【終】白南風夫妻の結婚式

「真知子ぉ~!」


 既に少々瞼が腫れている我が親友、柳田やなぎだ――じゃなかった星川ほしかわ詩織しおりが両手を広げて駆けて来る。


「ちょ、ちょっと詩織。顔が凄いことになってるけど、大丈夫?」

「だいじょばないけど、大丈夫!」

「どっち?!」

「どっちもなの! だってさぁ、真知子がさぁ、結婚とかさぁ~!」

「落ち着いて。落ち着いて、詩織。えっと、何か冷たいものでも。何か飲む?」


 七月二十五日。私と、恭太さんの真ん中の誕生日。

 本日は私達の結婚式だ。


 近しい親戚と、それから親しい友人や職場の人達だけを招いて、チャペルで式を挙げた後、そこに併設されているレストランで立食形式のお食事会を開催することにしたのだ。父と弟の強い希望で、料理の一部を持ち込ませてもらっている。どうやら、我が子の結婚式で腕を振るうというのが、父の夢だったらしい。そこに義孝も乗っかった形である。母が甲斐甲斐しく動き回って料理を勧める中、「飲み物ならあたしに任せて」と姑である百合子さんがシャンパンを景気よくどんどんあけていく。


「マチコちゃん、きれいよ~」

「お肌なんかもう、ピッカピカじゃない!」

「ねぇ、若いって良いわねぇ!」

「もうっ、まぶしいっ! 白っ!」

「白南風君、良かったわねぇ」

「白南風君、ずーっと見惚れてたものねぇ」

「ねぇ、鼻の下伸ばしちゃって!」


 我が貝瀬学院大学学生食堂の面々は、きゃいきゃいと楽しそうで、初対面であるはずの詩織ともすっかり打ち解けている。おばちゃん達は私の働きぶりを、詩織は学生時代の私のエピソードをそれぞれ交換し合ってホクホクのようだ。


 で、なんかもう感極まってしまったらしい詩織が、わんわんと号泣している、というわけである。お酒が入っているのもあるだろうけど。詩織ってこんなにお酒弱かったっけ?


「……詩織さん、大丈夫ですか? 姉ちゃん、ほら水」


 見かねた義孝が水を持ってきてくれる。ありがとう、と受け取って、「詩織、飲みな?」と差し出すと、詩織はそれを一気に飲み干した。良い飲みっぷりである。


「あたしはね、ずっと悔しかったの! 何でこんな良い子が結婚出来ないのよ、って! だから、ほんっっと、もうっ! 良かった! 良かったねぇ~! 真知子ぉ~!」


 せっかく補給した分を再びだばだばと垂れ流しつつ、何度も「良かった良かった」と繰り返す。詩織は、大学を出、社会人二年目で結婚した旦那さんと去年離婚したばかりだ。理由は、旦那さんの浮気。その報告をしてくれた時、詩織は、仕事辞めなくて良かった、とあっけらかんと笑っていた。子どもはいない。お互いに出来にくい体質だったらしい。


「ご、ごんねぇ、せっかくのおめでたい席なのに、あたしみたいなバツイチがさぁ~!」

「気にしないで、詩織」


 それを言うなら、ウチの弟だってね、とはもちろん言えないけど。


「ちょっとそこの旦那さん! ちょっと、ちょっと良いですか?!」


 詩織が数メートル先でおばちゃん達に囲まれている恭太さんを手招くと、彼は「どうしました?」とにこやかにやって来た。


「真知子を! 真知子をよろしくお願いしますっ! この子は本当に、本ッ当に良い子なんです! ちょっと大人しいですけど、思慮深い子なんです! 口下手で言葉足らずなところもあるかもしれませんけど、愛情深い子なんです! どうか! どうか!」

「ちょっと詩織、さすがにちょっと恥ずかしい。落ち着いて」


 詩織の勢いに押されて、さしもの恭太さんもちょっと引いてる気がする。一応、話はしてあるのだ。親友は私とは真逆のタイプですよ、と。でもまさかここまでとは思わなかったかもしれない。


「お任せください、星川さん。マチコさんが良い子なのは存じ上げております。思慮深いところも、愛情深いところも、ちゃんとわかってます」

「わかってくれますかァ!」

「もちろんですとも!」

 

