第17話 リベルテ

 まさか認められると思いもしなかった。

 男同士だし、年も離れているじゃないかと罵られ、否定されるだけだと思っていた。


「……なぜ、私を認めてくれるのですか?」

「“生きたい”とあの子が言ってくれたからです。歩は僕たちには直接言いはしませんでしたが、死にたがっていました。それがあなたに出会って“生きたい”と言うように変わったんです」

「嬉しくて、私は涙がでました。あなたは歩にとって、いえ、私たちにとって“希望”なんです」


 その言葉に目頭が熱くなる。


「歩が退院したらぜひうちに来て下さい。あの子の幼い頃の写真をご覧下さい。とってもかわいいんですよ」

「ぜひ行かせていただきます」


 ☆


「……ん……」



 歩が目を覚ます。



「あ……命が…いる……?」



 ふにゃりと笑う。



「……だいすき」



 そのまま歩は眠りに落ちていく。



「ーー私もだよ、歩くん」



 傍により、ぎゅっとその手を握りしめた。


 ☆


「うわ、何だよそれ気持ち悪っ!」


 きっかけは些細なことだった。

 優人の言いつけで、体育の授業で着替えるときはいつもトイレでこっそりと着替えていたのだが、その日はトイレが埋まっており仕方ないので教室で着替えていた。


 友達はいなかった。

 他人との距離感がうまく掴めずにいたのだ。


「……え?気持ち悪い……?これが普通じゃないの?」

「普通じゃないよ。ちょっと来い」


 腕を捕まれ、咄嗟に触るなと手を振り払う。


 結局、虐待されていると大騒ぎになり、保護者である優人が学校に呼び出されていた。



「迷惑かけてごめんなさい。優人さんは何も悪いことをしていないのに」

「大丈夫だよ。家族なんだから気にしなくていいんだよ」

「優人さん、“家族”って何ですか?」

「普通は“幸せなもの”、じゃないかな?」

「“普通”って何なんですか?」

「……難しいね」



 ふわりと優人は朝陽を抱き締める。



「……あったかい?」

「はい」

「……きっとね、このあたたかさが“幸せ”なんだと思うよ?」

「じゃあ、俺と優人さんも家族……?」

「俺もいるよ。のけ者にすんなし」

「ひゃっ!?冷た」


 朝陽の頬に麗央は大好物のプリンをくっつける。


「一個あげるから一緒に食お。俺は“家族”にしかあげねーからな」


 ニッと笑う麗央に気づけば朝陽も笑っていた。



 ☆


「で、日比谷さんのところはどんな感じかい?」

「やべーな」

「日比谷さんには会った?」

「会えなかった」

「避けられた感じ?」

「そんな感じ」


 アメジストの瞳が細められる。



 ーーお前ら若いのになんでわざわざ裏稼業なんかやってんだよ?もっと道はあるだろ?



