3-6 体罰

「本当に素敵な部屋ね」


ジェニファーは窓の外に目を移すと『ボニート』の美しい名峰を眺めることが出来る。


「ジェニーも『ボニート』の山が好きだったわね……」


ポツリと呟いた時。


――コンコン


部屋にノックの音が響いた。


「誰かしら?」


訝しげに扉を開けると、現れたのは執事長のカルロスだった。彼の足元にはジェニファーの荷物がある。


「ジェニファー様、お荷物を運んで参りました」


「わざわざ運んでいただき、ありがとうございます」


「中に入ってもよろしいでしょうか?」


「ええ、どうぞ」


笑顔で返事をするとカルロスは荷物を部屋に運び入れ、神妙な顔つきでジェニファーを見つめる。


「あの……何か?」


「ジェニファー様、大変申し訳ございませんでした」


カルロスは謝罪の言葉を述べ、頭を深々と下げた。


「え? 一体何のことですか?」


何のことか分からず尋ねると、カルロスは顔を上げる。


「シドから話を聞きました。つい先ほど、メイドがジェニファー様に大変失礼な態度を取ったそうですね。そのメイドには罰を与えることにしましたので、どうか我々の不手際をお許しいただけないでしょうか?」


その言葉にジェニファーは驚いた。


「え? でもあれは、この屋敷全体の決まり事ではなかったのですか?」


「まさか、そんなはずはありません。一部の使用人達が勝手に決めていただけのことです。ジェニファー様はテイラー侯爵夫人なのです。立ち入ってはいけない場所など何処にもありません」


カルロスの表情は硬い。


(てっきりニコラスが命じたものだとばかり思っていたのに……そうでは無かったの?)


「では……彼女に一体どんな罰を与えるのですか?」


「はい。3回の鞭打ちと丸2日の食事抜き。そして1人で1週間分の薪割り作業をさせることにしました」


その言葉にジェニファーの顔は青ざめる。


「そ、そんな! 私は気にしていないので、罰を与えるのはやめて下さい!」


「あのメイドは自分の立場もわきまえず、ニコラス様の奥様でいらっしゃるジェニファー様に無礼な態度を取ったのです。罰を与えるのは当然のことです」


「それでも罰は駄目です! 1人で1週間分の薪割りなんて重労働ではありませんか! それに2日も食事抜きの上に、ムチで打つなんてやめてください!」


「ですが、それでは他の使用人達にしめしがつきません。悪いことをした者には罰を与えなければ」


一方のカルロスも全く引こうとはしない。


「だったら、私に罰を決めさせて下さい! お願いします!」


ついにジェニファーは頭を下げた。これにはさすがのカルロスも慌てる。


「何をなさるのです? ジェニファー様。我々使用人に頭など下げる必要はありません。どうか顔を上げてください」


「でしたら、私に罰を決めさせていただけますか?」


ジェニファーは顔を上げた。


「分かりました。それではどのような罰をあのメイドに与えますか?」


「……便箋に反省文を書いてもらえれば十分です」


「何と……たったそれだけですか?」


(罰と言うには、あまりにもお粗末な……しかし……)


カルロスは真剣な眼差しで自分を見つめているジェニファーにジェニーの面影を見出し、それ以上反対することは出来なくなってしまった。


「承知致しました。では、あのメイドに反省文を書かせることにします。書き終わった反省文はメイド本人に持ってこさせ、読み上げさせることにしましょう」


「お願いを聞いてくれてありがとうございます。でも、これで良く分かりました。ジェニーはテイラー侯爵家で大切にされていたのですが、このお屋敷でもそうだったのですね。良かったです。ジェニーは短かったけれども幸せな人生を歩むことが出来たのですね」


周囲から様々な悪意のある目を向けてこられたジェニファーとは違い、愛されてきたジェニーは羨ましい限りだった。


「……そうですね」


カルロスは複雑な思いで返事をした。

何故ならこの屋敷の使用人達も又、ジェニーが毎晩のようにジェニファーの名前を呟きながら泣いてうなされる姿を見てきたからだ。


(一体、2人の間で何があったというのだろう……? ジェニファー様はこんなにも心優しい方なのに……)


疑問に思うも、カルロスは尋ねることなど出来るはずも無かった――


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