だからです。生活環境を提供してもらう代わりに、任務を引き受ける。その任務を遂行しなければ死ぬ。だから俺は戦いました」

 群衆たちから罵声が飛び交う。

「自分が生き延びるために俺たちを殺したのか!」

「傲慢!人殺し!」

「静粛に!」

 ヤタガラスの一喝で罵声が収まる。今度は白堂が数馬に詰め寄り始めた。

「君はひとつ嘘をついたな」

「?」

「武田は『戦え』とはひと言も言っていない!実際に戦っていなかった数名も生活環境を提供されている!『戦わなければ死ぬ』状況に自ら立たずとも、『戦わなくて済む』状況に居ることは可能だった!」

 白堂がヒートアップするにつれ、群衆も声を大きくする。白堂はトドメと言わんばかりに声を大きくして数馬を責める。

「にも関わらず、お前は戦いを選んだ!それなのに『戦わなければ死ぬ』?ふざけるな!」

 群衆たちは白堂の声に合わせて数馬に罵声を浴びせる。追い打ちに伊東校長も淡々と優しい声で数馬に語りかける。

「君はいつもそうでしたね。やらなくていいことに首を突っ込んでは自分を正当化する。ではなぜ首を突っ込むのでしょうか?」

「争いが好きなのよ!」

 大上先生が言い切る。同時に群衆たちは一斉に数馬にブーイングを浴びせる。数馬は眉をひそめながら合わせた両手を離さず、ただ目を閉じていた。

「…違う」

「違わないさ」

 数馬の言葉に被せるようにしてヤタガラスが言う。ヤタガラスはゆっくり数馬に歩み寄ると、数馬の耳元で囁くように尋ねる。

「重村数馬、私を殴り飛ばした時どんな表情をしていたか覚えてるか?ん?」

 数馬は目を閉じたまま何も言わない。ただ彼の眉間のシワの数だけは増えていた。

 ヤタガラスは数馬の耳元から離れ、両手を大きく広げて群衆たちへ叫んだ。

「笑顔だよ!お前は歯を見せて笑っていた!」

 群衆たちの声がまた大きくなる。彼らはだんだんと足並みを揃えて数馬を罵倒し始めた。

「人殺し!人殺し!」

 数馬は未だ両手を合わせている。ヤタガラスは数馬の耳元でもう一度囁いた。

「認めろ。戦いが好きなんだろう?」


「…ああそうだよ」

 数馬は両手を離して目を開く。そして自分の背後に広がる群衆たちに気後れしないように叫ぶようにして声を発した。

「俺は戦いが好きだ!他人を傷つけることが好きだ!命懸けで戦うのが好きだ!それを正当化できりゃなおいいよ!」

「認めたぞ!」

「だがそれは自分の大切な人間以外の話だ!大切な人間たちを失うのは絶対に許せない!だからテメェらをぶっ殺してやった!全部俺に殺されたテメェらが悪りぃんだよ!」

「自己中心的な奴め!」

「そォだよォッ!俺は自己中よ!俺は大切な人間たちを傷つけるものがなくなった世界で、そいつらと平和に暮らす!俺はその日まで戦い続ける!」

「そんなことができるか?」

 ヤタガラスが冷静に尋ねる。数馬はヤタガラスを睨み返して言い返す。

「やってやらあ!」


「平和な世界に人殺しの居場所はないぞ」


 ヤタガラスの言葉に数馬は黙り込む。彼の背中に冷や汗が流れるのがわかった。


「平和になったって人殺しの本性は変わらない」

「むしろ平和の邪魔なんじゃない?」


 水茂と大上先生が淡々と言う。


「戦いと平和は相反するものだ」

「両方を愛することなんてできないだろう?」


 白堂と伊東校長も静かに言った。

 数馬は何も言い返せなかった。平和な世界に、戦いを好み、それしかできない自分に居場所はない。むしろ平和な世界で真っ先に排除されるのは自分だろう。

「結局お前は平和に生きられないんだよ」

ヤタガラスが数馬の耳元で囁く。



 数馬は周囲を見渡す。誰もいない。

 全身から汗が吹き出ていた。呼吸はひどく荒れ、過去に負った傷の数々からズキズキと痛みが走るのを感じた。


 数馬の自室のドアが叩かれる。数馬が怯えるように驚いて拳を握ると、ドアが開いてジャージ姿の玲子が現れた。

「あら、いたの」

「そりゃいるよ」

 玲子の軽口に数馬も返す。玲子はドアを大きく開いて改めて話しかける。

「あんた、まさか稽古の約束忘れてないでしょうね?」

「は、は、は、そのまさか」

 数馬の言葉に玲子は呆れたようにため息を吐いた。

「私にビビってんの?」

「まぁ俺が怪我させちゃうんじゃないかなって」

「言ってくれるわね、上等じゃない」

「悪かったよ、準備しとくから先行っててくれないか?」

「逃げるんじゃないよ?」

「あたぼーよ」

 数馬の軽口を聞き流すと、玲子は乱雑に扉を閉めた。


 数馬はため息を吐きながら床に腰を下ろす。

 呼吸がまだ荒れている。汗も引かない。自分の体全てが震えている。

「…ビビってねぇよ…誰にも…」

