バレンタイン後日。

次の日の朝、とても寝起きが悪かった。なかなか眠れなかったからだろうか。

少女漫画如く、食パンを頬張りながらうりは玄関から飛び出した。

パンを飲み込み、走りながら学校へ向かっていると、左の曲がり角から何かが見えた。


本当に少女漫画だ、これから彼にぶつかるのかな―――と思った矢先。

そんな妄想は打ち砕かれる。

曲がり角からやってきたのは蒼井尚、ではなく、知らない人。しかも、自転車のながらスマホの人物だった。


息があってしまったかのように、連動するかのように、二つはぶつかり、目を見開いた。

そして声も出ないまま、両者ともその反動で倒れた。


「いっ……」


うりは右手を抑えた。

どうやらとっさに身構えたが、二の腕が直接当たってしまったのだろう。

幸い、浅い傷口らしかった。


「―――⁉」


一方自転車側の、大学生ほどの男性は、うりを見るなり目を見開いた。

すると。

青色のスニーカーが遠ざかっていく。音が薄れていく。

賠償金やらなんやらを考えて、逃げ出したらしい。


薄情者です……。


体のだるさを感じながら、うりはそっとつぶやいた。

気の動転と、身体へのダメージが早く回ってきたのか、叫べずじまいで、気を失っていった。


目が覚めると、保健室だった。

起き上がると、保健の先生がパソコンで仕事をしている。


「あ、井田さん。起きた?」

「えっと、はい」

「倒れてたんだって?大変だったね」

「えっと、はい……」

「それと、運んできてくれた、蒼井君。なんかこれ渡してくれって」


保険の先生は、昨日がバレンタインだったことを思い出してか、奥深く笑う。

先生から手紙を受け取ると、丁寧に包装されているものだった。

それより蒼井君が運んできてくれたなんて……と、うりは思うが、手紙の中身が気になるので、そこには触れずに手紙を見た。

後ろを見ると、A.Nと書いてあった。

開く。


『塩チョコ美味しかった。ありがとう』


それだけだったけど、すごく嬉しかった。


「井田さん。脈大ありよ頑張ってね」

「へっ、へっ⁉いや、え、あの……」

「チョコレート持ってきたことは望ましくないけど、私もやったことあるし……。それに、生徒の恋路は見ごたえがあるものなの♡」


頬を赤くする先生に相槌を打ちながらも、うりも耳まで赤くなっていた。

そこで授業終わりのチャイムが鳴ると、先生が「事故についての話は放課後でいいからさ」といって教室に戻るよういってくれた。


忍者みたいに教室に入ると、仲のいい子たちが寄ってきて、心配するしぐさをしてくれた。

そんな話で休み時間はあっという間に過ぎて……。

次の社会の準備をあわただしくしていると、後ろを向いていた蒼井尚と目が合った。


「ひゃっ」


思わず小さく声を出してしまったのはしょうがないと、うりが自分で思ったのも、口角をあげて、いたずら成功した子供のような顔をした蒼井尚を見たからだった。

それが社会の先生の声で現実に戻されると、うりははっとした。

(お礼を言い忘れました……)

ただ、それはつまり。

(あとで、感謝を言わなければいけなくて、ということは、えっと、喋れる……?)


幸せ過ぎて失神しそうなうりなのであった。

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