第26話 騙された!
何故こうなった?
現状を理解しようにも思考が追いつかない。
昨日で<金の翼>の指導は終わった。
もちろん引き続き指導するなんて話にもならなかった。
つまり、今俺は部屋で悠々自適に過ごしているはずだ。
なのに何故……
俺はギルドマスター室にいる?
「レンくん連れてきたよ。ルーネさん」
「ふむ。悪いな。レティナ」
レティナはマスターに挨拶すると高級なソファにぼすっと座った。
こんな状況になったのも一時間前に遡る。
「レンくん! あの約束……覚えてる?」
部屋をノックし入ってきたレティナは俺の瞳を見つめ、もじもじとしている。
「あの約束って……ケーキ屋のこと?」
「うん!」
あどけない笑顔を見せるレティナの表情は、本当に癒されるものだ。
「今日行く? 俺は別にいつでもいいけど」
「今日行きたいな〜。あっ! その前に少し寄りたいとこあるから、先にそっちから寄ろ?」
「うん、いいよ」
寄りたいとこか。
まぁ、ケーキ屋行くだけじゃ俺が申し訳ないから、少しだけ付き合ってやるか。
それがいけなかった。
「レティナに……騙された……」
「えっ!? 騙してなんかないよ?」
心の中で言ったつもりだったが、声に出ていたのだろう。
レティナは俺の呟きを拾うと、心配そうに見上げていた。
もう逃げることはできない。
俺は観念してレティナの隣に腰を下ろす。
「マスターそれで……昨日の件でしょ?」
「まぁな。レティナだけに
なるほど。最初からレティナとマスターはグルだったと……
俺はレティナに恨みの籠った目線を送る。
「レ、レンくん……そんな目で見ないで。マスターの命令は絶対って言ったのレンくんなのに……」
悲しそうに俯くレティナをこれ以上責める気になれない俺は、レティナの頭を撫でながらマスターの依頼をとりあえずといった様子で聞くことにした。
「それでなレオン。別に緊急って話ではないんだ。ただ、もし解決できない場合、君に頼もうかなと」
「え……? 緊急じゃないんですか?」
珍しい。
マスターからの依頼はいつも今日からだったり、明日からということが多いのだ。
俺は緊急ではないという言葉に少し安堵して、姿勢を崩す。
「あぁ。二つあってな。ただどちらも負傷者は出ているが、死者は出ていない」
「なら、大丈夫ですね。他の冒険者が解決してくれるでしょう」
死人が出てないならまだ俺が出るほどのことではないだろう。
てか、そもそもSランク冒険者に頼むことなのか?
「それならいいのだが……」
マスターは何か不安な事があるのか眉を顰める。
「んー、まぁ聞くだけ聞きましょう。その二つとは?」
「あぁ。一つはポーションの価格のことだ。レオンも流石に知っているだろう?」
あぁ。シャルも言っていた話か。
「なんかポーションの材料が強奪されて、高くなったとは聞きましたが?」
「あぁ。ランド王国周辺で商人の馬車が相次いで襲われているんだ」
馬車が襲われてる……ねぇ。
少しだけ黒い感情が俺を襲う。
ただ、マスターは死者は出ていないと言った。
なら、襲われた商人は無事なはずだ。
「なるほど。それで?」
「うむ。幸い死者は出ておらず、襲った輩もポーションの材料だけ奪い取り去っていくらしい。ただ、看過できる問題ではないのは確かだ」
何か裏がありそうだな。
俺はマスターの言葉に相槌を打ちながら、腕を組む。
「その罪人の顔は?」
「それが……白い仮面で顔を隠しているそうで、誰かも分からないのだ。いつも集団で襲いかかり、冒険者を雇った商人さえも襲われている」
「冒険者も歯が立たなかった……と。ちなみに、雇っていた冒険者のランクは?」
「皆、CかDランクほどだ」
なるほど。
CランクもDランクも最低ランクではないだけましだが、多勢に無勢では勝ち目がないのだろう。
「はぁ……最近では冒険者を徘徊させて、襲われる回数こそ減ったが、まだ報告が上がることもあってだな」
そこで<和の魔法>のことを思い出す。
夜にも関わらずあの場所にいたのは、ランド王国周辺の見回りをしていたのだろう。
「あれ? それって王国騎士団はどうしているのですか? それこそ彼らが動くべき案件だと思うのですが?」
「あぁ。ちゃんと動いているよ。まぁ、レオンも知ってる通りあいつらは動くまで腰が重いんだ。その騎士団と冒険者のおかげでこれからポーションの価格も昔と同じ値段に下がる見込みだが、犯人を未だに捕らえられていないのがな」
