第216話 想いと想い
時計の音が刻む中、俺はエルフの治療をしているレティナをダイニングで待つ。
ここに居る理由はもちろん俺が男だからだ。
ローデッドの屋敷の時はあまり見ないようにしていたが、エルフは全裸の状態であった。
着替えなども踏まえると俺ではなくレティナが適任だろう。
少しざんね……じゃなく、とにかく助けれて良かった。
そう一先ず安心するも、この後の事を考えなくてはならない。
きっとローデッドが暗殺されたという出来事は広まるだろう。
女王の耳にもそれは入るはずだ。
問題なのは女王がそれを聞いてどう対処をするかという話。
動き出すこともなく、ただ傍観しているだけならいい。
だが、もしも犯人を捜そうと動くのならば、厄介な事になる。
一瞬で首を引っ込めたけど、あの赤い目に見られた気がするんだよな。
昼間に何度もあの目は俺のことを視認してるし、もし俺の顔を確認していたら、レティナやロロウさんを危険にさらす事になる。
ていうか、根本としてあれは監視の目なのか?
あの量の目を通して見る情報を人間が管理できるのだろうか?
正直考えられないけど……
「レンくん、お待たせ」
そう思考に耽っていると、レティナが部屋から姿を現す。
「どうだった?」
「命に別状はないよ。今は疲れ切っちゃって眠ってる」
「そっか。良かった」
対面に座るレティナ。
話したいことは沢山あるのだが、先程まで会話を交わさなかった為か、少し気まずい空気が流れる。
そんな空気を先に破ったのはレティナだった。
「レンくん、どうしてさっき無視したの?」
やっぱりその話からだよな。
怒っているような表情を浮かべるレティナは、俺の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「……俺が殺しても、レティナが殺しても変わらないでしょ?」
「変わるよ。レンくんは人を殺しちゃいけないの」
「どうして? 黒い感情が大きくなるから?」
「うん……」
「あれはもう大丈夫だよ。四年前のことを思い出さなければ、これ以上酷くならない。それにレティナは人を殺したくないでしょ?」
「なんで?」
「なんでって……昔からレティナはそういう事避けてたから」
俺の為にしたくもない殺しをするレティナなんて見たくない。
そう直接的に言えばよかったのだろうか。
「もうレティナはあの頃みたいな子供じゃないよ?」
レティナの瞳からふっと光が無くなった。
「殺しなんてもう何も感じない。悪い事をしたなら死んで当然だよね? そうレンくんも言ってたし、レティナもそう思うよ。だから、私の代わりに手を汚す必要なんてない。逆にレティナがレンくんの代わりに手を汚すの。それが普通だよね? だって、レンくんは黒い感情があるんだもん。あの子の魔法が掛かってるって言っても、完全じゃない。完全だったら黒い感情なんて湧かないよね? レンくんはずっとレティナの側に居て、ずっと穏やかな毎日を送ればいいんだよ。そうしたら、不安にならないし、死ぬまで一緒に居れる。でも、レンくんはこう言っても聞いてくれないよね? どうして? ねぇ、どうして素直に聞いてくれないの?」
今まで溜めてきた想いが決壊したかのように喋るレティナは、まるで別人ではないかと疑うほど狂気に満ちていた。
だが、そんな彼女を見ても、俺の気持ちが揺らぐことはない。
「レティナ……ごめんね」
壊れないように優しくレティナの頭を撫でる。
すると、彼女ははっと我に返ったような表情をした。
「確かにレティナの言う通りに過ごしていれば、お互いこんなにも悩まないと思う。罪人の処理はレティナやみんなに任せて、俺はただ穏やかに過ごす。そんなのもいいのかもしれない」
「な、なら……」
「でもさ、言葉にするのが難しいんだけど、それじゃダメなんだ。罪人の処理を他人に任せるのも、俺だけが平穏な毎日を送るのも……なんか嫌だ」
これはきっと感情的なものだ。理屈どうこうの話ではない。
「俺は冒険者だから……これからも人を救うし、罪人は殺すよ。例えレティナが不安になっても、きっとそこだけは譲れない。というか、冒険者には切っても切り離せないものだと思う」
この問題の解決する糸口は一つだけ。
俺が冒険者を辞めることだろう。
それをレティナは提案してくるかもしれない。ただ、俺はまだ冒険者を辞めるつもりはない。
力のある者が弱き者を助ける。
誰かが言ってくれたその言葉が、俺の心に根付いているからだ。
「……レンくんは強すぎるよ。私がレンくんの立場ならきっと甘えちゃう……ほんとそっくりだね」
以前と同じレティナなら、泣き出すと思っていた。
でも違っていて、レティナはただ寂しく笑う。
そっくりって……誰のことを言ってるんだろう?
そんな疑問が頭に浮かぶ中、レティナはすっと表情を切り替えた。
「……うん、分かった。でも、覚えてて。私もレンくんの為なら無理するから。そこだけは譲れないよ?」
「分かってる。いつもありがとう、レティナ」
再び頭を撫でると、レティナは嬉しそうな顔を浮かべた。
結局のところお互い直してほしい点は改善されなかった。
だが、こうして心に秘めている想いをぶつけたことで、また一段と愛おしさのようなものが増えた気がする。
それから俺たちはこれからのことを話し合った。
今置かれている現状。そして、柔軟に対応するための策。
とりあえず今日のところは相手の出方を伺うことで決まったので、その日はお互い眠ることにした。
エルフがベッドを占領している為、俺とレティナは壁に背中を預け身を寄せ合いながらではあったが、窮屈というわけでもなく、とても幸福感溢れる気持ちで眠りにつけたのだった。
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