第206話 二人っきりということは……


 「……んっ」

 「っ!?」


 こ、これは事件だ。


 時刻はおそらく日をまたいだ深夜。

 無防備に寝ているレティナは俺の方に寝返りを打つ。

 ローゼベルグのローちゃん(レティナが名付けた)を疲労させない為、客車はできるだけ小さい物を用意した。それでも、大の大人が二人並びで寝て少し余裕があるくらいは広い。

 そう……広い……はずなのに……


 な、なんで俺の背中壁についてるの!?


 これ以上レティナから距離を取ることができない状況に物凄く動揺してしまう。


 お、落ち着け、レオン・レインクローズ。

 いつまでもドキドキしてるだけでは男が廃るだろ!


 そう考えた俺は冷静さを取り戻そうと思考する。

 今は誰も俺たちの邪魔ができない。

 ミリカもルナも、それこそマリーでさえ。

 俺とレティナは好き合っているのだ。

 つまりここで俺が手を出しても何ら問題はないはず。


 ……よしっ、もうミリカにヘタレなんて言わせないぞ!


 すぅすぅと寝息を立てているレティナをまじまじと見る。


 本当に綺麗な顔だな、と思いつつ、俺はとりあえずレティナの頬に優しく触れた。


 「……んんっ」


 幸せそうな表情を浮べるレティナに思わず心臓が脈打つ。


 な、な、なんだかいけないことをしているみたいだ。つ、次は……


 俺はレティナが起きないように、そっと抱きしめる。ここまでは拠点に居てもできることだ。

 も、もっと攻めるならやはり……


 女の子には男の希望が詰まっている。

 その希望がどこの部分を差しているのかなんて、詳細には言わない。

 きっと全世界の男は分かっているはずだからだ。


 手を髪からうなじへ、うなじから首へ。

 後は下に動かせば、男の希望に到達できる。


 もう何十年も俺は待った。

 いや、待ったというより待たせたと言った方が正しいかもしれない。

 ふぅ……億すな俺。従え、己の欲求に!!


 首元で止めていた手を下に動かす。

 もしここでレティナが起きても、もうこの衝動を抑えることはできない。

 気持ち悪いと蔑まれてもいい、怒ってくれても構わない。

 いや、やっぱりそれは嫌だけど、きっとレティナなら許してくれるはず!


 徐々に下がっていく俺の右手。

 その右手はついに……ついに……


 「……んっ」


 到達したんだ。

 この世のどんな物よりも柔らかく、至高なものに。


 少しだけ反応したレティナの声が情欲をそそる。

 これ以上の事もしたいが、もちろん俺はそんな経験などしたことはない。


 ……ふ、ふ、ふむ。

 こ、ここからどうすればいいんだ?


 レティナが寝てくれて良かったと心の底から思う。

 こんな頼りない姿を見せれば、百年の恋も冷めてしまうに違いない。

 少し不安になった俺は念のため、レティナの顔を確認する。

 うん、まだ起きてはないみた……い……


 「……」

 「……」


 え、えっと……眠ってても頬って赤くなるの?

 そ、そういうものなの?


 分からなかった。

 全然分からなかった。

 ただ分かるのは早く右手を放した方がいいということだけだった。

 そんな直感があるにも関わらず、何故か右手は吸い付いたように放れない。


 「……レ、レティナ?」

 「……」


 小声で話しかけてみるも、聞こえるのは近くにある川のせせらぎだけ。


 なんて癒される自然の音だ……って、ばか! 現実逃避するな、俺。

 も、もう一度冷静になってみよう。

 レティナが起きていなくても、寝たふりをしていても今の状況は非常にまずい。

 前進か後退か、どちらにするか決めなくては。


 う、う~ん、と悩んでいる時間、レティナの頬が先程よりも赤く染まっていく。

 対する俺は、変な汗が湧き出ていた。


 きょ、今日のところはこの辺で止めておくか。

 べ、別に日和ったわけではない。

 た、ただ、まだ旅立ってから一日しか経ってないし、エルフの事もあるし、シュバーデンをどうするかも考えなきゃだし……


 吸い付いていた俺の右手は、何故かあっさりと男の希望を解放した。

 もっと早く言うことを聞いてくれよ、と思うも、俺は即座に立ち上がる。


 よ、よしっ、汗をかいたから水浴びをしてこよう。


 そそくさと客車の扉から逃げようとした時、


 「……ばかレンくん」


 そう呟いたレティナの声が聞こえた。


 カルロス……見えないよ。

 本物の男っていうのが。


 言い訳をして結局逃げてしまった現実に、俺は小一時間ほど小川に向かって石投げをするのであった。

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