第86話 海だ!!③


 全員がルナとゼオに向けて、走り出す。

 やはりというべきか、先頭を走るのはマリーであった。

 砂浜の上でもぬかるんだ土の上でもマリーの速さに勝てる者はいない。

 どんな場所でも最高速度を出せるのが、マリーの強みなのだ。


 だが、海の中は話が違う。


 泳いでいるマリーに追いついた俺は、一直線にルナの方へと向かう。

 ここで重要なのが、ルナとゼオの間には割と距離があるということだ。

 二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉があるように、選ぶべき者は間違えてはいけない。


 「レオーーン」


 俺を呼ぶルナが待っている。

 このまま泳ぎ続ければ、すぐにルナを救い出すことができるだろう。


 これはいける。


 そう思った時だった。


 「!?」


 突然足を引っ張られ、水中へと引き摺り込まれる。


 誰だ!?

 こんな事をしてれば、二人とも敗者になってしまうのに。


 ぶくぶくと気泡が俺の口から出る中、足を掴んだ者を視認する。


 俺に追いついたのは、まさかのミリカであった。


 ミリカの口が何かを言っている。


 (み・ち・づ・れ)


 くそっ。いつからそんな姑息なことを覚えたんだ。

 いくら勝負といえど、水中の中でミリカを蹴ることはできない。

 それならば……


 俺はミリカに向けて悲痛な顔を取り繕い、


(わ・か・っ・た)


 と口で伝える。

 俺が道連れになることを決心してくれたと思ったのか、ミリカは俺の足から手を離し抱きつこうとした。

 が、その一瞬の隙から俺は水面へと脱出し、一目散にルナの元へと泳ぎ出す。


 脱出する際、ミリカの瞳が悲しく俺を映していた。

 だが、これは勝負の世界だ。

 例えミリカが俺に騙されたとしてもそれは仕方のないことなのだ。


 まるで悪役になったような気分のまま、ひたすら泳ぎ続ける俺。

 幸いなことにカルロスとマリーはゼオの方へと向かったのだろう。

 ルナと俺の間には誰も居なかった。


 待ってろ、ルナ。このまま俺が助け出してやるからな。


 ルナとの距離がもう少しというところで、勝ちを確信した俺は減速をした。

 カルロスのように、ルナに水飛沫を当てちゃ反則負けになるからだ。


 優しくルナに触れたら勝ち。

 そう思った時であった。


 唐突に俺とルナの間に一人の女の子が顔を出す。

 その女の子はルナに触れて、辿り着いた俺に満面の笑みを浮かべた。


 「レンくん。私の勝ちだね」


 な、何故だ!?

