第27話 不穏な空気
「え? マスターそれって倒れていた本人が言ったんですよね?」
俺はマスターの言った言葉をまだ理解できずにいた。
……幼女?
いや、どういうこと??
「あぁ。その冒険者も少し記憶が曖昧でな。幼女を見た……ような気がすると」
「なるほど? では、それが確かなものか判断が付かないということですね?」
「まぁそういうことだ。だから、今は保留にしてあるが、レオンではない違う冒険者に調査を依頼しようとな。ただ、万が一レティナの言う通り転移魔法を扱える者が居るのならば……はぁ……」
マスターは椅子の背もたれに背中を押し付けるように座って、天を見つめている。
「一応内容は把握しました。今は二つとも俺に依頼するような話じゃないってことですね」
俺はほっと胸をなでおろす。
すぐに依頼を頼むという話になれば、当然断ろうと思っていた。
ただ、現状はまだSランクに頼む依頼でもなさそうだ。
「あぁ。呼び出してすまなかったな。だが、もし解決する見込みがつかない場合、レオンに頼むことになるかもしれない」
「まぁ……はい。<月の庭>の冒険者たちと王国騎士団に期待するとしますよ」
いや、冗談ではなく本気で頼むぞ?
国の為にも勿論そうだけど。
俺の為にも精一杯尽力してくれ!
「では、昨日の話はこれで終わりだ。この後はデートか?」
マスターがにやっと揶揄うように俺とレティナを見つめる。
「そうですね。指導も終えたことですし、今日はレティナと二人で新しくできたケーキ屋に行くんです」
「あぁ! あそこか。あの店のケーキは美味しかったぞ。特にイチゴのショートケーキが絶品だった」
マスターは思い出すようにうっとりとした表情を浮かべた。
普段のマスターの顔からは想像もつかないほど、女性らしさを感じる。
マスターのこんな顔初めて見たかも。
相当そのケーキが美味しかったんだろうな。
まぁマスターも色々大変そうだから、今度買ってきてあげるか。
そんなことを思い、ふとレティナを見ると、じーと俺を訝しげに見つめていた。
「レンくん……何か変なこと考えてる?」
「い、いや? レティナ考えすぎだよ。これからデートだろ? 楽しもうね」
デートという言葉にレティナの頬が少し紅潮する。
先程迄の表情は無くなり、俯いてもじもじとさせている姿はとても可愛いらしいものだ。
「あぁ。そういえばシャルが言っていたぞ?」
「ん? 何をですか?」
照れているレティナを見ながらマスターの言葉に反応する。
「確か……見込み以上に強くなったらアクセサリーをプレゼントしてくれると。ちゃんと期待に応えてあげるのだぞ?」
おいおい、マスター。
それは今言うべきタイミングじゃありませんよ……?
照れて俯いていたはずのレティナは、今俺を見上げている。
もちろん殺気を込めてだ。
「レンくん……? どういうことかな?」
俺はそんなレティナから視線を逸らし、口笛をひゅ〜ひゅ〜と吹いて誤魔化すことしかできないのであった。
<月の庭>を出て二人で一緒に歩く。
だが、俺たちの足取りはいつもより重い。
理由は明白だ。
シャルにアクセサリーを買ってあげることを約束したせいだろう。
レティナは明らかに機嫌がよろしくなかった。
「レティナ……?」
不機嫌なレティナの横顔を見ても、ふいっと目線を合わせてくれない。
いや、これ全部マスターが悪いでしょ!
