3
疲れたわね、と、唐突に美沙子が言った。
シュンは、え、と聞き返しそうになったけれど、口をつぐんだ。
疲れたわね。
確かにそうだ。シュンは、美沙子は、疲れている。それは、身体ではなく、もっと深い、絶望的なところが疲れ切っているのだ。
健少年には、きっと、この疲労は分からない。
シュンはそう思い、くっきりとした怒りを感じた。あの、健康的な少年には、こんな疲労なんか分かりはしない。そう思うと、どうしようもなく腹が立った。
「……俺、またあの子を抱くかも知れない。」
シュンがそう呻くと、美沙子はあっさりと返してきた。
『私もよ。』
そして、やはり歌うような音律で続ける。
『レイプって、性欲からじゃなくて、怒りからくるものよね。』
そうだね、と、シュンは認めざるを得なかった。あの子供を、怒りに任せて犯した自分。
ただ、妙に美沙子がレイプにまつわる感情に確信を持っているような気がして、もしかして、と思った。
もしかして、美沙子もいつか、どこかで、誰かに、犯されたことがあるのかもしれない。
シュンには、その経験があった。
昔、妹たちが死に、母親が出ていった後のこと。
シュンは、暫くの間、母親の恋人であった男と暮らしていた。その男は、よくシュンを犯した。泣いて嫌がるシュンを力ずくで抑え込んで。
今なら、あの男も、性欲よりは怒りでシュンを抱いていたのだと分かる。シュンの母親が、厄介なガキなんかを残して消えてしまったことへの怒り。
シュンは15になる頃に男の家を飛び出し、そこからは自分が抱く側に回った。相手は男でも女でも構わなかった。ただ、一夜の宿さえ手に入れば。
シュンは、これまでそんなふうにしか抱きも抱かれもしてこなかった。だから、自分が、ヒモ根性の染みこんでいる自分が、怒りに任せて誰かを抱くなんて、想像もしていなかったのだ。
美沙子は、誰に犯されたの?
訊けるはずがなかった。シュンはただのヒモだ。これまで美沙子の内面に踏み込もうとしたことなんかない。シュンと美沙子には、なんの関係性の積立もないのだ。
『朝になったわね。電話、切るわ。』
美沙子があっさり言った。
シュンは、切らないで、と、ほとんどすがりかけたけれど、最後のプライドで黙っていた。
『じゃあね。あの子をよろしくね。』
「……うん。」
全く壊れた会話だと思う。
自分の弟を犯した男相手に、よろしく、などと。
それでもシュンは、うん、と頷いた。
飼い主である美沙子の意向には、答えなければならない。それが、どんなに壊れて捻じくれていたとしても。
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