第19話

死神が早足でこちらに近付いてくる。

大鎌を振り上げる頃には、十分に間合いは詰まっていた。


頭に目がけて振り下ろされた大鎌を最低限の動きで躱しつつ、踏み込んで拳を放つが、死神は空いた手でそれを払い、そのまま裏拳で新藤を振り払おうとした。新藤は頭を下げて、それを避けたが、今度は死神の膝が跳ね上がる。


この膝蹴りを躱すために、後ろに下がったら、大鎌の一撃に襲われるのは想像に容易い。そのため、腕で死神の膝を受けたが、その衝撃は脳まで達するかのようだった。それでも、このまま腰に組み付いて、倒してやろうと考えたが、結果は先程やり合ったときと変わらない。大木のように地に根を張る死神を倒すことなどできないのだ。


新藤は何とか死神の後ろに回り、距離を取る。だが、彼の鼻先をかすめるように、大鎌が振るわれた。少しでも地を蹴るタイミングが遅ければ、鼻の穴が一つになっていたかもしれない。


やはりあの大鎌があまりに厄介だった。死神に勝つ方法を何度も頭の中でシミュレーションしてみるが、どうしても、あの大鎌の間合いに阻まれる。せめて、自分と同等以上の戦闘力を持った誰かが協力してくれれば、勝てない相手ではないのだが…。


「見つけたぜ、恩人」


どこからか、声がした。

新藤は左右を確認するが、誰もいない。


「どこ見てんだよ。こっちだ、恩人…いや、新藤晴人」


その声は、死神の後ろからだった。

死神が壁になって、見えなかったが、何者かがこちらに接近してきている。


いや、この声は乱条だ。


「こんなところで何をしているのは知らないが、どうせ暇なんだろう? さっきの続きをしようぜ」


死神の相手をしているのに、乱条まで現れるなんて最悪だ。


「すみません、乱条さん。見ての通り、今取り込み中なんですよ」


どうにか見逃してもらえないか、と思ったが、乱条にその気はない。


「何を言っているんだよ。あんな中途半端なところで終わったんだ。あたしは、勝ち負けはっきりするまで、ぶちのめさないと気が済まないタイプだ、って言っただろ?」


「いや、だから見ての通りですね…」


と言って、新藤は気付く。

乱条には死神が見えないのだった。


「うだうだ言ってないで、始めるぞ。その気がないって言っても、こっちから勝手に行くぜ」


乱条が前進し、死神の体を通過して、新藤の方へと近付いてきた。これでは状況を理解してもらえるわけがない。そもそも、乱条は如月探偵事務所の敵なのだ。理解してもらえたとしても、状況は変わらないかもしれない。


「あ、そうだ」


と新藤は呟く。


「なんだよ、やる気になったか?」


不敵な笑みを浮かべる乱条だったが、新藤はスーツの内ポケットを探って、あるものを取り出した。


「乱条さん、これ…ちょっとかけてみてください」


そう言って、それを乱条に差し出す。


「はぁ? 何だよ、このメガネ」


如月から受け取った、メガネの予備だ。


「良いから。かけてくれたら、一緒に戦いましょう」


「ワケ分かんねぇけど…戦うってなら仕方ねぇな」


乱条は渋々と言った様子で、メガネをかける。


「これで良いんだろう? じゃあ、始めるぞ」


「その前に、後ろ…一回だけ見てください」


「なんだよ、さっきから面倒なこと言いやがって」


乱条は文句を言いながらも、素直な性格らしく、振り向いた。そして、彼女の目には大鎌を振り上げた死神が目に写ったことだろう。


「うわぁ!」


乱条は突然の襲撃にも関わらず、それを躱して、新藤のすぐ横まで後退した。


「な、なんだこのコスプレ野郎は。いつから、そこにいやがった! 危ないもの振り回しやがって!」


「そのコスプレ野郎が、僕の依頼人を追いかけ回して、困っているんです。何とか、やっつけないと、依頼人を守れなくなってしまうんです」


「依頼人だ?」


乱条は辺りを見回し、物影に隠れるミャン太の姿を認めたらしかった。


「なるほど、これは話が簡単だ。お前がこのコスプレ野郎を相手している間に、あたしはあの異能者をぶちのめせば良いわけだ」


「何を言っているんですか。一緒に戦うって話だったじゃないですか。この死神と」


「知るか。あたしには関係ない」


そう言って、乱条は踵を返し、ミャン太の方へと向かった。しかし、彼女の懐で電話が鳴り響く。


「乱条さん、電話ですよ」


と新藤は言った。

乱条はなぜ新藤がそんなことを言うのか、と気になって振り向くと、彼は耳に電話を当てていた。


「なんだ、お前…どういうつもりだ?」


どうやら、乱条の電話を呼び出しているのは、新藤らしい。


「電話、出てください」


乱条は怪訝な表情で眉を寄せながら、電話に出た。すると、電話の相手…新藤は言うのだった。


「あの、今日の昼間…貴方を助けたものです」


「……はぁ?」


「ほら、道が分からないって言って、教えたでしょう?」


「そりゃ、そうだけど…だから何だよ?」


「電話をすれば、どんな状況でも、助けてもらえる…と聞いたのですが」


「て、てめぇ…正気か?」


「あれ、助けてくれないんですか? 義理堅さに関しては誰にも負けない、って言ってたのにな…おかしいなぁ。恩返しもできないなんて、本当に薄情な人を助けてしまったみたいだ」


「そ、そんなことねぇ!」


「あ、じゃあ、助けてくれるんですか?」


「ぐぬぬぬ」


と押し黙る乱条。

その間、新藤は死神による大鎌の攻撃を何度か避けなければならなかった。


「あー、おかしいな。人助けすれば、恩返しをしてくれるって聞いていたのに、世の中ってのは不条理ですね。義理も人情も、あったものじゃない」


電話を耳に当てたまま、黙っていた乱条だが、顔を上げて新藤を睨み付けた。


「ちくしょう、分かったよ! 一回だけだ!」


乱条は怒りをぶつけるように電話を切ると、新藤の横に並んで、死神と対峙した。そして、癇癪を起した子供が喚くように言う。


「あのコスプレ野郎をぶっ飛ばせばいいんだ? くそったれ、やってやるよ!」


そんな乱条に、新藤は笑顔を向けた。


「いやー、頼りになりそうだなぁ、これは」

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