はぁ、とため息を吐いているマスターも色々厄介事を抱えているのだろう。
だが、この件に関しては解決しそうな見込みがあるので、俺が依頼を受けることは限りなく少ない。
「ポーションの件は分かりましたが……マスターが本当に頼みたいことはもう一つの方でしょ?」
「う、うむ……レオン。<迷いの森>には行ったことはなかったな?」
「はぁ。まぁ、そうですね」
<迷いの森>
その言葉通りの森は、なんの知識もない者が入れば二度と抜けられない場所であり、濃い霧に覆われ視界が非常に悪いのにも関わらず、鋭い牙を持った
そんな<迷いの森>に<魔の刻>は訪れたことがなかった。
理由は至って簡単な事。
行ったとしても、旨みがないからだ。
魔物の素材は需要が低いし、通常の物理攻撃が効かないなんてマリーやカルロスが来たがらない。
そんな<迷いの森>で一体何が起きていると言うのか。
「あの森に、Aランク冒険者が訪れたそうなんだ」
「? 何故ですか? あそこに何かありましたっけ?」
「これも先程の話と繋がるのだが、商人に頼まれてポーションに必要な材料のホワイトフラワーを探していたとか。それでな……気になることを言っていたのだよ」
「気になること?」
マスターは眉を顰めて訝しげに口を開いた。
「迷いの森を探索していたらパーティーメンバーの一人が消えたらしい。何か異常が起きたと思ったメンバーは全員で探したが、見つからなかった。最終的にギルドへ報告しようと入口まで戻ると、その消えた一人が特に外傷も見当たらずに倒れていたんだと」
「ほう……」
確かにおかしな話だ。
<迷いの森>は危険度Bランクに認定されている。
一般人は
それでも、Aランク冒険者がその森で迷子になるとは考えられない。
ましてや、魔物に襲われたとしても無傷の状態で入口で倒れているなんて、奇妙な話である。
「レオン……これは例えばの話だが、魔物が襲わずに入口まで運んだということは考えられないか?」
「ないでしょうね。そんな魔物見たことがないし、もしそんな魔物いるなら古龍くらいでしょう」
龍。この世界の魔物の頂点に君臨し、気紛れで町を襲ったりする厄災な存在だ。
そんな龍の中でも数千年生きていると言われているのが、古龍である。
古龍は邪龍と真龍の二種類に分類されている。
邪龍はその名の通り人間に
お腹を満たす為に人間を喰い、町や国を蹂躙する。
それはまさに天災のようなものだ。
それに対して、真龍は人間と友好的であり、雨が降らない枯渇した大地を潤したり、国同士の戦争を止めたりと、この世界の文献でも真龍がもたらした影響は計り知れない。
ただ、そんな邪龍も真龍も人里から離れた土地で暮らしているみたいで、中々にお目にかかれない存在なのだ。
そんな古龍が<迷いの森>にいるだなんて正直信じられない。
ふむ、とマスターは考え込みそのまま黙る。
マスターも大変だなぁ……
そう思ってると隣で黙っていたレティナが、気まずそうに口を開いた。
「あの……消えた理由が魔物じゃないなら……その……」
「じゃないならなんだ? 何か思い当たる節があるのか?」
マスターがレティナを食い入るように見つめる。
「……ありえないと思うけど……転移魔法とか?」
「えっ……」
「は?」
レティナの唐突な言葉に、俺とマスターはポカンと口を開く。
「いや、レティナ? それも流石に無いんじゃないかな?」
転移魔法は現代で扱える者がいない。
もしそんな者が居れば国が躍起になって探すだろう。
何故ならその魔法を扱えるだけで、犯罪は確実なものになるのだ。
物を盗んだとしても転移して逃げればよし。
暗殺をするならば、対象者の目の前に現れて剣を突き刺すだけで成功。
母さんが教えてくれたのだが、そういう人間をチートと言うらしい。
「でも、古龍じゃないならそれしか考えられないな〜って」
レティナの言葉でギルドマスター室に静寂が訪れる。
可能性は否定できない。
誰も行かない<迷いの森>にレティナの言う通り転移魔法が扱える者がいるのならば、隠れ家としては最高の場所だろう。
俺はレティナの言う可能性を捨てきれないまま静寂を破った。
「そういえば、倒れていた人は何も覚えていないんですか?」
俺の言葉にマスターは表情をキリッと元に戻す。
「あぁ、確か……
幼女を見た……とか」
んんっ?
マスターの言葉に俺とレティナは目を点にさせるのであった。
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