 導は優人と麗央を可愛がってくれた優しい人だ。



「麗央、多少の荒事は大丈夫かい?」

「もちろん!むしろ、得意だね」

「助けるよ。導さんを」


 ☆


「……父さんが探偵はそんなすごい仕事じゃないって言っていた理由がよくわかります」

「そうですね。こんなに浮気調査が多いとは思いませんでした」


 馨と空はげんなりしてしまっていた。

 結婚式で誓うのはどうやら永遠の愛ではないらしい。


「馨さんは課題でもしててください。残りは俺がやっておきます」


 そう言った時だった。事務所の電話が鳴る。


「ーーお電話ありがとうございます。日比谷探偵事務所です。人探しですか?やってはいますが、警察に相談はされていますか?」


 空の言葉に馨は耳を傾ける。


「一度、事務所に来ていただいてもよろしいでしょうか?詳しい話を伺いますので。はい。はい。それではお待ちしております」


「どうやら面倒くさい感じがしますね」

「警察を嫌がっているようです」

「……この方法で本当に父さんに近づけるでしょうか?」

「信じてやるしかないです。大丈夫、俺も一緒ですから」


 メモの用紙には名前が書かれていた。

“小桜朝陽”、と。


 ☆


「そっか。俺、倒れたんだね」


 歩の病室に命はいた。


「俺、命に聞きたいことがあって会いに来たんだよ」

「何を聞きたかったの?」

「どうして命がドナーだってこと教えてくれなかったの?」


 沈黙が場を支配する。


 当ててあげよっか?と歩は軽い口調で言う。


「僕に心臓をくれて、命は死ぬつもりだった。違う?」

「違わない。だって、私にとっては君が全てだから。歩くんのいない世界なんて考えられないんだよ」

「僕だって命が必要だよ」


 歩からそっとキスをする。


「父さんと母さんに会ったんだね」

「私たちの関係を認めてくれたよ」

「そっか。良かった」


 疲れたのか、歩の瞼は落ちていく。



「ーーおやすみ、歩。良い夢を」



 ☆


「ーー無事だったらしいな」

「織部の対応のおかげだよ。ありがとう」

「病人を助けるのは当たり前だろう。礼は要らないさ」

「……織部。心臓の話をしたいんだけどいいか?」

「他人の目がないところで話したほうが良さそうだな。個室の居酒屋にでも行くか?」


 その言葉に命はしっかりと頷いた。


 ☆



「ーーやっと見つけましたよ」



 どうやら今宵は満月のようで明るい夜だった。



「俺を探してたのか?」

「えぇ。仕事ではなく、私事です」

「……物好きだなぁ、お前らも」


 導の口からごぼりと血がこぼれ落ちる。


「ーーユウは導をみてて。俺が敵を殺る」

「敵のトップだけは殺さないで。あとは皆殺しで良いよ」

「了解」



「ーーお前らの獲物はこっちだよ。リベルテのNO2の実力、見せてやる」

「俺さ、こう見えても平和主義なんだよね。今、素直に目的をしゃべってくれたら命は助けるよ?」

「戦えるのはお前ひとりだろ?バカなことを言うな」

「じゃあ、交渉決裂ってことでいい?」


 麗央の周りをぐるりと敵たちが取り囲み、銃が一斉に弾が発射した。


「こんなの余裕余裕~」


 弾はどれも命中しなかった。麗央の刀で両断されていた。それだけではない。攻撃してきた彼らの手首を切断している。これで銃は使えない。血だまりが広がっていく。


「ねぇ、この中で一番偉いのは誰?」


 麗央の質問に皆の視線が一ヶ所に集中する。


「ありがと。じゃ、バイバイ」


 君たちに用はないからねと、麗央はリーダーを残し、殺害した。



「ユウ、捕まえたよ」



 麗央が優人に声をかけるが返事がない。



「ユウ?」



 麗央は優人に声をかける。悲しみに濡れた紫陽花色の瞳が麗央に向けられる。



「……導さんは?」


 麗央の言葉に優人はふるふると首を横に振る。


「導さんっ!嘘だろ!?目、開けろよっ!」


 麗央の悲痛な声が木霊する。



 ーー俺のとこに来いよ。ふたりくらい面倒見てやるよ。ま、暇な探偵事務所だけどな。


 ーー飯、食いに行くぞ!腹空かせてるだろ?特に優人。お前は細すぎる。もっと食え!


 いろんな思い出がぐるぐると脳内を巡る。



「ーー何がなんでも話してもらいますよ。導さんが死ななければならなかった理由を、ね」



 ☆


「綺麗な店だね」

「料理も酒もうまいんだ。あ、でも命は飲めないのか」

「気にしなくていい。飲めよ」

「あぁ」


 織部が連れてきたのは料亭だった。



「ーーさ、話をしようか、命」



 ☆


「ーー息子が行方不明なんです。警察も動いてはいますが、何も進展がなく、いてもたってもいられなくて、依頼に来たのです」


 現れたのは中学生の息子がいるようには見えない綺麗な若い女性だった。


「心中お察し致します。依頼は人探しで構いませんか?」

「はい」

「捜査の一環として、朝陽くんの部屋を見せていただいて構いませんか?」

「はい、よろしくお願いします」

「今から伺っても構いませんか?」

「大丈夫です……あの、ひとつ構いませんか?」


 彼女が不安そうに空を見る。どうぞと空は先を促す。


「……探偵さんって、こんなに若いものなんですか?」


 不信感がひしひしと伝わってくる。


「あなたはまだ成人しているけれど、もう一人はまだ子どもでしょう?」

「確かに彼はまだ学生ですが、実力は確かです」

「所長の日比谷馨です。必ずや、息子さんを見つけ出しましょう」


 驚いている彼女に馨は畳み掛ける。



「まず聞かせていただきたいのですが、どうしてあなたは朝陽くんを虐待しているのですか?」

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