 数馬は自分に言い聞かせるように静かに叫ぶ。震える脚に力を込めて立ち上がると、机の上に置いておいた自分の拳銃を手に取った。


「おい、聞け」


 数馬は銃と群衆に語りかける。数馬は怯まなかった。

「俺はこれからも戦い続ける。そして何人だって殺す」

 数馬が言い切る。だが群衆は静まり返っていた。

「その先に俺の居場所が無くてもいい。俺にはこれが合ってる。俺にはきっとこれしかないんだ」

「ほう?それで償いのつもりか?殺された人間が満足すると思うか?」

「しないだろうな。またこうやって俺のことを責めるに決まってる」

 ヤタガラスの問いかけに、数馬は自嘲的になりながら返す。しかし数馬は改めて前を見た。血に汚れた群衆の顔。数馬はそこから目を逸らさなかった。

「敵を殺し尽くし、そっちに行く日まで」

 数馬は周囲を見渡した。

「殺した人間の顔を、誰ひとりだって忘れはしない」

 群衆ひとりひとりの顔がハッキリとしてくる。数馬はしっかりと彼らの顔を目に焼き付けた。

「だから、俺が地獄に落ちる時まで、安らかに眠っていてくれ」

 数馬が言うと、群衆たちは次々と数馬に背を向けて立ち去っていく。

 ヤタガラスは最後まで残ると、数馬の顔を見て口角を上げた。

「また会おう。重村数馬」

 ヤタガラスはそう言って黒いコートをたなびかせると、数馬に背を向けてどこかへ立ち去って行った。



 誰もいなくなった部屋で、数馬はひとり拳銃を握りしめた。

「何人殺すんだろうな、俺たち」

 数馬の問いかけに銃は答えない。だが数馬には何かを語りかけているように感じられた。

「そうだな…進むしかない…」

 数馬は静かに言うと、銃を置く。

 黒いスライドの自動拳銃、ベレッタM92F。机に置いてあった銀の回転式拳銃、S&W M686。朝日に照らされながらその拳銃たちは数馬を優しく見守っていた。

「これからも頼む」

 数馬は自分の愛銃たちに声をかける。

 銃は何も言わず、ただ朝日を照らし返していた。



同日 8:30

 星野玲子はジャージに着替えると、準備運動を始める。ゆっくりだが筋肉のひとつひとつをしっかりと動かすのが彼女の準備運動で、5分程度でも玲子の白い肌にはわずかに汗が浮かんでいた。

「…ぃよし」

 玲子は納得がいくまで準備運動をこなすと、愛銃を差し込んだホルスターと格闘訓練用の道具を入れたナップザックを持って、地下の訓練場へゆっくりと歩みを進める。


 10個ほどの仕切りが立てられた射撃場ではすでに銃声が鳴り響いていた。今日は休日である。にも関わらず自分以外に人がいるのが玲子には予想外だった。

 銃声の方を見る。後ろ姿だけで桃とマリが射撃の練習をしているのがわかった。

(桃と…遠藤さんかぁ)

 玲子はマリがいるのをなんとなく不思議に思いながら拳銃の引き金を引く桃の後ろに寄る。

 桃は玲子の気配を感じながらも集中していた。淡々と5発、真ん中に10と数字が書かれ、等間隔に真円が広がる的に桃は銃弾を叩き込んでいた。

 桃がマガジンを置き、拳銃(オートマグlll)を置いて的が桃の方に自動で動いてきているのを見てから玲子は声をかけた。

「全弾命中、さすがじゃん」

 玲子の軽口に、桃は撃ち終えた的を回収しながら首を振った。

「見てて」

 桃は玲子に対してマリの方を指差して言う。マリの的は、先ほど桃が撃っていたよりも遠くに置かれていた。

 銃声が響くと同時に、的に穴が開いていく。桃ですら1発は大きく真ん中から逸れているのに対し、マリの銃弾は、ほとんど真ん中の辺りに集まっていく。銃声が鳴り止むまでそれは変わらなかった。

「…すごい」

 玲子がそう言ったのはおそらくマリの耳には入っていない。

 マリは拳銃(CZ75)を置くと的をこちらに移動させ始める。玲子はなんとなく気になって隣のスペースで射撃をおこなうマリの後ろに回り込む。

 マリがヘッドホン型の耳栓を外すと、玲子は向こうから動いてきたマリの的を勝手に回収した。

「あ、ちょっと…」

「少し見せて」

 マリが言うのを遮って玲子はマリの的をまじまじと見つめる。1発も大きな外れのない、ほとんど真ん中に集弾した射撃成績。

「はぇー、すっごい。見てよ桃」

 玲子が歩いてきていた桃に言う。桃は首を横に振った。

「言われなくても見えてる。私もこれには自信あったけど、ここまでやられるとね…」

 桃は肩をすくめながら少し自虐的に笑って言う。マリは恥ずかしそうに俯きながら言葉を発した。

「たまたま…だよ…」

 緊張しているような様子のマリを見て、玲子は自分たちがあまり関わってこなかったことを思い出した。席替えしてもいつも席は離れており、班や係も一緒になったこともなければ、プライベートで話したこともあまりない。正直に言ってしまえば玲子はマリのことをよく知らない。

 玲子はとりあえずマリを素直に褒めることにした。

「たまたまなワケないじゃない。やっぱり遠藤さんのを見てると私らとはなんか違うなって思うよ。じきに安藤も抜くんじゃない?」

「安藤くんには勝てないよぉ」

 条件反射のような速さでマリの反応が返ってくる。玲子は次の言葉を発そうとした。

「いやでも」

「安藤くんは本当に上手なんだもん。いつも落ち着いて引き金を引けてるし、集中力だってすごいもん」

 玲子が言うより先にマリが言葉を並べる。玲子がまばたきしていると、マリは静かになって謝った。

「ごめん、被せちゃった」

「いいや大丈夫。遠藤さんは本当に安藤を認めてるのね」

 玲子の言葉に、一瞬マリは嬉しそうな顔をしたが、気づかれないうちに元の表情に戻った。

「うん」

 マリは静かにうなずく。玲子は自分より強い相手を素直に認められるマリの精神性に、少なからず敬意を覚えた。

「それにしても本当に上手ね」

 桃がマリの的を見てぼやくように言う。何度か桃はメガネをかけたり外したりして的を見たが、やはり上手い。

「何かコツがあったりするの?」

「そんなのないよぉ。単純に銃がいいだけ。桃ちゃんだってあんな反動の大きな銃じゃなくて私の使ってる銃を使えばきっといい成績出せるよ」

 桃の質問にマリは謙遜するように答える。だが桃はやはり首を横に振った。

「私はなぜか反動が大きい方が性に合うのよね。でも玲子の銃だと大きすぎるから」

「藤田くんの銃は?」

「手に余る」

「そっか。でもそういう銃の方が威力あるから使えるだけで実戦的だよ」

 マリと桃の会話を、玲子は横から眺める。すぐに気づいたマリは玲子にも話題を振った。

「玲子ちゃんの銃もすごい威力だよね。大きいし重いし。よく軽々使えるなぁって思いながら見てるんだ」

 玲子はマリに言われるとなぜかくすぐったかった。どことなく本心で言ってるような気がしたから、心地良すぎて逆にくすぐったかったのである。

「軽々なわけ。一杯一杯で踏ん張って撃ってるわよ。それでも遠藤さんに絶対敵わないんだから悔しいわよね」

「あれだけ大きい銃なら急所に当たらなくてもどこかしらに当たれば相手は止まるよ。それができれば十分なんじゃないかな」

「いや、どうせならもっと上を目指したい。リーダーになるのはトッシーがやってくれるから彼に任せて、私は腕っ節で1番になる。そのためには銃も格闘ももっと頑張らないと」

 玲子の言葉に、マリも静かにうなずいていた。

 そして、マリは真面目な表情になって玲子に言葉を発した。

「玲子ちゃん、私ももっと強くなりたいんだ。私でよければ玲子ちゃんにできる限り射撃のアドバイスをするからさ、玲子ちゃんは私に格闘を教えてほしいな。玲子ちゃんが良ければだけど」

 マリの言葉に、玲子も胸が熱くなったのがわかった。断る理由はどこにもない。

「もちろん。頼むよ、遠藤さん」

 玲子はそう言って右手を差し出す。マリもその右手を握る。

「マリって呼んで」

「わかった、マリ」

 玲子はなぜかマリに親しみを強く覚えた。マリは玲子の持ち合わせていない「柔らかさ」を持っている、そう感じた。

「私はハブ?」

 桃が冗談めかして尋ねる。マリと玲子は笑いながら首を横に振った。

「なわけ」

「桃ちゃんさえ良ければ、私は大歓迎だよ」

 玲子とマリと桃は手を重ね合う。

「みんな班は違うけど、それぞれできることをしましょ」

「えぇ。その命がある限り、ね」

 桃と玲子はそう言って小さく微笑み合う。マリもそんな2人の様子を見て穏やかな表情をしていた。

「それじゃ、マリ、色々教えて」

「お手柔らかにね〜」

「それ私らのセリフだよ」

 マリがとぼけて言うと、玲子が鋭くつっこむ。3人はニコニコしながら銃を構え始めた。



翌日 1月8日 朝6:00

 河田泰平はみんながまだ寝静まっているこの時間、昨日図書館から借りてきた大量の本を少しずつ読破し始めた。

 おおよそ小学6年生が読むものとは思えない政治や人文科学系の書物。隣には買ってきた辞書を置き、机の中央にはノートを広げて気になったところは片っ端からメモをしていた。

 気がつくと朝7時のチャイムが鳴っていた。泰平はハッとして一度鉛筆を置くと足早に食堂に向かった。

(今は少しでも時間が惜しい)

 

