第14話
如月が到着したのは、それから十五分ほど経過してからだった。新藤が車に乗り込むと、如月はすぐにアクセルを踏み、急発進させた。
「如月さん、もう成瀬さんが動いているみたいです」
「うーん、やっぱりねぇ。奏音も動いているとしたら、確実に先回りされてしまうぞ」
「すぐに優花梨さんを追わないと」
GPSで百地たち家族が乗る車の場所を確認する。田舎の方へ向かっているようだ。それを確認した如月が言った。
「たぶん、百地優花梨の夫が所有する別荘の方へ向かっているな」
「もう、そんなことまで調べていたのですか?」
「君…私が一日中、ただダラダラしていたとでも思っているの?」
「思ってませんけど…」
実際に、如月の調査能力は凄まじい。新藤と出会う前から、彼女は様々なコネを持っていて、電話さえあれば、各方面からあらゆる情報を引き出せる。
身辺調査のようなものなら、きっと彼女は事務所から一歩も出ることなく、完結させることも可能だろう。
「他に何か掴んだんですか?」と新藤は聞いた。
「そうだね…やっぱり、木戸とは別に、依頼人の命を狙っている人間がいるのは確かだ。こんな言葉を使うと、陳腐に感じるかもしれないけど、殺し屋が一人動いているらしい」
「殺し屋、ですか?」
「そう、いつの時代も、そういう人間は少なからず存在するんだ」
「でも、なんで百地さんを狙うんですか?」
「殺してくれ、と雇われたからでしょう」
「誰に?」
「誰にって…そんなの一人しかいないだろう」
「優花梨さん…ですか?」
信じたくはないが、新藤にしてみると容疑者は彼女しかいなかった。
「いや、そうじゃない」
だが、如月があっさりと否定する。
「彼女は異邦人だ。この世界で殺し屋みたいな、裏社会の人間とコンタクトを取ることすら難しかっただろう。頼れる人間は…木戸だけだったはずだ」
木戸だけ、という言葉に、新藤は複雑な思いを抱く。
どうして、自分に助けを求めてくれなかったのだろうか、と疑問に思ったのは、一瞬だけだ。新藤は既に、彼女の手を離してしまったのだから。
「じゃあ、誰なんですか?」
「飯島清司」
「え?」
「彼女の夫だよ」
如月の言葉に、新藤は開いた口が塞がらなかった。夫婦は愛し合っている。それが当たり前だとは、人の良い新藤だって思わない。
別居や離婚を選択する。
お互いに隠し事がある生活。子供を間に挟まなければ会話ができない。
そんな夫婦が山ほどいることだって、知っている。
それに新藤もまだ数年程度ではあるが、如月のもとで探偵を続けている身だ。夫婦間で発生する憎悪は何度も見てきた。しかし、あの百地がその対象になるとは、想像できなかった。
きっと、彼女は自分のことはもちろん、木戸のことも忘れて、幸せな生活を手に入れたはずだ、とばかり思っていたのだから。
「どうしてですか…?」
「動機については…不確定だけど検討は付いている。実際に彼が殺し屋を雇ったかどうかも、今のところは不確定だ。この裏を取るには、もう少し時間がかかるだろうね。だから、今のところは私の勘でしかない。この状況で、夫に雇われている殺し屋がどう動くのか…それが問題だよ」
新藤は動機について追及しなかった。如月が不確定と言っていることだ。この時点で聞いても、仕方のないことだし、如月もこれ以上は答えてくれないだろう。如月は続ける。
「殺し屋が百地優花梨の前に現れるタイミングは、夫に完全なアリバイがある瞬間のはずだ。今はきっと、一緒にいるから、当面は問題ないだろう。ただ、自分の依頼人を狙う木戸に対して、殺し屋はどう対処するつもりなのかなぁ」
「僕だったら依頼人を守りますけどね」
「君のような善良な考えを持つ人間ばかりなら、どんな事件も簡単に解決できるんだろうね。それから、成瀬さんの動きも気になる。暗殺者にも狙われ、成瀬さんにも狙われるとなると、依頼人が無事でいられる可能性は低い。このままだと私たちは、ただ働きになってしまうね」
「優花梨さんではなく、百地さんが成瀬さんにも狙われる…? どういうことですか?」
成瀬が狙うのは、犯罪を起こした異能犯罪者だけのはず。百地は異能力者に狙われる身であって、彼女が成瀬に追われる理由はないはずだ。
いや、そうじゃない。
認識を誤っていたのは、自分だった、と新藤は気付く。
「優花梨さんは、百地さんの異能による結果、ということですか?」
「そうだ。別の可能性の自分…つまり、並行世界の自分を召喚する。それが彼女の異能力だ」
「じゃあ、彼女は自分の異能力に苦しめられている、ということですよね」
「そうだね。自分の才能を使いこなせない人間は、どこにでもいる。異能力のような得体の知れない才能であれば、珍しいことでもない」
「だとしたら、余計に分かりません」
「何が?」
「普通、もしもの自分、みたいな妄想って、理想的な姿とか、ポジティブなものを描きますよね? それなのに…優花梨さんは百地さんを恨んだ。つまり、優花梨さんにとって、百地さんの方が幸福に見えた、ということだと思います。それは、百地さんにとって、もしもの自分は不幸な状態だった、ということでしょうか?」
「飽くまで違う可能性の自分だよ。理想的な自分をつくる能力、というわけではない。それに彼女が想像した、もしもの自分は、決して幸福な姿だとは限らないだろう」
「では、どういう自分を想像したのでしょうか?」
「それは単純な女心を考えれば、想像できるじゃないか」
「単純な女心…?」
「分からないの?」
「僕、男ですから、分かりませんよ。と言うか、如月さんには分かるんですか? 女心って」
少しの沈黙の後、如月は言った。
「君、私のこと…なんだと思っているの?」
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