俺は心の中でマスターを恨みながら、今できることを必死に考える。
レティナはよく嫉妬する。これは昔からだ。
何十年と一緒に居たレティナの宥め方は、俺が一番よく知っている。
不機嫌になっているレティナの左手を優しく繋ぐと、
「レンくん……ずるくない?」
口を尖らせるレティナは上目遣いに俺を見上げた。
「ずるくないよ。今日はデートだからね。楽しまないと損だろ?」
「う、うん……そうだけど……」
レティナはまだ何か言いたいことがあるのか、見上げていた視線を足元に落とす。
そして、少し悲しそうに呟いた。
「私……レンくんにアクセサリーなんて貰ったことないもん」
う~ん、確かに。
レティナやカルロス、それとマリーとミリカ。
俺は今までそのメンバーにアクセサリーなんて贈ったことは無い。
俺たちは冒険者だ。
誕生日なんかの祝い事は、大抵武器か防具のプレゼントだった。
そして、プレゼントした後は大きなホールケーキをみんなで食す。
これが<魔の刻>の恒例行事になっていた。
なるほど。アクセサリー……か。
「そっか。ごめんね。正直アクセサリーのプレゼントなんて考えてもいなかったよ。魔力アップの補助なんて、レティナが付けても効力なんてないからさ。レティナが欲しいなら今日買いに行く?」
「えっ? いいの? 私誕生日でも何でもないよ?」
「指導手伝ってくれたろ? そのお礼だよ」
俺の言葉に握っていたレティナの左手が、ぎゅっと反応するように強く握られた。
そして、凄く嬉しそうな顔をしている。
ふむ、完全に機嫌を取り戻したみたいだ。
それにしても、今までアクセサリーのプレゼントなんて本当に考えたこともなかったな。
俺は左手で首に掛っている剣のネックレスを握りしめる。
幼少期の頃、誕生日でもないのにレティナから貰った剣のネックレス。
あれ? 何でこれ貰ったんだっけ?
何故か思い出せない記憶に違和感を覚えながら、レティナと二人でケーキ屋さんに向かったのだった。
「わぁ! レンくん! 凄いいっぱい種類があるよ?」
レティナは目をキラキラさせてケーキが並んでいる小ケースを見る。
ショートケーキ。チョコレートケーキ。チーズケーキ。モンブラン。その他にも様々なケーキが並んでいる。
俺はそんな美味しそうなケーキを見て思わず喉を鳴らした。
「好きなだけ食べていいよ。今日は全部俺の奢りだから」
男は紳士であるように。それと甲斐性があれば何も要らない。
その言葉を教えてもらった父さんの言う通りにする。
「じゃあ、ショートケーキとチョコレートケーキ。あと……この抹茶ケーキ食べる!」
要望通りのケーキを店員さんに頼み、俺たちは混み入った店内の中、空いていたテーブルに座った。
「ふわぁ〜ほっぺたが落ちちゃいそう」
ケーキをぱくっと食べるレティナはうっとりとした表情を浮かべる。
そんなに幸せそうな顔してくれるなんて……来た甲斐があったな。
そんな事を思い、俺も自分で頼んだショートケーキを食べる。
絶妙な甘さ加減にまろやかな食感。
苺もケーキの主張に負けず劣らずの甘さだった。
「こ、これは上手いな」
「だよね! レンくんと一緒に来れて良かった」
二人で一緒にケーキを食べる。
なんてことない日常なのにレティナと二人だからだろうか。
幸福感に包まれていた。
すると突然、俺たちを見ていた青年二人組が声を掛けてきた。
「あ、あの……Sランク冒険者のレティナさんですよね?」
「えっ……? あ、はい」
「うわっ! 本物だ!! 握手して貰っていいですか?」
レティナを見ている青年からは、悪意のようなものを感じない。
「あっ、いいですよ〜」
レティナが一人ずつ握手していく。
その光景を見た周りもざわざわし始めた。
俺はフードを深く被っているのでまだ気付かれていない。
ただ、レティナの方はいつも着ている水色のローブを来ていた。
髪の色より薄いそのローブは特注品であり、レティナのトレードマークでもあった。
俺たちの周りにレティナを一目見ようと人が集まる。
んー、これは少しまずいかなぁ。
俺は残っていたケーキを頬張りながら、レティナの対応を静かに見守るのであった。
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