3-5 怒りのシド

「一体、それはどういう意味だ! 今、ニコラス様と婚姻されているのは眼の前にいるジェニファーさまだぞ!? それなのに出入り禁止の場所を設けるとはどういうことだ! ただの使用人が侯爵夫人に対して、そんな口を叩いても良いと思っているのか!」


怒りに満ちたシドがメイドの右手首を握りしめた。


「そ、それは……い、痛いっ!」


騎士のシドに握りしめられたのだ。メイドの顔が痛みと恐怖で歪む。


「やめて! シド! 乱暴はしないで!」


「そうですよ、シドさん! ジェニファー様の言うとおりです!」


ジェニファーとポリーが必死で止める。


「っ! わ、分かりました……」


シドが手を離すとメイドは怯えた様子で握りしめられた手首を抑える。


「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」


ジェニファーが心配そうに声をかけた。


「は、はい……だ、大丈夫です……」


シドが余程怖いのだろう。メイドは震えながら返事をする。


「分かりました。今言われた場所には行きませんから」


「ジェニファー様! 何を仰っているのです!?」


ジェニファーの返事に、シドが反応する。


「だって、突然訪ねてきただけでも迷惑をかけてしまっているのよ。それに一ヶ月はお世話になるのだから、こちらの方針に従うのは当然よ」


「従うって……ジェニファー様はニコラス様の妻ですよ?」


「……」


しかし、その言葉にジェニファーは答えることが出来なかった。自分の立場が、とてもではないがニコラスの妻には思えなかったからだ。


気まずい沈黙が少し続き……シドがポツリと言った。


「では、俺達を部屋に案内してくれ」


「は、はい。案内いたします」


メイドは怯えた様子で返事をし……シドとポリーは今度こそジェニファーの部屋を出て行った。


――パタン


扉が閉ざされると、ジェニファーはため息をついた。


「ジョナサンが眠っていてくれて助かったわ」


腕の中で眠るジョナサンの頭をそっと撫でると、ジェニファーはベッドの上にそっとジョナサンを寝かせた。


「私、本当にこのお城でお世話になって良いのかしら……ここでも歓迎されていないみたいだし。お金があれば、どこか小さな家を一軒借りて……」


そこまで言いかけ、ジェニファーは口を閉ざす。


(駄目だわ……私1人なら、どうとでもなるけどジョナサンがいるわ。私の役目はジョナサンのシッター。この子はいずれ侯爵家の跡取りになるのだから責任を持って、育てなければ。そして、私の手が必要なくなれば役目も終わるもの……)


ジェニファーは自分でも気づかぬうちに、既にニコラスとの離縁を考えるようになっていた。

けれど、それも無理もない話だ。

ニコラスには再会したときから良く思われず、使用人たちからも見下されて冷たい態度をとられた。


そして、ここ『ボニート』の城でもあまり自分が歓迎されていないような気がしてならないのだ。離縁を考えるのは当然のことだった。


「ジョナサン、あなたが私を必要としなくなるまでは……そばにいるわね」


ジェニファーはスヤスヤと眠るジョナサンの頬を愛しげに、そっと撫でるのだった――





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