 食堂に着くなり泰平はお盆を取り、そさくさと食事をお盆の上に載せていく。片手で食べられるロールパン2つとカップスープ。それだけ取ると1番近い適当な机にそれらを置き、黙々と食事を始めた。


 泰平が2個目のロールパンに手を伸ばすと、泰平の周りに3人、数馬、佐ノ介、竜雄がやってきた。

「おはようさん」

「おはよう」

 数馬の陽気な挨拶にも泰平はロールパンをかじりながら短く答える。

「なんだ?早食い選手権でも出るのかぇ?」

 佐ノ介が冗談めかして尋ねる。泰平は答えなかった。

「ご機嫌よろしいようで」

「でも泰さん、ちゃんと食べないと死んじまうよ?」

 佐ノ介が皮肉を言ったのをスルーして竜雄が泰平に言う。泰平は静かに答えた。

「食事より大切なことはある」

「まぁそりゃぁそうだけど…」

 泰平に言いくるめられて竜雄は黙り込む。竜雄は隣で焼き鮭を食べている数馬の方を見た。

「数馬、また泰さんと喧嘩したのか?」

「えぇ?アゥチ!」

 驚いた数馬は竜雄の方を向いたと同時に鈍い悲鳴を上げる。

「骨飲んじまったよ!」

「エコだねぇ」

 数馬がボヤくと佐ノ介がからかうように笑う。すぐに数馬は竜雄に答えた。

「俺別に泰さんと喧嘩してねぇよ。昨日泰さんは出かけてたし、俺は玲子と組手してたから全然話すタイミングもなかったよな?」

「そういや泰さん昨日どこ行ってたよ?」

「図書館」

 佐ノ介の質問に、泰平は短く答える。他の3人は納得したように、あー、とうなずいていた。

「どして?」

「調べたいことがあってな。今も本を読んで調べてる。だから早く食べ終えて続きを読みたいんだ」

「言葉の割に楽しそうじゃねぇな」

 泰平の様子を見て数馬がボヤく。数馬の言葉に、泰平は持っていたカップスープを置いた。

「そうだな。楽しくは、ないかもしれない」

「かもしれない?」

「わからないんだ」

 竜雄に尋ね返され、泰平は思わず溢した。

「俺は、だいたいのことは勉強すればわかると思ってた。だが、勉強すればするほど、ヨシカさんはなぜあそこで自殺を選んだのか、どうして毎朝新聞はあんな報道をしたのか、武田さんの目的はなんなのか、そもそもヤタガラスはなんで湘堂を選んだのか、疑問が疑問を呼んで、何もわからなくなってくる…」

「そりゃそんなこと俺らにはわからないだろうよ」

「俺はそれで済ませたくないんだ」

 数馬の言葉に泰平は答える。泰平の偽りのない真っ直ぐな表情。数馬にもそれがはっきりとわかった。

「わからないからといって、知りたいと思ったことを放置はしたくない。たとえわからなくても、調べる過程で得た知識は、いつか必ず役に立ってくれると思うしな」

「知らない方がいいこともあるんじゃねぇか?」

「知らなきゃ判断もできないさ」

 数馬の言葉に泰平は答えると、立ち上がる。泰平の背中に、竜雄が声をかけた。

「ねぇ泰さん。たどり着いた先が不都合な真実だったら、どうする?」

 泰平は立ち止まる。少し俯いた後、振り向かずに答えた。

「それはそれで受け入れるさ」

 泰平はそれだけ言うと、お盆を戻しに席を離れた。


「あいつは、大人だなぁ」

 食堂で泰平の背中を見送りながら、数馬はぼやいた。

「俺ならきっと不都合な真実は受け入れられねぇよ」

 数馬の発言はどちらかというと泰平への賞賛だった。

 竜雄も思いは数馬と同じだった。佐ノ介も黙ってうなずいている。この場の3人は全員泰平に対して素直な敬意を持っていた。

「俺も、たぶん無理かな」

 竜雄も小さく呟く。すぐに気づいた佐ノ介が竜雄に尋ねた。

「家族のことか?」

 竜雄はうなずいた。

「ずっと気にしてたもんな」

 数馬も言う。

「正直、生きてないんじゃないかなって思ってる」

 竜雄は弱々しく言葉を漏らした。数馬と佐ノ介は黙って竜雄の言葉に耳を傾けた。

「俺たちがここまで生きてこれたのだって、とんでもない豪運を引いたからだと思っててさ。冷静に考えれば考えるほど、うちの家族が生き延びてる確率は低いなぁって。だから、死んだって聞いても驚かないと思う。けど…」

