第113話 誤解爆誕


 私が産まれる前に、とんでもない誤解が生まれている気がする。


 ドンドン煩い騒音を遠くに聞きながら、この切羽詰まった感じももしかして、前科があるから不安なのだろうかと考え…やっぱり煩いと結論づける。


 そして腹の子を守るために逃亡したと聞いて、私は愕然とした。


「…じゃあ、馬車で亡くなった男って…」

 周囲がネイナディアの夫だと誤認していた男は、ネイナディアの夫ではなく。


「私を逃がしてくれた庭師の男よ。あの田舎町には彼の親友がいて、匿って貰う予定だったの」

「親友…だ、だれ」

「マリエルよ」


 スレンダー美女のマリエル五十二歳。

 確かに彼女には田舎町にやって来たときから世話になっていたと聞いている。ネイナディアが昔貴族の屋敷にいた、と話してくれたのも彼女だ。


「私を逃がすために無理をして、助けてくれた彼が死んでしまって…私が逃げたからと後悔したけれど、母親になるんでしょうと励ましてくれたのもマリエルよ。彼女も親友が…亡くなって、辛かったはずなのに優しくしてくれたわ」

「…マリエル…」

「助けられたわ、本当に。おかげで私はアンタを産めた」


 まさか私の出産がそんな波乱に満ちていたとは。

 お母さんが公爵夫人とか貴族とかどういうこと? と頭が混乱しているが、お母さんはやはりお母さん。私を産むため行動してくれた人だ。


 対する父親らしい公爵に対してだが、取り敢えず呪うという気持ちしかない。


 というか私が、子供がいらなかったらしいがもっと言い方とかあるだろ。

 避妊は絶対じゃないから、こんな風に子供ができることがあるんだからもっと夫婦で話し合っておきなさいよ。避妊して満足して好きかってするとか本当に男って奴は。男ってやつは。千切るわよ。


 もっと話し合え。押しつけるな。


 そういうのからお母さんを解放したんじゃないの。お母さんの意見を聞かないで自分の意見だけ押しつけるの、お母さんの実家の人たちと同類だからな。

 取り敢えず心の中で罵倒した。


 父親に存在を拒否された。その点に対して思うことはない。

 どうやらお母さんはその辺りで私が傷つくのではとそわそわしていたが、別に。

 知らないわよ。私に父親いないもの。お互い様ね。


 それに私、田舎町のネイの娘っていう大雑把な戸籍しかないし。

 生まれた子供は教会に報告する。教会が戸籍の管理を行っているのだ。それも結構大雑把で、一年でどこに何人生まれた、とかそういうのしかない。だから私は17年前に田舎町で生まれた中の一人でしかない。

 両親が揃っていないこともよくあるのでどこそこの誰から生まれた女の子、っていう情報しかないと思うわ。貴族はもっときっちりしているらしいけど庶民はそんなもんよ。

 働きに出るときも保証人がいれば細かいことは気にしないし。ちなみに私が王都に飛び出したときはボケが始まっている長老のアイマン九十二歳に一筆頂いたわ。よぼよぼしているのに文字はとても綺麗に書くのよね。

 田舎町の長老が身元を保証してくれたおかげで、酒場で働けました。

 保証書の偽装? してないわよ。ちゃんと本人にサインを貰ったんだから。偽装じゃないわ。ええ、ちゃんと説明してサインを貰ったもの。


 …え、本当にどうでもいい。私の中に存在しない奴が私をどう思っていても関係ない。本当にどうでもいい。


 私からは一言。

 お母さんにしでかしたこと全部責任とって呪われろ。

 いいえ、私が呪うわ。

 以上。


「だとしても、よく公爵がここまであなた方を泳がせましたね」

「泳がせる?」

「彼は公爵だ。妻と駆け落ちした庭師の故郷を割り出して、間男と妻が潜伏していないか調査くらいしただろうね。それなのにこの17年音沙汰もなく、今になっていきなり夫人を連れ戻しに来た理由がわからない」


 駆け落ちしたって言っちゃったよこいつ。間男とも言っちゃったよ。

 流石に後から考えてそう見られるとわかっていただろう、お母さんも肩を落としている。


「公爵なら、魔女に依頼もできただろうし。捜し物の呪いは高額だけど禁止されていない呪いだ」


 そうだこいつ、私を探すためにその呪いを使わせたとか言っていたわ。

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