5 夕食会での話
――18時
この日、アドニス様を交えた初めての夕食会が行われることになった。
「……はい、出来たわ。アデル、とても可愛いわよ?」
アデルの髪に水色のリボンを結んであげると、鏡の前に立たせてあげた。
ピンク色のワンピースドレス姿のアデルはまるで、お人形のように愛らしかった。
「……可愛い?」
アデルが私を見上げて尋ねてくる。
「ええ。勿論、とっても可愛いわよ」
頭を撫でてあげると、満面の笑みを浮かべるアデル。本当になんて可愛らしいのだろう。今の私はアデル無しの生活はもう考えられなくなっていた。
「……お兄ちゃん、何て言ってくれるかなぁ?」
心配そうな表情を浮かべるアデル。
先程のお茶の席で、始終アデルは硬い表情を見せていた。
アドニス様は一生懸命アデルに話しかけていたが、ただ頷くか首を振る反応しか見せなかった。
そんな姿に少し困った様子を見せていたが、それでも優しくアデルに接してくれていた。
「私のこと、可愛くない困った子だと思っていたらどうしよう……嫌われていないと思う?」
アデルはじっと私を見つめてくる。先程の自分の態度を気にしていたのだろう。
「大丈夫よ。アデルみたいな可愛い子を嫌うはずないでしょう?」
アデルの前にしゃがんで目線を合わ、小さな肩に手を置いて言い聞かせた。
「本当? お姉ちゃん」
「ええ、本当よ。お兄様はアデルのこと大好きなのよ? 勿論私だって、アデルが大好きよ」
「うん、私もお姉ちゃんが大好き」
大好き……その言葉が私の胸を温かくしてくれる。
「ありがとう、アデル」
嬉しくてアデルを抱きしめた。
メイドとして働いていたあの頃。
クリフ、リリス……それに伯爵夫妻や使用人たちの誰もが私を冷たい視線で詰っていた。
こんなに皆から嫌われている私は、とても孤独で誰からも必要とされていない。
この世界で生きる価値など無いと言われている気がしてならなかった。
けれどシュタイナー家の人たちは誰もが親切にしてくれる。
そして何より、アデルが私を必要としてくれているのだ。
「私も、アデルが大好きよ」
「うん」
アデルが私の背中に手を回した、そのとき。
――コンコン
『アデル、入ってもいいかな?』
ノックの音と共に、アドニス様の声が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
返事をすると、アドニス様が部屋に入ってきた。薄いグレーのスーツ姿のアドニス様は眼を見張るほど素敵だった。
「食事の時間になったから、迎えに来たんだけど……驚いたな。あまりにも可愛くて、どこのお姫様かと思ったよ」
アドニス様はアデルの側にやってくると、目線を合わせるようにしゃがんで笑顔を見せる。
「本当?」
アデルが小さく尋ねる。
「うん、勿論だよ」
アドニス様は笑顔で、アデルの頭を撫でると立ち上ると今度は私に視線を移した。
「君も素敵だよ。そのドレス、良く似合っている」
「あ、ありがとうございます」
その言葉に、思わず頬が熱くなる。
今日、私が着ているドレスは婦人が若い頃に着ていたデイ・ドレスだった。
だがそれは今夜のドレスだけに限ったことではない。
シュタイナー家で働き始めてから、私は夫人から沢山の服やドレスを貰い受けていた。
「気に入らなければ、処分してもらっても構わないわ」と夫人は言っていたが、どれも素敵なデザインばかりで気に入っていた。
シュタイナー家からは十分すぎるくらい給料は貰っていたが、私は殆どを貯金に回し、服を買ったことは一度もない。
今はアデルのシッターとして働けているけれども、いずれ彼女は成長して私は必要なくなってしまうだろう。
将来ニコルと一緒に暮らすためにも、少しでも節約しておきたかったからだ
「二人共準備ができていることだし、そろそろ行こうか?」
アドニス様が笑顔でアデルに手を差し伸べる。
「?」
首を傾げるアデルに私は教えて上げた。
「アデル、お兄様と手を繋いであげて?」
「う、うん……」
アデルが恐る恐るアドニス様の手に触れると、彼はその小さな手をしっかり繋ぐ。
こうして私達3人はダイニングルームへ向かった――
****
夕食の席は、アドニス様の話で盛り上がっていた。
「そうか、アドニスは首席で大学を卒業したのだな?」
シュタイナー氏が嬉しそうに話しかけている。
「はい。やはり当主になる以上は優秀な成績を収めることが重要課題ですから」
「さすがはアドニスね。私達の自慢の孫だわ」
夫人もとても嬉しそうだ。
私はアデルの料理を食べやすいように切り分けてあげながら3人の話に耳を傾けていた。
やがて3人の会話は、今後のことについて及んできた。
「そういえば、アドニス。いつ『ソルト』に戻るつもりなのだ」
「まだ少しはいるのでしょう?」
「いえ。……来週には『ソルト』に戻るつもりです。一日でも早く領主の仕事に就かなければなりませんから」
え……? 来週には、『ソルト』に……?
シュタイナー夫妻も互いの顔を見合わせる。
アドニス様の話に、私達が戸惑ったのは言うまでも無かった――
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