「聞くのは怖ぇよな」

 竜雄がためらった言葉を、数馬が言う。竜雄はうなずいた。

「そうなんだよ。だから泰さんが素直にすげぇなって思うんだ」

 数馬と佐ノ介はうなずく。竜雄は素直に他人を尊敬できるタイプの人間で、2人はそこを竜雄の長所だと思っていた。

「決めたよ。俺、ちゃんとみんなに聞き込んでみる。泰さんとおんなじように、不都合な真実でも受け入れる」

 竜雄が真剣な表情で言い切った。利き手の左手をグッと握りしめ、わずかに笑って見せている。

 数馬と佐ノ介は「無理はするな」と言いたくなったが、きっと竜雄は無理を押してでも真実を追い求める。それがわからない2人ではなかったので短く答えるだけにとどめた。

「わかった」

「いつでも手伝うからよ」

「ありがとう」

 竜雄は2人に礼を言うと、幾分か表情が柔らかくなる。2人も少し安心したようだった。

「さっそくなんだけどさ、聞き込み、手伝ってくれないか?」

「おうよ」

 竜雄が頼むと、数馬が気前良く答える。佐ノ介も麦茶を飲み干してからうなずいた。



 食事を終えた3人はさっそく心当たりのありそうなメンバーを炙り出すところから始めた。

「誰に聞き込んだ?」

 佐ノ介が竜雄に尋ねる。竜雄は宙を眺めながら指折り数え始める。

「あのとき一緒に逃げた5人だろ、圭輝に、遼に、広志、竜、正か」

「女子は全員同じ経路で逃げてるはずだから1人聞いて反応がなかったらそれ以上は必要ないだろう」

「てなると?駿と真次と武か」

 竜雄が聞き込んだ相手を挙げ終えると、佐ノ介と数馬が今後の方針を提案する。すぐに竜雄は聞き込む相手を決めた。

「駿なら何か知ってそう。聞いてみる」

「ご一緒させてもらいますぜ」

 さっそく動き出した竜雄は、震える左手を握りしめながら歩き出す。少し後ろから数馬と佐ノ介も不安を押し殺しながらついて行った。


 3人は3階まで登ると、駿の自室の前に立った。

 竜雄は緊張しきりだった。真実を知ってしまう可能性があるのは、実はとても恐ろしいことなのだとその身をもって感じていた。

 それでも竜雄は勇気を振り絞ると、握りしめた左手で扉をノックした。

「川倉です、駿、いるかな?」

 沈黙が辺りを包む。

 それを破ったのは扉が開く音だった。

「おはよう、竜雄。数馬と佐ノ介も」

「おはようさん」

 扉を開けたのは中にいた駿だった。軽く挨拶をすると、竜雄の顔を見て神妙な面持ちになっていた。

「今、時間いい?」

 竜雄は駿に尋ねる。駿はうなずくと竜雄たち3人を部屋に迎え入れた。


「正直、いつ来るかビビってた」

 駿は床に正座すると、ため息混じりに呟いた。竜雄たち3人も床にあぐらをかいた。

 竜雄は、折り曲げた自分の脚が震えていることに気づいた。固唾を飲んでから竜雄は口を開いた。

「俺の母さんと妹のこと、何か知らないか」

 駿は竜雄の質問に目を伏せる。一瞬何かを思い悩むと、竜雄の目を見た。

「単刀直入に言う」

 駿が言うと、思わず数馬と佐ノ介も身構える。竜雄の視線をじっと受け止めながら、駿は言葉を紡いだ。


「逃げる途中、その2人の死体を見た」


 その場にいた誰もが言葉を失った。数馬と佐ノ介は奥歯を噛み締めて目を伏せる。だが、竜雄は何もできなかった。その場に凍りつき、ただ何もない空間をじっと見つめていた。

 駿は頭を下げた。

「今日まで言えずごめん」

 駿は額を床に擦り付けるようにして頭を下げていた。竜雄はそのこともよくわかっていないような様子で声を発していた。

「いや、大丈夫。駿は悪くない」

 竜雄はそう言い切ると、ひどく疲れたように肩を落とした。


「不思議だな」

 竜雄は小さな声で呟く。


「涙も出てこねぇ」

 竜雄の声は平然なようで、疲れきった声だった。

 

