第8話
新藤は気持ちを切り替え、電話を取り出し、如月に報告の電話をかける。
「新藤です。依頼人のドッペルゲンガーを確認しました」
「ほう、早いね。GPSの方は?」
「ばっちりです」
「でも、ドッペルゲンガーは逃がした?」
黙る新藤に、電話の向こうで如月が溜め息を吐いたようだった。
「新藤くん、君のことだから、そのドッペルゲンガーの話を聞いて、同情でもしたんだろ? それが災いとなって、逃げられたりして」
「……白状するとですね、その通りです」
如月は小さく笑った。
「堂々と認めれば良いと言うものではないよ。まぁ、良いや。何があったのか、詳しく話して」
新藤は優花梨と出会ったこと、彼女との話した内容、そして彼女こそ百地優花梨であることは間違いない、と如月に報告する。
「なるほど。何となくだが、どういう異能力を使っているのか理解できた。タイミングを見て対処したいところだな」
「でも、優花梨さん…いえ、依頼者ではない方の彼女は、昔の彼女のままでした。優しい人なんですよ。異能力を使うとは言え、手荒な真似は……」
「手荒な真似、なんて私は未だかつて一度も使ったつもりはないけれど。それに、誰もその優花梨という女が異能力者だとは言っていないよ」
「……じゃあ誰が?」
「それよりも、もっと大変なことが色々と分かったよ」
新藤は異能力者の正体について煙に巻かれたような気持ちだったが
「なんですか?」
と如月の話を促した。
「気になっていたんだ、成瀬さんの発言が。彼はなぜうちの事務所にきて、あんな勝負を持ちかけてきたと思う? きっと、何か掴んでいたんだ。そう思って向こうの動向を調べたら、ある事件を追っていることが分かった」
「……百地さんが別の事件に巻き込まれているのですか?」
「今朝、話題になっていた事件…あっただろう?」
新藤の頭の中に、今朝の記憶が一瞬だけ再生される。
「連続暴行事件…ですか?」
「そう、その連続暴行事件だ。犯人らしき男は、ここ数日で数名の男性に暴行を加え、現在も逃走中らしい。
しかも、半殺しという言葉が可愛く思えるくらい、一方的で執拗な暴力だったそうだよ。そいつは、身長は百八十を超えた大男らしくて、前科もいくつかあるのだとか」
新藤の中で、過去の記憶が次々と呼び起こされる。それは、百地と結び付くものばかりだった。新藤は一人動揺するが、如月はそんなことは気にもせず、淡々と続けた。
「前科と言っても、過去にちょっとした軽犯罪を起こしてしまった、という程度だ。どれも暴力沙汰で、理由はカッとなって殴ってしまったとか、そんな程度のものばかり。
何と言うか…一時的な感情に身を任せてしまうタイプなんだろうね。それなのに、今回に関しては、明らかに、何らかの目的を持って行動している。
で、私はその目的が何となくだけど、分かってしまったんだ」
「……なんですか、その目的って?」
「まず、被害者の三名の名前を上げよう。斎藤隆司。池田修人。押田亮。この名前、聞いたことは?」
「ありません」
実際に、新藤の過去には登場しない名前だった。如月はその回答を予想していたらしく、ただ
「そうか」
と言って、説明を続けた。
「この三人は出身も年齢も職業も異なり、何の共通点もないようなのだけれど、一つだけ共通の経歴があった」
如月は少しだけ間を置いた。珍しく、何かを躊躇ったかのようだったが、改めて彼女は言った。
「三人とも、百地優花梨と交際経験がある」
新藤は、知りたくもなかった事実に辿り着く。
「連続暴行事件の犯人は、百地さんへの嫌がらせが目的で、過去に交際した男性たちを襲っているわけですね」
「そのようだね。百地優花梨はこの事件のことを知らないようだが、警察はもちろんそれを把握しているはずだ。恐らく、成瀬さんは、事前に百地優花梨がうちの事務所に相談へ行くことを知っていたのだろうね」
「だから、あんな勝負を吹っかけてきたのか」
と悔しがる新藤。
「そうだね。そして、恐らくその犯人が、百地優花梨の家に押しかけてきた、謎の大男だと思う。連続暴行事件とドッペルゲンガー事件。これは同じ事件と考えるべきなんだろうね」
さらに畳みかけるように、如月は続けた。
「それで、その犯人の名前だけれど…私の推測が正しければ、名前を聞いたら、新藤くんは驚くんじゃないかな。いや、辻褄が合ってすっきりしたかな?」
「そうですね、途中から…色々とつながりました」
新藤は自分の頭が妙に冷えて行くのを感じた。
これは条件反射だ。
思い出すべきではない過去が再生されるとき、熱くならないための。
「念のため、教えてください。その犯人の名前を」
新藤は覚悟を決める。
対して、如月はその覚悟に応えるかのように言うのだった。
「……木戸康弘。新藤くん、君と百地の同級生らしいじゃないか」
新藤はその名前を聞いて、約十年前にあった過去を思い出さずにはいられない。
いや、百地と再会した時点で、その記憶が蘇るのは、必至だったが、新藤は思い出すことがないよう、記憶を押さえつけていたのだ。
しかし、木戸の名を聞いたのであれば、それは思い出さずにはいられなかった。
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