第11話 似てない兄妹


「四日前、大樹の下で…恋愛相談を受けただろう?」


 その言葉を理解して…私の脳裏に、四日前出会った黒髪の少女が浮かんだ。


 宵闇の髪をした、星空のような目をしたお嬢様。

 私が四日前に出会ったのは、彼女しかいない。

 その彼女が、私に会いたがっている? その彼女が、この人の…何だって? 妹って言った?

 …待って、全然似てないんだけど。

 あのお嬢様と、目の前の金髪が兄妹?

 色彩も、顔立ちも、全然似ていないんだけど? 面影は何処よ。


「彼女が貴方の妹…え、似てない。特に性格が似ていない」


 小動物のようにぷるぷるしていた彼女と、小動物を爪先で転がしていそうな青年の内面が繋がらない。


「私に似なくて可愛い妹だろう?」

「そうね、似ていなくて可愛いわ」

「肯定すんな」


 相変わらず入り口を固めている男が呆れたような声を出すが、外套を降ろした外套男は真顔で彼を振り返った。


「あの子は世界で一番可愛い。僕に似ず素直で可憐で純真で可愛い。僕に似ていなくてとっても可愛い。そうだろう?」

「堂々とすんな腹黒」


 なるほど妹大好きな人か。

 いいえ、その一言で納得出来る事態じゃないわ。


 …チャンル学園に通う妹がいるってことは、こいつも間違いなく貴族だわ。

 となれば、入り口の男は護衛だ。こんなところにお貴族様が一体なんの用よ。妹が会いたがっているからって、自らここまで来るってどういうこと。

 握った拳を下げないままじっと様子を窺えば、護衛とじゃれていた彼がこっちに視線を戻した。夏空の、晴れ晴れとした青い目が私を見る。晴れやかな色なのに絶対裏がありそうで信用できない。晴れやかな大空なのに。


「落ち着いて、改めて自己紹介からはじめよう。ほら、靴を履いてこっちに座るといい」


 そう言って立ち上がった彼は、自らが座っていた椅子を差し出した。本人は安っぽいベッドに腰掛ける。私に寝台に座れといわなかっただけマシかもしれない。男二人に安宿に連れ込まれたのだ。警戒しているのに寝台に座れ等といわれたら蹴飛ばしている。蹴飛ばせるかは置いておいて。


 私はじりじり靴に近付いて回収し、素早く履いた。譲られた椅子には座らず、背もたれを引っ掴んでいつでも振り回せるように抱きかかえた。その様子を見て元外套男は吹き出し、護衛の男は呆れた顔をする。何よ。


「君は本当に楽しい子だね」

「正しい警戒心でしょ。正体不明の男に囲まれているんだから」

「それもそうだ。ただ正体不明ではないだろう? 君も多少察して居るだろうにその態度、ますます面白い」


 その面白いって評価、やめてくれないかしら。なんかぞわっとするのよ。

 警戒して距離を測り続ける私に、元外套男はひたすら楽しそうだ。


「じゃあそのまま聞いて貰おう。僕はスタン。彼は護衛のモーリス。君は?」


 店長が私を呼んでいたから名前を誤魔化すのは無理。意味がないわ。


「…メイジーよ」

「メイジー。四日前チャンル学園に侵入した君に、僕の妹が会いたがっているんだ」

「どういうこと。全く意味が分からないわ」

「君のおかげで妹の憂いが一つ晴れたからね。そのお礼がしたいんだと思うよ」

「お礼をされるほどのことをしていないって言ってるのよ」


 そう、私は勘違いして彼女に詰め寄って、事情を説明させて、好きなら好きだと口にしろと迫っただけ。

 その場にうっかり相手が来たのはタイミングの問題だし、元々憎からず思っていた様子から二人が結ばれるのは時間の問題だったはず。私は何も貢献していない。あれしきのことで私のおかげで恋人が誕生したなんて思えないわ。


「君にとってはそうでも、妹にとってはそうじゃないってこと」


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