 誰も何も言えなかった。


 竜雄は自分の左手を見る。爪の跡が小さく2つ、手のひらに赤くなっていた。きっと大きい方が母親で、小さい方はその娘だろう。


 爪の跡が消えていく。痛みもだんだんと薄れていく。それが切なくてたまらなかった。


「ありがとう、駿」

 竜雄はそう短く言うと、立ち上がる。

「竜雄」

 駿の呼びかけに、竜雄は背中を向けた。

「ごめん、1人にさせてくれ」

 竜雄は淡々とそう言うと、足早に駿の部屋を出た。



同日 15:00

 藤田真次は1階のロビーでパソコンを囲む正と竜のところにやってきた。

「おっすおっす。何見てんの?」

「『これがなんだか分かるか?』」

「わからないから聞いてるんだって」

 竜の言葉に真次は短く返す。正がパソコンの画面を真次の方へ向けた。

「今期のアニメの放送予定一覧。悪くない」

 正が満足したような笑みを浮かべて呟く。真次も納得した様子で頷いた。

「2人はアニメ好きだもんな。俺らのクラスだとネットとアニメと漫画に関しては2人に敵うやつはいないし」

「物事の好き嫌いに他者との優劣なんかない。自分が好きだと思う気持ちが常に一番だ」

 竜が少し熱くなって言う。真次も竜の熱い部分を見られて嬉しくなって言葉を返した。

「竜…おめぇかっこいいじゃねぇか」

「『すまねぇ、ロシア語はさっぱりなんだ』」

 竜の返事の意味がさっぱりわからない真次だったが、多分照れ隠しなのだろうことはわかった。

「2人はいろんなこと知ってるよなぁ。きっと将来パソコンとかの仕事やって引く手数多だろうなぁ」

 真次は素直にそう思った。

 彼としては褒め言葉のつもりだったが、正と竜の表情は芳しくなかった。

「真次は、やりたいこと決まってんの?」

 正が自分から質問をしてきた。真次から見て非常に珍しいことだった。

「俺?うーん…俺は旅行好きだからさ、旅館とかやってみたいかもなぁ。正は?きっとパソコン関係だろ?」

 真次は無邪気に尋ね返す。正と竜はやはり芳しくない面持ちだった。

「なんだよぉ、もったいぶらずに教えてくれよ」

「ないもんは教えられねぇよ」

 竜が自虐的に笑いながら、ため息混じりに言葉を発した。

「え?マジ?ちょい意外なんだけど」

「いやさ、俺はさ、ゲームとネットだけして生きていきたいんだわ。でもさ、世の中そうもいかねぇじゃん?」

 竜は真次に寂しそうな目で言葉を漏らす。真次は思わず黙り込んだ。

 そこに正も言葉を繋いだ。

「好きなことが世の中と噛み合ってればいいけどさ、俺みたいにYouTubeの動画が好きってだけじゃ生きていけないし。かといって俺は勉強もできないからさ。どーやって生きていこうかなって」

「ま、考えてもしょーがないからアニメ見るんだけどね」

 正の言葉が終わると同時に竜が自嘲的に言った。

 真次は何も言えなかった。生きていればなんとかなるという考えの持ち主だった真次は、あまり将来を深く考えたことがなかった。それだけに現実を見て半ば絶望しているような正や竜の姿は、あまりにも生々しかった。

「それじゃ『I will 撤収』」

 竜は真次に短く言うと、パソコンを折りたたんでその場を立ち去る。正もその後を追うようにゆっくりと歩いて立ち去っていった。


 真次は1人その場に残された。

「俺も真面目に将来を考えないとな」

 1人それだけ言葉を発すると、勢いよく立ち上がって歩き始めた。



 中西桃は1人で部屋まで歩いていた。買い物を済ませて部屋で読書でもしていようかと思っていたが、自室に向かう途中、真次がロビーで独り言を呟いていたのが耳に入った。

「俺も真面目に将来を考えないとな」


「将来、か」

 桃はそんなことを呟いているうちに自分の部屋に入っていた。

 余分なものはほとんどない部屋だった。机には動物の写真集とカレンダーがあるだけで、ベッドの布団は丁寧に整理されている。

 だがドアの裏側は別だった。愛銃であるオートマグlllの入ったショルダーホルスターが下げられており、その下には同心円が描かれた的が貼り付けてある。

 桃は椅子に座ると、ぼんやりとカレンダーを見る。動物の写真集の背表紙は、優しく桃を見つめていた。

「…違う」

 桃は気がつくとその動物たちの目線から逃げるように自分の目線を扉の方にやった。正確には、その扉に提げられている自分の愛銃へ。

 桃は立ち上がると、何かに突き動かされるようにホルスターを身につけていた。

 左肩にかかる拳銃の重さが、なぜか心地よかった。

「…そう」

 桃の口角がわずかに上がった。

 素早く拳銃を抜いて的に向ける。弾の入っていない拳銃なので、引き金を引いても弾は出ない。しかし的の真ん中に確かに着弾した様子が、桃の脳裏にはしっかりと描かれていた。

「ふ…ふふ…」

 胸が高鳴るのが自分でもわかった。

 引き金を引いて、何度もカチカチと音を鳴らす。そのたびに銃弾が真っ直ぐ的の中心に当たっていく様子が目に浮かんだ。

「…いくか」

 

