第13話
新藤が電話を切ろうとしたとき、百地の家の方から異常な音が聞こえてきた。車が急発進するような音だ。
「如月さん、まずいことになったかもしれないです!」
「何があった?」
と如月の声が聞こえたが、新藤は答えることなく、百地の家へと走り出す。
到着したが、百地の家の駐車場には車がない。その代り、大きい影がそこから立ち去るところを見た。間違いない。木戸康弘だ。
「木戸くん!」
新藤の声は届いただろうか。木戸は闇夜の中に姿を消してしまった。
「如月さん、依頼人の家族が木戸に襲撃されたみたいです。依頼人は車でどこかへ移動。木戸も姿を消しました」
「分かった、私も車ですぐにそっちに行く」
「お願いします」
新藤は如月を待つ間、家の状態を見た。窓は割れ、家具も倒れている。それを見れば、木戸と言う人間がどういう存在だったか、思い出すには十分だった。
百地の家の前で時間を持て余す新藤に、一台の車がゆっくりと近付いてきた。新藤は何らかの襲撃ではないか、と警戒したが、その車からは意外な人物が顔を出した。
「あれ、新藤くんじゃないか」
「な、成瀬さん?」
午前中に会ったばかりの成瀬だった。成瀬は一日中事件を追って動き回っているはずだが、まるでシャワーを浴びたばかりのような爽やかさである。
「もしかして、君も飯島優花梨に用かな? あ、もしかして…さっそく勝負のときがやってきたかもしれないね」
「知っていたんですか?」
「何のことかな」
挑発的な笑みを見せる成瀬。新藤の中で嫌な想像が膨らむ。成瀬が率いる異能対策課の方針は、異能犯罪者とその疑惑があるものに対し、速やかに対処することだ。その対処法は、命を奪うことも含まれている。それが国に認められているのだ。
「どうやら、留守のようだね」
そう言って成瀬は車内の無線を取り出した。
「奏音。自宅は既に空っぽ。どこに向かっているか、追えるか?」
成瀬の無線の相手は、声が小さく、新藤には何を言っているのかは分からなかった。しかし、成瀬には奏音という女性の相棒がいて、彼女のナビゲートで異能犯罪者を追っている、ということは前々から知っていた。
どういう方法なのかは知らないが、彼女のナビは的確で、何度も先回りされて手を焼いたものだ。だとすると、成瀬と言う危機が、優花梨に迫っていることは、間違いない。成瀬は新藤の焦りを見て取ったのか、余裕ある表情を見せた。
「まぁ、新藤くん。あまり事を荒立たせないよう、先にお願いしておくよ。如月探偵事務所は、僕にとって唯一のライバルだからね」
「うちはうちの仕事をこなすだけですよ」
新藤の笑顔に、成瀬は少しだけ顔をしかめた。
「葵さんもそうだけど、君の笑顔は本当に怖いなぁ。できれば、敵にしたくないのに」
「僕もそう思っています」
「どうかな。最近、うちの課も増員してもらおうと思っているんだ。ほら、僕と奏音だけだからさ。どんな事件でも、君たちより、確実に一歩先回りするための駒が欲しんだよね」
「異能犯罪者を相手にするような人材…なかなかいないでしょうね」
「そういうこと。だから、困っている。まぁ、一人候補はいるんだけど…ん?」
無線から何らかの音声が聞こえた。どうやら、奏音が成瀬に何か報告しているようだ。
「オッケイ、奏音。じゃあ、新藤くん…僕は犯人を追うから」
「あの…乗せて行ってもらえません?」
「乗って、どうするの?」
「えーっと、成瀬さんのお手伝いを」
「ははははっ。君、僕の話聞いてた?」
「聞いてましたけど…」
「じゃあ、先に行くから。できるだけ、ゆっくりしていると良いよ。お先に」
成瀬は車を発進させ、あっという間に新藤の視界から消えてしまった。新藤の腹の底で、焦りがふつふつと湧き上がる。
優花梨は昔と変わっていなかった。
優しく笑う彼女を成瀬に消させるわけにはいかない。しかし、新藤は何もできず、ただそこで如月を待つことしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます