のっぺらぼう

のっぺらぼう

 いつの日からか、男は妻がのっぺらぼうに見えていた。

 夫婦の間柄は冷え込み、まともに会話もない。

 男が頼めば妻は大概の事はしてくれるが、頼まれなければ妻からは何もしない。


 そんな生活を送っていたせいか、男は妻のことがのっぺらぼうに見えていたのだ。

 表情がない、自分に関心がない、どこか虚ろな、そんな妻が、男にはのっぺらぼうに見えていた。


 このままでは良くない、そう思った男は妻と話し合う事にした。

 まずは男は自分が何か気に障る様な事をしたのか、と妻に聞いた。

 そうすると、妻は、特にそのような事はない、と、答える。

 では、不満があるのか、と男が聞くと、妻は、不満があるわけでもない、と答える。


 そこで、男はもう自分のことを愛していないのか、と聞くと、妻は、初めから愛してなどいない、と答えた。

 男は驚く。ならなんで自分と結婚したんだ、と、聞く。

 妻は、結婚してくれと言われたから、と返す。


 男は妻のことがわからなくなる。

 そして、男は妻に、おまえが俺にはのっぺらぼうに見える、と正直に話した。


 そうすると、妻は顔を上げる。

 男にはやはり妻の顔がのっぺらぼうに見える。

 目も鼻も口もない。

 そう言う風に男には、妻が見えているのだ。

 男はのっぺらぼうと言われ妻が怒るかと思ったが、妻は笑いだす。


 妻は無い口を開く。

 やっと気づいたの? 私は生まれてこのかたのっぺらぼうよ、と、笑いながら言った。


 そう言われた男は何もかもが理解できない。

 男にむかい妻は続ける。


 私は人間じゃなくて、のっぺらぼうなの。ああ、比喩とかそういうのじゃなくて妖怪とかそういうのね、と。


 男は更に訳が分からない。

 自分の妻が妖怪だったと、妻本人が言っているのだ。

 だが、妻はさらに続ける。

 妖怪だもの、人間を愛するわけないわ、とも。


 だが、男が出会った頃の妻は確かに顔があったのだ。

 妖怪ではなかったはずだ。

 それを伝えると、妻はまた笑う。


 そして、答える。のっぺらぼうとはそういうものだと。

 周囲に魔法をかけて人間世界に紛れ込んでいるのだと。

 その魔法が解けた為、正体が見えただけなのだと。


 で、どうするの? あなた。私と別れますか? と、妻は顔がないのに、表情がないのに、笑っているように語り掛けてきた。


 男は考える。

 そして、すぐに結論を出す。

 そういうものなら、それでいいと。

 不満がないのなら、それでいいと。


 そう言われた妻は、やはり顔がないのに、表情がないのに、驚ていた。


 男は今でものっぺらぼうの夫だ。




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