始末書と通常業務と昇格と




 司書長殿がニコニコと始末書の束をフェルナンドに手渡して来た。

「おめでとう。これで君も一人前ということだね」

何がめでたいものかと反抗心が沸き起こるが、フェルナンドは賢明にも黙って紙束を受け取った。

今朝早くに司書長室に呼び出されてみればこの対応だ。

「えっと。……先輩はともかく、僕まで責任が問われるのですか?」

受け取りはしたものの、内心のボヤキが質問に形を変えてれてしまう。

だって、あれはお嬢様司書補とやらが勝手にやらかしやがった結果なのに。

そう思いながら隣に立つ先輩を見れば、彼もこちらを見て頷いていた。

「君の気持ちもわからないでもないが、僕たちは管理を任されている身の上だからね。どんなに下っ端でも、司書の名をもつ以上は責任が伴うというわけさ。あとは、二人ともが現場に居たということも多少の理由になっているらしいよ」

いや、居た・・のではなく駆けつけた・・・・・のだが。

部外者が留守中に許可なく立ち入れないように、あの日の昼休憩時にだってしっかりと戸締まりを確認していたというのに。

なるほど。形式上は誰かが尻拭いをしなければならないらしい。

「ま、彼女の方も当然おとがめなしというわけにはいかないし。懲戒処分ちょうかいしょぶんは免れないのと、それに損害賠償の額がものすごいことになっているらしいよ」

その話は知っている。

アルフレドが書庫の被害状況を有ることないこと隅から隅までリストアップして、この数日間ことさら黒い笑顔で微笑んでいたのを目撃していたのだから。

無表情だと思っていたが、何のその。

この先輩、たまに薄っすら笑うのだ。

ときどき笑うが嗤うになったりするが。



 フェルナンドは先輩の言葉にそうなのですかと頷いて、次に渡された格式のある羊皮紙についても問うてみた。

「あの、それで、こちらの立派なのは何なのですか?」

少しばかり落ち着いてしげしげ見れば、『辞令』などど、大仰な文字が刻まれている。



フェルナンド=F=バルティー 殿


国立大図書館館長 ザザン=ドナルドB=ヴォルテール


建歴二千五十年水晶の月第八日目付をもって、“激甚魔法魔術安全対策管理書庫 副責任者”の就任を命ずる

貴殿の大図書館での活躍を希望します


以上



 彼のとぼけた質問に、司書長がほがらかに答えてくれた。

「何って、辞令だよ。おめでとうって言ったじゃないか」

それでも事態が飲み込めないらしいフェルナンド。

「へ!? 辞令って、あの辞令すよね……」

「あの、が指し示す先は知らないが辞令だね……」

呆れたような苦笑で同意の言葉をくれるアルフレド。

フェルナンドの背中を機嫌良さげにバシバシ叩く司書長殿。

「ハハハハ。始末書を書くような責任を問われる事態に直面して、やっと一人前の司書として認められるんだよ、……この大図書館ではね」

いやいや、そんなの知らんし。初めて聞いたと眉間にシワを寄せる元司書補。

「ええぇ? でも、今回は僕……先輩の背中に庇ってもらって隠れていただけですよ?? なんの功績もないのに?」

そして、戸惑いを隠せず言いすがる。

さらに呆れたように説明を始めるアルフレド。

「あぁっと。たぶん君、無自覚なんだよね……あの書庫で蔵書に平気で触れられるっていうだけで、特別な職員とされるんだ。あそこにある本たちはただ書籍ほんじゃないからね。君は通常業務も真面目にこなしていたし司書としての条件はとっくに満たしていたんだけど、昇格の切っ掛けが中々なかったからね。今回は渡りに船だったというわけさ」

正直言って被害は痛いが、痛み分けだとアルフレドは言う。

んんっと!? ちょっと待った。

昇格条件もアレだが、それよりも。

「えっ!? うちの蔵書は魔術書ばかりだし、たしかに貴重な品ではあるけれど……ええっ!? どこにでもあるような普通の魔術関係の本じゃないんです? マジで!?」

「“激甚魔法魔術安全対策管理書庫”って名前が付いているのはダテじゃない。素質がない奴は蔵書に触ることすら出来ないし。万が一にも色々と足りない奴が触れると、今回のような悲惨なことになる」

「え……っと、それはどういう? ……っていうか僕、自分の所属部署は“封印書庫”とだけしか教えてもらっていないような気がするのですけれど??」

「おや、そうだったっけ? 正式名称は“激甚魔法魔術安全対策管理書庫”ということになっているから、これからはちゃんと覚えておくように。うちの書庫にある蔵書は、古の大賢者たちにより危険な魔法魔術として激甚指定された問題児たちばかりなんだからね。……一応そのことは秘匿ひとくされているから、おそらく知っているのは司書官以上の専門文官だけだけれども」

そんなに危ないものが国の真ん中に置いてあるなんて知られたら、国民の皆さんが怯えちゃって安心して暮らせないだろ? ……そう続けながら、ニヤリと嗤うアルフレド。



 それならば、つい先程に司書になったばかりの自分が知っているわけないじゃんか。

それから、何も知らない新人にそんな危険なブツを取り扱わせるなんて……何かあったらどうしてくれるんだよっ。

色々と言い返したい台詞が脳内で渦を巻く。

それらをぐっと理性の力で胸のうちに押し留めるのが精一杯なフェルナンドだった。








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