第128話 子は親の思い通りにはならない


「そんな綺麗な親心じゃなくて、あの人は自分が特別である証にエヴァを聖女にしたがっていただけだよ」


 息を吐くように自然と零される呟きに、疑問を抱く。


「陛下って肩書きが特別じゃない」

「陛下に兄弟はいない。当たり前に用意されていた椅子に座っただけで、特別感を抱いていない。最高権力者としての責任はあるけど、歴史に印象深く名を残すほどの偉業は成せていない。あの人は『特別』に強い憧れを抱いているんだ」


 彼は国王の椅子に座っていても、己が凡夫であると知っていた。

 平和な時代、求められるのは変革ではなく維持。だから凡夫な王が玉座にいても問題ない。生活が悪くならなければ国民は気にしない。多少景気が悪かろうが、大きく変化がなければ左程気にせず様子を見る。

 だからこそ彼は『特別』を求めた。


「聖女の末裔であることに固執して、娘は聖女だと盲信している。聖女である証拠として、呪いを与えて打ち勝つことを望んでいる」

「我が子におかしな妄執押しつけてんじゃないわよ」


 変な思考回路しやがって。そんな奴が国のトップなら、公爵みたいな男がいてもおかしくないわ。


「そもそもエヴァが愛を持って呪いを解いたとして、聖女だーって騒がれたとして、すごいのは愛を示したエヴァであって父親じゃないわよ」

「何度も訴えているんだけどね。娘をトロフィーのように扱うのはやめろと。逆にそんな言い方をするものじゃないと諫められたよ」

「どの口が言ってんの?」


 話の通じない男だな、この国の最高権力者。

 私の切り返しに、相変わらずスタンは楽しそうだ。モーリスは他に誰か聞いている人が居ないかとハラハラしていた。もっと堂々としてなさいよ。


「父親のおかしな妄執でエヴァが苦労しているのはわかったわ…それで、エヴァはスタンと別宅に避難していたのね」

「うん。それでも魔女から呪いの品は届いたけれど…以前は公爵も、家臣として陛下を諫めていたから、王宮で過ごしても問題なかったんだ。でも一度羽目を外したらもうだめだね」


 諫める相手をなくし、押さえ込んでいた衝動があふれ出しているらしい。


「僕は公爵に仕事をして欲しくて、何故彼が手を引いたのか調べていたんだ。メイジーと出会ったあたりはまだ答えが見つかっていなくて、君が公爵の弱みじゃないかと思って保護していた。たとえ違ったとしても、出会えば弱みになると思ってね」

「それは私が、お母さんそっくりだったからよね」

「うん、そうだよ。でもまさか公爵夫人が公爵家を飛び出して子育てしているとは思っていなかった。あって母方の血縁者だと思っていたよ」


 最愛の夫人そっくりの娘を見て公爵がどう動くか予想できなかったが、まさか本当の娘とは思っていなかった…と語りながら笑顔なので、スタンが本当に予想していなかったのか怪しい。

 スタンは私を保護していたと言うけれど、私の存在は公爵にとって取るに足らない存在だった。


 お母さん曰く、彼は出産による母体への負担を危惧していたのであって、妻が無事なら子供の存在はどうでも良かったらしい。世話が必要な乳幼児ならともかく、自立して生活できる子供に興味はなかった。公爵家の血筋として取り込む必要があったが、庶民として過ごした娘に継げるほど公爵家は単純ではない。

 子供がいないのは問題だが、遠縁の男児を養子にして、王女の降嫁先になれればエフィンジャー公爵家の目的である『王家の血の保存』は成り立つ。むしろメイジーわたしの存在は邪魔だと思っていたらしい。認知されていない娘は、田舎町にいるならと放置した。


 しかしメイジーわたしは飛び出した。

 そして我が子をまったく気にしなかった公爵は、それにまったく気付いていなかった。


 その結果がこれである。


 ――――我が子から目を離してはいけません。

 子供は、親の予想を裏切る生き物です。


 私の頭に過ったのは、泣き黒子が魅力的なアニー八十六歳が語った「親の教訓」だった。


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