 桃は地下2階の訓練場にやってきた。誰もいない。

 早速弾薬箱から桃の拳銃に合う弾を取ると、射撃ブースに入ってからマガジンを叩き込み、スライドを引く。銃弾の装填が完了した。

 的が自動で動き出し、どんどんと遠ざかっていく。距離はおおよそ10m。

 桃は的が静止したのを見て引き金を引き始めた。女性には不向きな、ましてや子供には合わない大口径で反動の大きな拳銃。それでも桃はそれを使いこなしていた。

「ふぅ…」

 7発撃ち終えると、もう一つ取ってあったマガジンと交換する。そして真っ直ぐ腕を伸ばして的をもう一度狙い直した。

 桃の1人の世界が広がった。

 目の前にいるのは桃を狙う敵。無数の銃口と鳴り響く銃声。

 桃は怯まず目の前の誰かの心臓に狙いをつけて黙々と引き金を引いた。

「…ふふ」

 桃はそのまま引き金を引き続ける。敵の体が銃撃のたびに跳ね上がるのが桃の目には映っていた。

 桃の頬に存在しない銃撃が掠めていく。それを消すように桃は狙いを変えては引き金を引いた。

 7発全てを撃ち切った。

 桃の世界にはもう誰もいない。全員桃の手で撃ち抜いた。

 桃は銃を置くと、大きく息を吸った。

「そう…この感覚…」

 桃の口角と心拍数が跳ね上がっていた。

 銃弾が飛び交う中を生き残り、敵を倒し、生き延びる、この感覚。

「これが戦場…私の居場所…」

 桃はじっと正面を見据えていた。誰もいない虚空を見つめ、ただ1人自分の存在を噛み締めていた。



同日 20:00


 糸瑞心音は1階のロビーで明美、桜、めいたちと共に紙とペンを持って机を囲んでいた。

「ねぇ心音、これなんの会〜?私勉強はヤダよ〜?」

 桜がゆるい雰囲気で心音に尋ねる。心音は軽く首を横に振った。

「そんな真面目なことじゃないよ。今までにわかっていることと、誰がどんな活躍をしてたかまとめておきたいと思って」

「ちなみにまとめの方は私のわがままね」

 心音の言葉に明美が補足する。桜は勉強会でないことにほっとしていた。

「それで、まとめてどうするの?」

 めいが尋ねる。

「私が新聞書く」

 明美が短く答えた。めいは肩をすくめた。

「じゃあ早速だけど始めるね」

 心音がその場を仕切る。他の3人は少し居住まいを正した。


「まず今まで起きた事件でわかっていることを箇条書きにしていこう」

 心音が言うと、女子たちは思い思いに知っていることを並べ始めた。

「湘堂市を襲った事件の犯人は、ヤタガラス。武田さんの同僚?だった人がこのままじゃ日本の防衛ができないって言って事件を起こしたんだよね」

 めいが確認を取る。他の3人が頷くと、桜がつづけて話す。

「学校の先生も何人かヤタガラスの仲間だったよね〜。学校にも武器庫があったし〜」

「やっぱり校長先生が仲間だったからあんなに改造できたんでしょうね」

「学校は補給のために使われていたみたいだしね」

 心音と明美が自分の考えを言う。そのまま心音は自分のノートにそれを書き留めた。

「で、私たちはどうにか逃げ切ったけど、あの虹色はなんだったんだろうね」

 めいが言っているのは電車に乗って逃げている時に子供たちが襲われた揺れだった。世界が虹色に染まり、自然なものではない振動に襲われたがすぐに収まった。

「わからない」

 明美は首を横に振る。心音もそれに頷きながらノートに書き留めた。

「けど、なんとか武田さんのとこにたどり着けたから、結果オーライだよね〜」

「武田さん、ね」

 桜が軽い雰囲気で言うが、明美は何か思うところがあるような表情だった。

「あの資料しかなかったからすごく警戒したよね。実際今も底知れない何かを感じる」

 明美は初対面の時の武田と、今知っている武田を比べながら呟く。

「あの人一体なんなんだろうね」

「よく考えるとあの人が1番の黒幕だよね。あの人さえしっかり止めていればこんなこと起きなかったのに」

 桜とめいが思い思いに自分の意見を言う。

「今回の新聞社の事件でもそう。あの人は常に何か目的を持って行動してる。だから最初から犯人たちを殺そうとしてた」

 明美は考えを述べる。だがいくらそうしても結論が出てこない。武田が何を考え、何を目指しているのか、彼女たちには想像もつかなかった。

「武田さんのことは一旦ここまでにしましょ。ここまでの流れもおおよそ整理できたし」

 議論が行き詰まった様子を見て心音が空気を変える。

「じゃあ、次は明美お待ちかねの皆の活躍をまとめていきましょ」

 心音が会話の流れを作る。明美たちは頷くと次の話題に移った。

「じゃあ、それぞれ自分の班のメンバーで、印象的な活躍をした人を挙げていこう」

 心音が会話の流れを作る。桜とめいが考えている間、明美が比較的短い思考時間で1人名前を挙げた。

「やっぱり数馬、かな。ヤタガラスも水茂も倒してる」

 明美が言うと、その場にいた全員からあぁと声が漏れた。

「あいつはやっぱ強いよね。ホント腕っ節にかけては一番じゃないかってくらい」

「玲子が認めるって相当だよね〜」

 めいと桜が感想を述べながら頷く。一方で心音はそれに対して頷きながらも全面肯定はしていなかった。

「戦いにかけてはすごいけど、遼とかの指示を聞かない時があるんでしょ?それってどうなの?」

「ま〜今のとこ問題ないならいいんじゃない〜?」

