第17話 やりすぎとは誰も言わなかったよね

「おいおい、まじか」


「いくらなんでも、一年生どころか新入生だぞ……」


 試験当日がやってきた。

 残念に思うべきだろうか、調査隊に志願し試験を受ける人間は俺を含めたルルさんとクルス王子だけ。


「案の定と言ったらだめかもしれないがな」


「僕のことを気にしてくれているのかい?」


「そういうわけじゃないさ」


「重ねて言っておくけれどもね。もう僕としてはキミとルルさんが居たら……いや、キミたちがキミたちとして居続けてくれたのなら何も思うことはないよ」


 随分とこの一週間で信頼を深めてくれたものだと思う。

 隣にいるルルさんは会話を聞く余裕がないのか緊張で固まっているけれど、大丈夫だろう。


 不躾とまでは言わないが、中々に遠慮のないこいつら正気かよって感じの視線は心地悪いことこの上ない。

 多くの視線は俺以外に向けられているけれど、多少は俺に対しても注がれている。


「……先生の推薦あってこれ、か」


 規律、信用、信頼。

 学生レベルに求めていいものじゃなかろうが、ガワから見ただけじゃわからない程度の低さが感じられる。


 改めて戦争終結前から腐敗というか、レベルは下がり始めていたんだろう。

 上級生から向けられる侮りの感情。あるいは、自分たちと同列なんてありえないだろうという油断、慢心の気配。


 俺も試験を受けさせてほしいと言ってよかったと心底思うよ。


「ひっくり返ったときの反応が楽しみだね」


「そう言えるクルスで良かったよ」


「あ、あたしも! が、がんばるからね!」


「疑ってないよ」


 確かにそういった種の感情がひっくり返り、なんだこいつらすげぇと羨望の目を向けられたのなら気分はいいと思う。


 しかし。


「よく来てくれた。早速だが、キサマ達が調査隊に相応しいか試させてもらうぞ」


「ええ、ご随意に」


 果たしてキレイにひっくり返ってくれるだろうか。


 ラナ先生の後ろから出てきたのは調査隊を尾行していた時に見た、隊の中でも上澄みにいるらしき生徒が三人。


 時間の無駄だとでも言いたげな気配に思わず苦笑いが浮かんでしまう。


「……ほんと、現実を現実だと直視できるだけの器があればいいんだけどな」


 こいつらが負けた時、どういう反応をするのか。

 是非とも想像を裏切ってほしい。そうじゃないと、苦笑いすら浮かべられないだろうから。


「では試験を始める! 勝敗は結果に影響しないが戦える力を見せてみろっ! はじめっ!!」




 ――なんて、始まった試験だけども。


「……」


「ひ、ひひ、ひぃ」


 呆気なすぎる結末だった。


「はぁ。先生?」


「そこまで!」


 始まった。入学試験で見せたフレイム・ウィップで相手を全員拘束した。その間にルルさんとクルス王子のパラレル・キャストで大きな火球が出現した。


 結果、拘束されていた生徒たちの戦意がなくなった。


「え、え、え?」


「終わったんだよ、ルルさん。もう、言うまでもなく僕たちの勝ちだろう」


 勝敗を求められていたわけじゃないけれど、少なくとも試験はこれで終わり。


 正確に言うなら、これ以上続けられないというべきだろうけど。


「仕事、増やしてしまいましたね。すみません」


「自業自得だと思うことにしよう」


 困り顔のラナ先生には申し訳ないと思う。

 ここまで格の違いを見せてしまったんだ、三年生たちが自信喪失しておかしくない。

 当然ながらそのフォローをするのは先生だし、もっと言えば俺を推薦したからこうなった。


「こう言ってはなんですけど。頑張るまでもなく、この人たち分は働きます」


「ストップだ、ルージュ・ベルフラウ。これでも私は教師なのでな、可能性をここで断じていい立場にいない」


 結局、キレイにひっくり返ったとは言えない。

 信じられないようなものを見るかのような視線に溜息の一つも出てしまいそうだ。


 都合良く考えるのであれば、ルルさんをエースに仕立て上げるという目的が容易だと実感するいい機会になったと思うべきだろうが。


 パラレル・キャストの主だった目的とはやはり小さな子供の魔力を親が体外へと排出するためのものだが、こういう使い方だってあると気づいている人間は多い。


 故に、ルージュとしてではなく、極炎としてはこの程度のことでと思ってしまう。


「それは、失礼しました」


「あぁそうだ、失礼だ。彼らは今スタートラインに立ち選択肢を手に入れたのだよ。折れるか、発奮するかというな」


「選択肢、ですか」


「誰だって最初から強いわけではない。学院という小さな世界、あるいは貴族が作り上げた箱庭にいた人間は得てして勘違いをする。そう、強者になるためにはまっとうに自らが弱者であると気づくことこそがスタートなのだよ」


 そういうラナ先生の表情はどことなく痛みを感じているかのようなもので。


「……ありがとうございます。心に刻みます」


「あたしも、同じくです」


 見れば両隣でルルさんとクルス王子が真面目な顔をして頷いていた。


 やっぱり、ラナ先生は尊敬すべき人間だろう。

 まだ彼女から回復魔法を学べたわけじゃないけれど、彼女の下でならと思う。


「ともあれ、見事だった。文句なしの合格だ。次回ブリーフィングから参加してくれ、日程は明日中に通達する」


「了解しました、ありがとうございます」


 それだけに、自分の考えが間違っていてほしいと願ってしまうが。

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