第64話 フランクの奴隷
「こちらです」
白いローブを着た人物が、フランクが座っていた椅子のある台座の真裏に案内してくれた。そこには俺の背よりも高い鉄の扉が据え付けられている。この先に契約の間があるようだった。
「ありがとう」
俺は一つお礼を伝えて扉に手を掛ける。と、その白いローブを着た人物がこっそりと俺に話しかけてきた。
「あ、あの……」
「え? どうしましたか?」
俺は小声で言葉を返す。その白いローブを着た人物は顔は見えないが声からは女性のようだった。ま、フランクがお抱えしている奴隷なのだからそもそもが女性なのだろうが。
その女性は何かを思うかのように、少し押し黙ったあとに言葉を続けた。
「フランク様のこと、あまり悪く思わないで下さい」
「は、はぁ」
悪く思うも何も性格は難ありだとは思うが、俺自身、別に他人にとやかく言えるような人間でも無いしなぁ。不快だな、とは思うが、それは人としてしょうがない。性格が合う、合わないがあるのは当然のこと。
「何がどうして、そうなったかわかりませんが、フランク様が火の魔法を使えなくなってから、かなり優しくなってくれたんです」
「え? 街の評判は最悪だけど……ってごめん」
経緯はどうであれ、今、彼女はフランクに仕える奴隷だ。その主人のことを悪く言うなんてデリカシーの無い行為だった。彼女は不快に思ったかもしれない。だから俺は素直に謝罪をした。
「あ、いいんです。それは私も知っておりますから。
「あ、あぁ、なるほどねぇ」
以前がマイナス百で今がマイナス五十くらいになったと考えれば辻褄があうか。
彼女たち奴隷にとってはプラス五十だし、街の人にとってはマイナス五十でしかない。そのギャップがあるってことか。プラス五十ならかなり優しくなったという印象があっても当然かも。
「実際にあの時、フランク様の元から出て行った奴隷たちもおりますし、フランク様が善人だとは思ってはおりませんから」
確かに火の神殿の時よりも奴隷は少なくなっていた。それが出て行ったということなのだろう。
彼女の表情は見えないが、空虚な笑みを浮かべていそうな声色で彼女はそう語った。それは出て行った奴隷もいれば、出て行かない……いや、出て行けない奴隷も多くいるということ。彼女は出ていけない側ってことなのかなと思った。これは一度奴隷という身分へ身を落とした者がそこから抜け出すことの難しさを示しているのだと思う。そこに関して少し思うところはある。が、俺が何か思ったところでそれはこの世界のシステムの話だ。どうにかなる訳でもないし、そもそも俺の思ったことが正しいという訳でもない。何が正しい、正しくないなんて正解なんかないのだから。だから、俺は言葉を飲み込むことしかできなかった。
しばらくの沈黙の後、彼女が何かを思い出したかのように話し出した。
「あ! 申し訳ありません。お引き留めして……」
「あ、ああ。別に構いませんよ」
そう言われてみれば契約の間に入る直前に呼び止められたのだった。特に急いでいるわけでもないし、気にはしなかったから問題はなかったが、引き留められたといえば確かにそうだ。
「私の話を聞いて頂いてありがとうございました」
「いえ、とんでもないです」
頭を下げて御礼を言う彼女に、俺はそう答えてから扉を開けて中に入っていった。
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