「私が見ている限り、みんなが言うほど指示に反発している印象はないな」

 桜と明美が言う。心音は口を真一文字に結ぶと、そう、とだけ答えた。

「じゃあ〜、私の班いくね〜」

 桜が話題を切り替えていく。

「ウチの班は、佐ノ介とマリかなぁ〜。誰か飛び抜けてるわけじゃないけど、強いて言うなら?」

 桜の言葉に、みんな納得したようにあぁ〜と声を上げた。桜がその様子を見て安心したように話し続ける。

「あの2人は射撃がすっごい上手だし、佐ノ介の方は冷静で結構テキパキしてるんだよね〜。マリちゃんもいざって時すごく頼れるし〜」

 桜の言葉を明美は自分の手帳に書き留める。その間に心音が話題を広げた。

「マリなんてクラスではすごく大人しくて、射撃があんな得意とは思えなかったよね。人間本当にわからないものね」

「逆に佐ノ介は佐ノ介だよね。なんか、妥当っていうか。あいつがこういう状況に置かれたらそうなるよね、っていうのを地で行く感じ」

「うんうん、あんまり驚かない」

 心音が広げた話題にめいが乗っかり、桜も便乗して頷く。一連の流れを聞きながら明美はメモを終えると、桜に尋ねた。

「その2人の目立った活躍って何かしら?」

「うーん、音楽室で四葉先生を倒したやつと、爆破事件の犯人のリモコンを撃ち抜いたやつかな〜。それ以外でも佐ノ介っていいところでちょくちょく頑張ってるイメージ」

 明美の質問に、桜が答える。明美は納得したように頷いていた。

「えっと、じゃあ次は」

「心音、私先いい?」

 めいが心音に尋ねる。出鼻を挫かれた心音は眉を少ししかめてから少し不満そうにめいに譲った。

「どーぞ」

「どうも。ウチの班はやっぱ泰さんかな」

 めいが言うと、えぇ?という少し納得のいかなさそうな声が周囲から飛んできた。

「え?なんで?」

 めいは困惑した様子で周囲を見回す。心音がその疑問に答えるように自分の意見を述べていく。

「どっちかって言ったら理沙じゃない?みんなの治療して、川倉だって理沙がいなきゃ今頃多分死んでるでしょ」

「そこ悩んだんだけどさ、泰さんも悪くないんだよね。透明人間倒したり、土方さん取り押さえたのも泰さんの指揮あってだし」

「というか、D班はなんかみんなそれぞれキャラが濃いよね。みんなそれぞれの分野で尖ってて、誰が一番とか言いにくいイメージ」

 めいの反論に明美もメモをしながら乗っかる。めいもそれに頷いていた。

「そうなんよ、ウチの班はみんな強いから、みんないつでも活躍できそうだし。今回は泰さんってことで」

「わかった。書いとく」

 めいの意見に聞き入りながら明美はメモを取る。桜はニンマリとしながらめいの表情を眺めていた。

「めいは自分の班が気に入ってるんだね〜」

「まぁね。自分の役割がしっかりしてるから」

 めいのその発言も、明美はしっかりとメモを取っていた。

「じゃあ、最後、私の班の話をしてもいい?」

 心音が場の空気を見ながら尋ねる。他3人はどうぞどうぞと歓迎ムードだった。

「ズバリ、トッシー」

 心音の言葉に、周り3人は心の底から納得したように、やっぱね、そうだよねと口々に肯定の言葉を並べていた。

「実際全体で見てもトッシーって相当じゃない?今までの活躍見ても」

「そうだね。なんか事件が起きるたびにトッシーってすごく目立ってたイメージ」

「みんなを指揮する時の冷静な判断力、かと思えば明るい言葉でみんなを引っ張って、そして本人も率先して戦う。まさにリーダーね」

 心音が暁広の評価を述べる。その場の誰もが心音の言葉に全面的に賛成していた。

「心音が他人のことをリーダーとして認めるなんて、珍しいね」

 明美が驚いた様子でメモをしながら呟く。心音も肩をすくめながら笑って返した。

「それほどトッシーは優秀なのよ。特に土壇場の指揮官として。私も普通の人よりは人を引っ張ることに慣れていたつもりだったけど、あんなふうに命がかかった状況だと全然違った。それでもトッシーはみんなを導いて、戦ってきた」

「心音、もしかしてトッシーのこと好きなの?」

 めいが静かに語る心音を見て尋ねる。心音は静かに首を横に振った。

「残念ながら違う人ね。それにトッシーには茜も玲子も蒼もいるじゃない」

 心音の言葉に桜がふふふと静かに笑っていた。それ以外の2人は確かにねーと頷いていた。

「でもトッシーは茜一筋なんでしょ?」

「悲しいなぁ〜、玲子」

 明美の言葉に桜がニヤニヤしながら呟いた。親友同士だからこそできる煽りに、他の3人は思わず笑っていた。

 明美がメモを終える。

「ありがとみんな。これで面白い新聞が書けそう」

「できたら読ませてね」

「ゴシップにはなっちゃダメだよ〜」

 明美が礼を言うと、めいと桜が口々に言う。

「じゃあ、今日は終わりにしようか」

 心音が仕切る。他3人は頷くと、それぞれの荷物を持って立ち上がった。

「お疲れ様でした」

「休み明けも頑張ろうね〜」

 4人は軽く挨拶を交わしてその場を立ち去っていった。

 心音と2人で歩く明美は、伸びをすると指を鳴らした。

「これからもみんなに注目だね」

 明美の言葉に、心音は静かに笑って返していた。

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