羽間の提案

 学校の生徒たちのしつこい追求に嫌気が出てため息をつく。そんなわたしを見た羽間が恐る恐る手を挙げて提案をする。

「……あの提案なんですけど、ご飯食べたら学校を抜け出しませんか?」

「へ?」

 真面目な羽間の意外な提案に、間抜けな声が出た。

「あ、もちろん担任の先生に早退の旨を伝えますよ?『事件の事を色々聞かれて、事件の恐い事を思い出して気分が悪くなった』って言って早退するんです」

「その手なら大丈夫そうだね。で、早退して互いの家に帰るってわけではないでしょ?」

「ええ。他の事件メンバーに連絡を取ってカラオケ行きましょう」

「カラオケ?」

「皆さんに同じように早退してもらって現地集合します。他の方もわたしたちと同じく質問攻めされてストレスが溜まっているはずです」

「そうだね。わたしたちは普通に遊びたいし、他の奴だと遊ぶのがついでで、事件のことしか聞かないだろうしね」

「では、わたしは皆さんに聞いてみるので、新田さんはカラオケ店を選んでくれませんか?」

「わかった」

 わたしは弁当を食べつつ、片手でスマホを操作して、安くてセキュリティーが甘いカラオケを探した。

 市内にちょうどよさそうな店を見つけて、画面を羽間に見せる。

「ここはどう?」

「いいですね。皆さんは全員参加するそうなので、グループチャットにお店のURLを貼ってください」

「ああ」

 グループチャットにお店の情報を貼り付けると、すぐに反応が返って来た。

 中川『ここだな。一時間後には着くな』

 石井『わたしも〜。星矢と一緒に行くから』

 田山『わたしは三十分くらいで着くわ』

 玉木『俺は四十分くらいかな』

 植本『僕も玉木くんと同じになりそう』

 新田『わたしと羽間が二十分くらいで着くから、先に部屋取っとく。後で部屋番号書いとくわ』

 石井『助かる〜。よろしくね』

 わたしの肩を羽間が叩く。振り向くと食事を終えた羽間が立っていた。

「じゃあ、職員室行きましょう。具合悪そうに口元押さえて入ってくださいね。あと、わたしが説明をしますので、新田さんは頷くだけにしてください」

「あんた、随分と悪い子だね」

「これぐらい可愛いものだと思いますよ?」

 そう言って首を傾げる羽間が少し面白く、クスクスと笑うと何で笑っているのか分からない羽間が、さらに首を傾げた。そんな羽間を見ながら弁当を片付けて立ち上がり、二人で職員室へ向かった。

 羽間に言われた通り、口元を押さえて俯き気味にしていると、羽間が職員室へ入って行った。

「失礼します、壇先生と佐藤先生はいますか?」

 少し元気のない声で羽間が尋ねると、呼ばれた二人の先生がこちらに近づいて来た。壇先生は羽間の担任で生活指導もしている厳つい男教師で、佐藤先生は私の担任でおっとりとした女教師だ。

「どうした、羽間と新田だったよな?」

「はい、新田さん。わたしたちに用なの?」

「実はわたしたち早退しようと思って連絡しに来ました」

「どこか具合でも悪いのか?」

「昨日の今日で体が本調子ではないことと、学校のどこへ行っても、色んな人から質問攻めにされて、事件のことを思い出してしまって……」

 そう言って、薄っすらと涙を溜める羽間に二人の教師は驚いた顔を見せる。

「あいつら、あれだけ詮索するなと言っていたのに、もう一度全校集会を開いて説教しないといけないな」

「まあまあ、他の子たちも自分もターゲットにされるかもしれないと、恐れて聞いたと思いますよ。ですから、穏便にしましょう」

 眉間に皺を寄せている壇先生に、佐藤先生が優しく宥める。

「あの、わたしたちは早退してもよろしいですか?」

「ああ、体調不良で早退させる。新田もそれでいいな」

 壇先生の言葉に小さく頷くと、佐藤先生が心配そうにわたしの顔を覗き込む。

「辛かったら、明日も無理して学校に来なくていいからね。あんな事件に巻き込まれたのだもの。心身共に疲れているはずよ」

「そうだ。事件のことで嫌な思いをすれば、すぐに先生たちに知らせてくれ。出来る限りのサポートをするからな」

「……ありがとうございます」

 羽間が溜めていた涙を一筋流して、先生たちに頭を下げた。わたしも羽間にならって頭を下げると、佐藤先生の優しい声がかけられる。

「ほら、頭を上げて早く家に帰りなさい。ゆっくり休むのよ」

「はい、失礼しました」

 そう言って羽間は再度礼をしてから職員室を後にし、わたしもその後を追いかけた。羽間は持っていたハンカチで涙を拭くと、一息ついてからわたしに向き直った。

「さて、カバンを取りに教室に行きましょうか。先にわたしから取りに行きますね」

「……羽間って、演劇部でも入っていた?」

「いいえ、何でですか?」

「教師を騙すほどの泣き真似ができるって、すごいなって思っただけ」

「わたしの場合、教師じゃなくてほかの人たちを騙すために覚えた技ですので」

 羽間の言葉に意味が分からず尋ねようとしたが、羽間の教室に着いてしまって、羽間はさっさとカバンを取りに行ってしまった。入口から羽間の様子を見ていると、わたしと話している時以上におどおどとした態度でクラスメイトたちと接していた。

 クラスメイトたちはフレンドリーに笑っているのに対して、羽間はぎこちない作り笑顔をしながらカバンを手に取り、足早に立ち去った。

「お、お待たせしました。次は新田さんのクラスへ行きましょう」

 羽間はそう言って歩き出すので、わたしはこれ以上詮索せずに大人しく自分のクラスへ向かった。

 わたしが教室に戻ると、あかねと桃香が昼食を終えて机を直しているところだった。戻って来たわたしに二人は笑みを浮かべていたが、後ろにいた羽間を見て怪訝な表情に変わった。

「お帰り、明良。あれ? その人……」

「は、はじめまして。羽間優です」

 あかねの言葉に反応して羽間が深々と頭を下げる。

「明良と同じ誘拐されて人よね? この子と一緒にいたんだ」

「うん。二人とも学校の人たちの態度に参っちゃって、早退することにした」

「え、大丈夫? 家まで送るよ?」

「平気、平気。二人でゆっくり帰るから、気にしないで」

 早退すると告げるとあかねが心配そうに言ってくれた。サボるとは大きい声では言えないので、誤魔化してカバンを取った。

「じゃ、また明日」

「失礼します」

「気をつけて帰ってね」

 わたしは片手を上げて、羽間は頭を下げて二人に挨拶すると教室を出て行った。

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