第14話
「そして、にゃんにゃんプリン4の残ったメンバーたちが惜しまれつつも普通の女の子に戻った翌年のこと、とあるアイドルファンがVシネのパッケージに見覚えのある顔を見つけた。大人びてはいたけれど、まぎれもなく三毛プリン、小原涼子その人だった。その後小さな役をこなしながら小原涼子は実力派として名をあげていったんだ。けれど、アイドル時代、そして空白の数年間については今に至るまで公には何も口にしていない」
どうやら記者は小原涼子のファンらしい、件のアイドルファンというのも自身のことなのだろう。急に早口になり口の端に泡が溜まるほど必死に話し、頬が紅潮しているのがそれを物語っている。
それは分かったが、この話と自分を産んだのが小原涼子という話は何処でつながるのだ。
休んだ時期以外に何の関連性も感じない。そんな偶然いくらでもあるだろう。
「あっ、つい興奮してしまって。ここからが本当の本題だ。アイドルファンは小原涼子のその空白の数年間に何があったのかどうにもこうにも知りたくなった。それでアイドルミニコミ誌の編集長の座を自ら降りて、フリーの記者へと華麗に転身して彼女の人生、その足取りをたどった。そして、彼女の地元である吹本町で彼女とその交際相手の話を知ったんだ。地元選出の参議院議員の三男、村田明、当時大学一年生だった彼は、小原涼子に交際をしつこくせまっていた。地下とはいえアイドルだった彼女は断ったが、ライブハウスや膝枕カフェの外で待ち伏せして、半ば強引に交際に持ち込んだらしい。それは彼女がまだ中学一年の頃だった」
中二どころか中一でバイトを、洋平は小原涼子の話に段々興味が湧いて来た。
産みの母とかそういうのは別として、随分激しい人生を送って来た人物のようだ。
自分を便所の息子と蔑んだクラスメイトと類似したスキャンダルへの興味という気持ちかと思うと、無性に気分が悪くはなるが。
「そして中二の五月、小原涼子はアイドルをやめて地元に帰って来た、しかし学校にも顔を出さず、ほとんど外出もしない。たまに見かけるとサイズの大きなゆったりとしたワンピースを着て川沿いを散歩していたそうだ。そしてあのコンビニ事件。まぁあの事件のあった七月辺りは彼女新潟の親戚の家に身を寄せていたそうで、同級生やご近所の人は彼女とコンビニでの出産を結びつけてまではいなかったけれど、私はピーンと来てね、小原涼子のSNSにDMを送った!」
記者の顔は妙に得意げだった。
「そうしたら返事が来てね。あっさりと出産を認めたよ。私はね、これで本を一冊書き上げるつもりなんだ。時代を駆け抜けたアイドル、そして名女優小原涼子の人生をね」
見開いたつぶらな目は、蛍光灯に当たって妙にキラキラ光って見える。
「はぁ……」
あっさりと認め、本まで出す。やはりこの女、小原涼子は俺のことなんて、俺の家族のことなんてどうなってもいいと思っているのだろう。いや、ちらりとも思い浮かべていないのか。
「あぁ勿論、君のことは分からないようにするよ。本を書く条件として、小原涼子さんにきつく言われているからね」
そうか、一応は考えてはいるのか。まぁ今となってはそんなこと無駄だが。俺はもう便所の息子として近所の有名人だ。
自嘲するような薄笑いを浮かべる洋平に、記者は尚も畳みかける。
「それで、君のお父さん、村田明氏にも取材しようとしたんだけどねぇ、残念なことにもう亡くなっていたよ。君の生まれる二か月ほど前に、イヌサフランの中毒でね。どうやら一人キャンプをしていた時に行者ニンニクと間違えて調理して食べてしまったらしい、不幸な事故だった。君には悲しい知らせだね」
正直どうでもよかった。村田明も小原涼子もどちらも自分にとっては赤の他人だ。事件番組を間近で聞くような興味はあったが、自分と関係のある人たちだとは到底思えない。
「いえ、いろいろ聞かせてもらって、じゃあもう」
やっと終わった。安堵感の中別れの言葉を告げたが、洋平は意地でも有難うとは言わなかった。
この男は、長年の憧れの君である小原涼子に何とか近づきたかっただけなのだ。そのために自分という彼女にとっての人生の汚点を利用し、家族をめちゃくちゃにした。
こんなことが無ければ一生知ることも無かったであろう自分の出自、血を引いた人たちのこと、何を教えてもらっても、礼を言うような心境にはなれなかった。
ただ帰って、泥のようにこんこんと眠りたかった。
「そう、随分引き留めちゃったね。君のことさ、一目見て洋平君だってわかったよ。あの頃の三毛プリン、あの猫のようなミステリアスな瞳が生き写しだったからね」
最後に掛けられたそんな言葉も、洋平にとってはいらない情報だった。
中学生アイドルと議員の息子。コンビニトイレ事件の真相はそんな三文芝居でも描かれない様な下世話なスキャンダルだった。
もし事故で命を落とさず村田明が存命だったとしても、決して自分に会いたがるようなことはなかっただろう。どうせ自分の子供ではない、だれの子だかわかりゃしないなどと吐き捨てられて終わりだろう。
女優の方も、まるで有名でない女優だ。
悪名でもいいから、自分の名前を世に出したいのかもしれない。
もし、あの時自分が死んでいたら大スキャンダルでそれどころじゃないが、こうしてぴんぴん生きているから。本当は育てたかったが子供で無理だったとか嘘泣きでもして同情を集めようとしているのかもしれない。
一度も会いに来ようともしなかったくせに。
手紙すら送ってこなかったくせに。
くたくたに疲れ果てて家に戻ると父はまだ帰って来ておらず、母は今のソファーでうたた寝していた。
働き者の母が夕飯の支度も済ませずにこんな風に眠ってしまうのを初めて見る。
それだけ疲れている、心も体も疲れはててしまって夜も眠れていないのかもしれない。
洋平は母を起こさぬように静かにその場を離れ、台所で作りかけのカレーに肉を入れてルーをとかし、研いであった米を炊飯器に入れスイッチを押した。
「あら、洋ちゃんもう帰ってたの」
水の音で目を覚ましてしまったらしい、母があくびをしながら台所に入って来た。
「あぁ、もう晩飯の準備終わったからご飯炊けるまでゆっくり寝ててよ。それと、後で話があるんだ」
言い難い、けれど本についての話を隠している訳にはいかない。
発売されてから知れば、両親のショックはもっと大きくなるだろうから。
「そう、悪いわね。じゃあ、もう少しだけ寝かせてもらうことにするわね」
眠気でそこまで頭が回らないのか母が話とは何なのか聞いてくることはなく、洋平はホッとするような拍子抜けするような気分だった。
その日の夜、いつもなら帰っているはずの時間になっても父は帰らず八時まで待ってから洋平と母は夕飯を済ませ、話は翌日に持ち越しになった。
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