 アッ、駄目だ。何か二人めちゃくちゃ意気投合してる。いや、駄目じゃないか。駄目じゃないか。


「真知子ちゃん、人に恵まれてるわねぇ」


 そそそ、と安原さんがグラスを片手にやって来る。グラスの中身はウーロン茶だ。


「あの、ほんと、お陰様で」

「これもマチコちゃんの人徳よねぇ」


 小林さんが、ぬ、と現れて、うんうんと頷く。


「そんな、私なんて」

「あら~、謙遜なんてするもんじゃないわよ」

「そぉよ。マチコちゃん、いつも一生懸命だし、真面目だもの」


 山田さんと山岡さんの『山山コンビ』が、仲良く肩を組んで揺れる。この二人は全くの他人のはずなのに、どうしてこうも仲が良いのだろう。


「でも、真面目なだけで面白味に欠けるというか」

「やだ、何言ってんのよマチコちゃん。あなた結構面白いのよ?」


 真壁さんがけらけらと笑う。


「わかる! ちょっとドジっ子なところなんて可愛いと思うし!」

「いつだったかしら、お味噌汁の代わりにご飯二つ乗せて出したことあったわよね」


 橋本さんと笹川さんが、懐かしい! と声を上げる。すみません、あの時は忙しくてほんとにどうかしてたんです!


 だからね、と安原さんが一歩前に進み出る。


「マチコちゃんはそのままで良いのよ。そのままで十分魅力的。現にほら――」


 と、恭太さんの脇腹を小突く。


「良い男捕まえたじゃない!」


 アッハッハ、と豪快に笑うと、それにつられておばちゃん達が一斉に笑い出した。それを見て、詩織がまた「真知子ぉ、職場の人達に可愛がられて本当に良かったぁ」と泣き出す。待って、詩織、あなたいつからそんな泣き上戸に?!


 会場中に響き渡るたくさんの笑い声と、それから泣き声に、私の涙腺も緩む。よく見たら恭太さんの鼻の頭もちょっとだけ赤い。


 少しその波が引き、それでもワイワイと楽しそうにしている招待客を眺めつつ、私達もちょいちょいと料理を摘まむ。この食事会では胸下に切り替えのあるエンパイアラインのドレスにしたので、あの苦しい苦しいコルセットとはおさらばだ。これならしっかりご飯を食べられる。


「楽しい? マチコさん」

「楽しいです。結婚って、こうやって祝福されるものなんですね」

「だね。何かマジで、こんな日が来るなんて思ってなかったから、泣きそう」

「わかります、私もです」


 でもいま泣いたら、せっかくのお化粧が崩れちゃう。

 

 そう言うと、恭太さんは「マチコさんって、結構その辺現実的だよね。化粧の落ち具合気にしたりさ」と苦笑した。


「わ、悪いですか? だってせっかくプロの人に――」

「いや? 俺、悪いなんて一言も言ってないけど?」

「……ですね、言ってないですね」

「でしょ? そういうところも全部ひっくるめて好きだよ、ってこと。そろそろわかってくれた?」

「そろそろわかって来たかもです」


 この先も、悪い方に考えてしまう性格は変わらないかもしれない。けれども、きっと、自分が思うほど、悪いことばかりじゃないはずだ。それを気付かせてくれた人が、いま隣にいる。


「好きです、恭太さん」

「……ちょ、不意打ちやめて。にやける」

「にやけてください。そのために言ったんです」

「言うようになったな、マチコさん」

「恭太さんのお陰です」

「そっか。なら仕方ないな」


 そんなことを言って、顔を突き合わせて笑う。

 

 その瞬間に、パシャ、と閃光が走った。何事?! とその方を見ると、大きなカメラを持った義孝がこちらに向けて親指を立てている。


「姉さん、恭太、お幸せに!」


 真っ赤な顔でそう叫ぶと、それに合わせて皆がグラスを揚げた。それを見て、安原さんが声を上げる。


「ちょっともぉ、このまま乾杯しちゃいましょ! ハイ、カンパーイ!」


 それに続いて皆が乾杯と叫んだ。


 もう何度目かわからない乾杯に、私と恭太さんは笑いっぱなしだ。たぶん明日は頬が筋肉痛になっているはずである。いままで無縁だったそれは、確実に幸せな痛みだ。


【終】

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