第98話 オーロラの一番尊敬する女性

 かなり衝撃的だった事件が一段落した後、私とお姉様は別邸の一室に向かっていた。ノヴァお兄様は別邸に集まった貴族たちの見送りをしている。本当ならお兄様と一緒にいたいけど、アークゲートの魔力とフォルス家の覇気は反発するってこともあって待機になった。


 使用人に案内された部屋の扉を開ければ、そこは一般的な客室になっていて。


「それでは、失礼いたします」


 そう言って部屋から去っていく使用人。これからノヴァお兄様の見送りが終わるまで少しここで待機かぁ、って思ったとき。


「オーラ」


「? お姉様、なに――」


 振り返った瞬間に強く抱きしめられた。突然のお姉様の行動に目を丸くするしかない。え? いったい何が。


「オーラ、本当にありがとう。あなたのお陰でノヴァさんは傷つかずに済みました」


「…………」


 突然の事に混乱して言葉は出せなかったけど、お姉様の言いたいことは分かった。でも分かった上で言わせてもらうと。


 ――一体何が起こっているの!?


 私を強く抱きしめるお姉様の姿からは、アークゲートの一族の中でも突出した力を持つ絶対者としての雰囲気は全く感じられない。いつもは凛々しく、時にはぞっとするような笑顔を浮かべるお姉様がこんな風に取り乱すなんて、考えたこともなかった。


 いや、っていうかよくよく考えれば私がここに来たのはお姉様の指示だし、そのお姉様が魔法をもし封じられた場合に、ノヴァお兄様のことを代わりに護るようにっていうのもお姉様の指示だ。

 結局、というか当然だけど魔法抑制装置ごときがお姉様の魔力を封じることは出来なかったから、保険で来た私が何か大きな事をしたっていう気持ちもなかった。


 まあ、その後ノヴァお兄様と戦っているゼロードとかいう屑が覇気を強くしたときは驚いたけど、流石に防ぎきれる自信はあったし。

 だからあれだ、言い換えれば、大したことはしていないって私は思ってた。


「本当に……ありがとう……」


 でもお姉様はそうは思っていないみたいで、今も私の事をぎゅっと抱きしめている。ノヴァお兄様に関わることだからっていうのはよく分かる。というか、それにしても。


 ――お姉様、可愛い


 普段の様子との違いが大きいからか、今のお姉様は年上なのにとっても可愛い。こんなのノヴァお兄様が見たら我慢できないんじゃないかな。いや、そもそもノヴァお兄様と二人きりのときはこんな感じなの? ちょっとそれはノヴァお兄様が羨ましいかも……。


 ノヴァお兄様いいなぁ、なんて思っていたけど、いつまでもお姉様をこのままにはしておけない。そっと背中に手を回して抱きしめ返す。あっ、お姉様温かい。


「私は言われたことをやっただけですよ」


「それでも……ありがとう」


「……ノヴァお兄様が危険に晒されて、怖かったんですね」


 そう言ってお姉様の背中を摩る。思い返してみればあの時、突然のゼロードの覚醒にお姉様はほんの少しだけ反応が遅れていたように思える。私はノヴァお兄様を護るってことだけを考えていたから問題なかったけど、他にも色々なことを考えていたお姉様がそうなるもの仕方なかったんだろう。


「……私は今回の戦いで手を抜きました。本気でゼロードを無力化すればこんな気持ちになることもなかったでしょう……ですが、ノヴァさんに活躍して欲しかった。彼の心のほんの小さなしこりでも、なくなって欲しかった。そんな私のわがままで、あと一歩で全てを失うところでした。オーラがいなければどうなっていたか」


 お姉様の言いたいことは分かる。私だってノヴァお兄様が大きな怪我をしたら正気でいれられる自信は少しもない。けどお姉様の声は震えているけど、その一方で自分を責めてばかりっていう感じじゃなかった。


「……でも、ノヴァさんはそんな私にありがとうって言ってくれました。それが……とっても嬉しくて……」


 うん、聞いていたから知ってる。ノヴァお兄様はお姉様から説明を受けていないのにお姉様の気持ちが分かっていてその上で受け入れていた。流石はお兄様だなって、そう思ったくらいだ。


 少し羨ましいなとも、思っちゃった。


「だからオーラ、ありがとう。そしてお願いがあります。きっとこれから先も今回のようなことが起こるかもしれません。私は全力を尽くしますが、手が届かない可能性もある。もしものときは今回のように、助けてください」


「……もちろんです、お姉様」


 これまでならそんな事態が起こるなんて思いもしなかっただろう。あの日、私の何もない空っぽな世界を壊してくれた絶対的な強者であるお姉様。誰の助けも必要とせずに全てを解決できる無敵の人。

 でも今は違う。ノヴァお兄様の事になるとお姉様はいつものお姉様じゃなくなるから。


「私だけじゃありません。ユティお姉様や多くのアークゲート家の人が、力になります。

 お姉様と、ノヴァお兄様の力に」


 人によってはお姉様が弱くなったって言うかもしれないし、そういった見方もできると思うけど。

 私は今のお姉様の方が好きだ。私の好きなノヴァお兄様のために悩んで、苦しんで、でも笑って、幸せそうで……好きなお姉様がそうなっていた方が、私も嬉しい。


「……ありがとう、オーラ」


「ふふっ、どういたしまして」


 無意識に返して、あっ、と気づいた。今の返し、ちょっとお姉様っぽかったかもしれないって。


 すっと、体に押し付けられてた力が消えた。


「それに少し……やらないといけないこともありますからね」


 微笑ましく思っていた気持ちを頭から取っ払って、私は姿勢を正す。立ち上がって目を瞑っているお姉様は、きっと逃げた屑のことやノヴァお兄様の今後の事について色々と考えを巡らせているんだろう。

 やがてゆっくりと目を開いていつもの様子へと戻ったお姉様は、灰色の瞳を部屋の窓へ向けた。


「まずはゼロード・フォルスからです。すでに手は打ってありますが、念のために情報の共有もしておきましょう」


 レティシア・アークゲート。

 アークゲート家の現当主にして絶対的な力の持ち主。そして恐ろしい雰囲気を持った人。

 でも、地獄だった世界から私を連れ出してくれた恩人でもある。


 それに私が女性として一番憧れている人で、大好きな人だ。


 そんなお姉様はポケットから真っ白な便箋を取り出して、作られた笑みをかなり深くする。

 その笑顔を見て、私は背筋が寒くなるのを感じた。


 ――大好きだし尊敬してるけど、やっぱりこの時のお姉様はちょっと怖いなぁ


 便箋にペンを走らせる姿を見ながら、お姉様の気づかないところで私は苦笑いを浮かべた。

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