 俺とルナの間には誰も居なかったはずだ。

 それは泳いでいても分かったし、カルロスとマリーはゼオの方にいる。


 ま、まさか……


 「……す、水中を潜って……?」

 「うん。ミリカちゃんがレンくんを水中に引きずり込んだ時は、バレたかなって思ったけど……ごめんね。レンくん」


 漁夫の利というのはこういう事を指すのだろう。

 レティナは俺とミリカの攻防に回り込んで密かにルナとの距離を詰めていたのだ。


 「……はぁ。まさか、レティナに負ける日が来るとはね」

 「ふふっ。私も成長してるんだよ?」

 「レティナちゃんすごーい。ルナ全然分からなかった」

 「ありがと。ルナちゃん」


 これは完敗だ。

 こんな事ならミリカを裏切らずに、一緒に朽ち果てれば良かった……


 ルナを救出した俺たちは、元居た浜辺へと泳いで戻る。

 浜辺の上では先に戻っていたミリカが立ち、俺を無心で見つめていた。


 「あ、あぁ。ミリカ……その……元気?」

 「……」

 「いやぁ、俺もレティナに負けちゃってね。流石はレティナって感じだったよ……あの、ごめんね。頼むからそんな目で俺を見つめないで」

 「ごしゅじん……ミリカに嘘ついた」

 「そ、そう?」

 「誤魔化してもダメ。あの時、ミリカ嬉しかった」

 「いや……ほんとごめん」


 表情を見れば分かるが、ミリカは怒っている。

 下唇を噛んで恨めしく俺を見つめているその姿に思わず視線を逸らす。


 勝負に負けて、ミリカを怒らせる。

 これじゃ何のためにミリカを騙したんだ。

 ……せめて勝ちたかったなぁ。


 そんな俺たちの元に、ゼオを救出したカルロスとマリーが何か言い合いをしながら近寄ってきた。


 「だから、私が最初よ!?」

 「あ? 俺が最初だっつうの。な? ゼオ」

 「い、いや……あの……」

 「ねぇ、ゼオ君。私が最初よね?」

 「えっと……その……」

 「おい、ゼオ。はっきり言っていいぞ。俺が先だよな?」

 「は? カルロスそれは卑怯よ。脅しとなんら変わりないじゃない。これは反則負けよね」

 「あぁ? どこが脅しなんだっての。いつも通りじゃねぇか」


 カルロスとマリーが言い合いしている間にいるゼオは、気まずそうに二人を見上げていた。


 「あの……これどういう状況?」

 「えっとですね……カルロスさんとマリーさんが僕に触れたんですけど……その同時でして……」

 「同時じゃないわ。確実に私が先」

 「何言ってんだこいつ。俺が先って言ってんのによ」


 二人の言い合いはとどまる所を知らずに、いつ取っ組み合いが始まるか分からないほど興奮していた。

 俺たちの被害者はミリカだが、こっちの被害者はゼオのようだ。

 俺はこれ以上争いごとを起こさないように、口を開く。


 「じゃあ、二人とも勝ちでいいでしょ」

 「は?」

 「あ?」

 「いや、二人ともさ? ゼオのこと少しは考えなよ。ほらっ、顔見て? 困った顔してるじゃんか。ラブアンドピースって母さんから教えてもらったよ。愛と平和が世界を救うんだって」

 「……ごしゅじん。ミリカの平和は?」

 「そ、そうだね。これから救ってあげよう」


 ミリカの頭を撫でると、ミリカは気持ちよさそうに瞳を閉じる。

 カルロスとマリーもゼオの顔を見て、興奮が収まったのか 「ごめん」 と素直に謝っていた。


 なんにせよこれで一件落着だ。


 「よし。じゃあ、お腹も減ったし何か食べようか」

 「おっ。そうだな。ちなみに、そっちはレオンが勝ったのか?」

 「ううん。私だよ?」

 「…………なんつった?」

 「私だよ?」

 「……は??」


 カルロスとマリーが同時に俺を見つめる。

 そんな動揺した目で見ないでくれ。

 負けた事実がとても恥ずかしい。


 「……まさかレオンちゃんを負かしたのが、レティナとはね」

 「ちっ。俺が最初なはずだったのによぉ。何負けてんだか」

 「まぁ……現役には勝てないってことだね」

 「いや、レオンもまだ現役だろうが」


 今まで幾度となく開催された勝負に、俺は今日初めて負けた。

 ただ、負けたのがレティナだからだろうか。

 少しだけ恥ずかしさはあるものの、悔しいなどとは微塵も思わなかった。


 「まぁ、とりあえず何か食べようか。お腹も減ったし」

 「うん。ルナもお腹減ったー」

 「僕もです」


 みんなが頷いたのを見た俺は、先頭に立ち歩き出す。

 海の店はそう遠くない距離にあり、歩いて数分であった。


 焼きそば、イカ焼き、かき氷、様々な料理がある店の中、俺はテーブルの確保の為に一人で席に座る。

 店の前には料理が出来るのを待っている人たちが数人居た。

 仮に俺がそこで並んでいたら騒ぎになっていたかもしれないが、それを杞憂したレティナが俺をテーブル確保係に任命したのだ。

 流石は何年も俺のことを見ているだけのことはある。


 気が利くレティナに甘えて、俺が一人で待っていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。


 途端に嫌な想像が頭の中を巡る。


 拠点のみんなは今、注文を頼むために並んでいる。

 つまり、後ろに居る者は俺が全く知らない者ということだ。


 ここで見つかってしまったらめんどくさいことになる。

 騒ぎになるのは明白だし、この店に迷惑をかけるだろう。


 俺はどう騒ぎを抑えるかを考えながら、恐る恐る後ろを振り向いた。


 「レ、レオン様の肩に触れてしまったのじゃ」

 「わ〜こんなところに〜居たんですね〜」

 「え? フェルとポーラ?」


 俺の目の前には、この場所に似つかない魔術師用のローブを着ているフェルとポーラの姿があった。

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