第75話 変えるための、第一歩
「…………」
中庭の雰囲気は重々しかった。目の前で対峙していたゼロードの兄上は立ち去ったし、父上もリーゼロッテの母様もカイラスの兄上ですら、一言も発さない。
「……お前の、勝ちだな」
意外なことに、そう言ってくれたのはカイラスの兄上だった。けどその表情は何とも言えないものになっている。
「……俺も戻る。少し……気分が悪い」
そう告げてカイラスの兄上も中庭から去っていく。後に残ったリーゼロッテの母様は心配そうに父上を見ているし、父上は父上で頭を抱えたまま動こうとしない。
仕方なく、俺はゼロードの兄上が投げ捨てた木刀に近づいた。新品同然のそれを手に持って、元の場所に返しに行く。メイドに差し出したときも何も言われなかった。
「父上、大丈夫ですか?」
シアと一緒に父上の元に行って声をかければ、はっとした様子で父上は俺を見た。
「……ノヴァ、おめでとう。次期当主はお前だ。思うところはあるかもしれないが……フォルス家を、頼んだぞ」
「……はい」
父上は力なく俯いて去っていく。その後ろに続く母様を見て、何とも言えない気持ちになった。
素直に受け入れられる筈がないのは分かっていたし、これしか手はなかったのは間違いないから、仕方のないことだけど。
大きく息を吐いて振り返り、シアに笑いかける。
「シア、行こう。今のところはもう、ここに用はないから」
「そうですね。帰りましょうか」
帰ろうとしたところで、ここに向かって走ってくる足音を聞いた。音の方に目を向けてみれば、ローエンさんが駆けてきていた。
彼は俺達の元に寄ってきて、息を整える間もなく言った。
「ノヴァ様、おめでとうございます。先ほどの戦い……お見事でした」
「ローエンさん……」
「旦那様はまだ混乱しているようですが、少しすれば落ち着くでしょう。当主業務の引継ぎなどもあると思いますが、その際やその後も、私に全力で協力させてはいただけないでしょうか?」
「ああ、むしろこっちからお願いするよ、ローエンさん」
この屋敷の事や当主の事を知り尽くしているローエンさんが力を貸してくれるのは心強い。俺一人じゃとてもフォルス家を回してはいけないけど、周りの人に支えられながら精いっぱいやっていきたい。
「……ありがとう……ございます」
ローエンさんはチラリとだけシアに目線を向けて、俺達二人に頭を下げた。そして「では仕事がありますので」と短く言って、踵を返して早足で去っていった。
「おめでとうございます、ノヴァさん」
「……シア」
「歓迎されないのって、分かっていてもちょっと寂しいですよね。私もそうだったから分かります」
「シアも?」
「はい、私も無理やり当主になりましたから」
ユティさんから聞いた。シアはアークゲート家の当主になるために母親と戦って、その座を勝ち取ったって。きっと今の俺以上に多くの人から反発を受けたことだろう。
「けれど、ノヴァさんが変えたんですよ。これまではゼロードが当主になる筈だった。そうなれば、いつかきっと良くないことが起こっていました。それをノヴァさんは自分で行動して、自分で勝ち取ったんです」
「……そうだね。勝ち取ったんだね……ゼロードの兄上よりも俺で良かったって言われるように、これから頑張らないとな」
「大丈夫です。比べるまでもなく、ノヴァさんの方が良いに決まっていますから」
一点の曇りもない笑顔で言われて、俺は苦笑いする。俺と同じように当主の座を勝ち取って、今のアークゲート家を作った他ならぬシアがそう言ってくれるからこそ、俺はもっと頑張ろうって、思えるんだ。
少しでも彼女に相応しい俺になるために。隣に並べるように。
誰もいなくなった中庭をじっと見て、これまでのフォルス家を思い返す。
正直、出てくる思い出はほとんどが悪いものばかりで、考えれば考える程フォルス家というものに価値は感じなかった。今の腐ったフォルス家の次期当主になって嬉しいかと言われれば、素直には喜べない。そんなもの、要らないって言うことにも抵抗を感じないくらいだ。
けど、第二第三の俺やソニアちゃんが出てくることはもっと耐えられなかった。こんな腐っているとしか思えないフォルス家がこれから先も続いていくなら、終わらせるしかない。
その上で、俺達の手でフォルス家を新しくしたい。より良くしたい。誰かが苦しめられるようなフォルス家ではなくて、そんなことが起こらないフォルス家にしたい。
「…………」
チラリと横を見れば、シアがいる。
彼女と結ばれるときに誓ったことがある。シアがもたらしてくれた平和で平穏な日々を少しでも長続きさせること。その上で、手の届く範囲の人達くらいは護りたいと思えてきた。
なら、そんなシアの隣に立つためにフォルス家を変えよう。
胸を張って俺の家だって言えるフォルス家に、みんな笑っていられるようなフォルス家に変えよう。
立ち止まってもう一度だけ中庭を振り返る。太陽の光が強く射し込んだ中庭はこれまで何度も足を運んで長い時間を過ごした筈なのに、まるで初めて見た場所のように思えた。
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