第二話 屋上を腋としたら屋上前は腋の下で、そこにいる俺達は腋毛ってことになるだろ?

翌日の昼休み、俺は草壁を呼び出す。


「引き続き腋毛契約の場所を探そう」

 俺の提案に、草壁は困った顔で答える。


「それは構わないけれど、大体の場所は回ったし、適している場所が思いつかない」

「なんで学校に腋毛の受け渡し場所がないんだろうな」

「ある方がおかしい」

 となるとやはり、思いつく場所は一つだ。


「屋上前だな。目立たないし、いいと思うんだよな」

 俺の提案に、草壁は顔をしかめる。懸念はわかる。


「腋毛契約の場所として、人がいるという一点を除けば完璧なんだが」

「その一点が致命的すぎる」

 しかも変な人だった。いきなりの演説。わざとらしい口調。まさに変な人だ。


「とりあえず行ってみよう。今日はいないかもしれない」

「いつもいそうな雰囲気を醸し出してた」

 それはわかると思いつつ、俺たちは階段を登って屋上前に向かう。



「やあ、また会ったね」

 やっぱりいた。

 変な女子が笑みを浮かべて話しかけてくる。本とお弁当を広げて壁に寄りかかって座っている。昨日と同じスタイルだ。


「また来てくれるとはね。これはボクに会いに来たということだよね」

「全然そんなことないです」

 完全に違うので否定したが、女子生徒は微笑みながら言う。


「まあまあ、せっかくだし自己紹介をしようじゃないか」

 そう言って本を置く。長くなりそうなので、俺たちも床に座る。


「ボクは三年の伊達。趣味は読書で、座右の銘は自由。よろしく」

 仰々しい口調の挨拶。三年生らしい。先輩だ。自由って座右の銘なのか? 

 しかしそんなことはどうでもいい。薄々感じ取ってはいたが、重要な情報があった。


「ボクっ娘じゃん!!!」


「ボクが自分をどう呼ぼうが自由だろう? 人称という縛りから自由でありたいのさ」

 思想がありそうなボクっ娘だ。まさか実在したとは。

「なに興奮してるの」

 冷ややかな目で見てくる草壁に、俺は語る。


「俺、ボクっ娘好きなんだよな。男女の常識に囚われない価値観とか強い信念を持ってたりさ、それでいて時折見せるギャップとかめっちゃいいんだよ。ただそれを現実でやられると二次元のモノマネって感じでなんか冷めるんだよな」


「最初すごく褒める感じだったのに急にめちゃくちゃ失礼だね」

「申し訳ありません。この男は常識が欠けていて……」

「それは充分に伝わったよ」


「私は草壁で、こっちは無藤と言います」

 草壁が俺の分まで名乗ってくれる。漫才コンビみたいだ。俺がボケて草壁がつっこむ感じもそれっぽい。

「つっこみの方が実はヤバいパターンだけどな」

「急になに?」


「えーっと、キミたちはどういう関係なんだい?」

 先輩が不思議そうに尋ねてくる。正解は腋毛を渡す仲だ。わかるわけない。

「入学そのままの勢いで付き合って、密会したいとかかい?」

「だいたい正解です」

「正解じゃないから」

 草壁が即座に訂正する。


「私たちは付き合ってませんが、校内で人が居なさそうな場所を探してるんです」

 あんまり変わってない気がするな。

「そうかい。ボクがいて残念だったね」

 先輩はけらけらと笑う。なぜか楽しそうだ。


「先輩はここに毎日いるんですか? 理由はなんです?」

「よくぞ聞いてくれたね。ボクはこの机と椅子のようなものさ」

 隅に重ねられてる備品を指さして、もういきなり意味のわからないことを言った。


「屋上への扉は閉ざされてる。

 対してこの屋上前。太陽に一番近いのに暗くて狭い、なんのためにあるかわからない空間。行き場のない机たちの終点、不自由の象徴さ。だからボクはここにいる。自由に扉一枚隔てて、鬱蒼としたこの場所が落ち着くのさ」

 さわやかな表情でめっちゃ語ってきた。満足そうだった。言いたいことは少しだけわかった。俺は感想を伝える。


「つまり教室に居場所がないからここにいるってことですか?」

「さすがに失礼なんじゃ……」

「ふふっ、そうかもね」

「肯定!?」


「つまらないからね。授業も、生徒たちの顔色を伺うような会話も。全部退屈で想定内の世界。ボクの居場所はどこにもない。だからここにいるのさ」

 なに聞いてもこんな感じの答えが返ってきそうな気がするな。


「とりあえず俺たち、ここで人に見られたくない行為をしたいからどいてくれませんか?」

「正直だね」

 先輩は笑みを絶やさず、挑発的に続ける。


「ボクは信念でここにいる。リア充に譲るわけにはいかないのさ。だからここが欲しいなら、ボクを出し抜きたまえ」

 その言葉だけ腑に落ちた。先輩のカッコつけた態度、崩したい。俺はそう思った。


 ★


 翌日の放課後、俺は草壁に声をかける。

「屋上前に行こう」


「どうしてそこまでこだわる?」

 不思議そうに尋ねてくる草壁。俺は頭の中に浮かんだ理由を、答える。

「屋上を腋としたら屋上前は腋の下で、そこにいる俺達は腋毛ってことになるだろ?」

「なにを言ってる?」

 伝わらなかった。


「それにあの三年生、放課後なら、ついにいないかもしれないだろ?」

「すごくいそう」

 正直そんな気はするが、後には引けない。あのドヤ顔を破壊したい。それが望みだ。


「まあ、構わない。私もあの人、少し気になる」

 ため息をつきながら、草壁は言う。意外だ。気が合いそうには思えなかったが。屋上と腋毛、変なことにこだわってるシンパシーがあるのかもしれない。

「これは百合展開来たか」

「そういうのじゃない」

「俺、百合漫画にオリキャラのヤンキーが割り込んでいく同人誌が好きなんだよな」

「よくない楽しみ方をしてる」


 無駄話をしながら移動。屋上への階段を上がる。その先、伊達先輩が座っていた。階段の途中からもうその姿が見える。やっぱりいたわ。


「こんにち……むぐっ」

「待て」

 声をかけようとする草壁の口を手で塞いで、踊り場の陰に隠れる。

「ん、な、なに」

 俺の手を剥がす草壁に、声を潜めて言う。


「このまま観察しよう」

「なぜ?」

「一人でいる時の行動を観察すれば裏の一面が見れるかもしれない。敵を知るためにはまず調査だ。事実、草壁を尾行したら腋毛を発見したからな」

「それは……むぐっ」

 文句を言おうとする草壁の口を塞ぐ。

「こっそり見守るぞ。ひそひそ声にしろ」

「わかった……むぐっ」

 口を塞ぐ。

「ど、どうして……」

「人の口を塞ぐって楽しいと気づいたんだ」

「気づかないで」


 伊達先輩を観察する。壁にもたれて片足を曲げて、そこに分厚い本を置いている。本気で匍匐前進すればパンツが見えるような姿勢だ。本の題名までは見えないが、文字が密集していて、知的さを感じる。

 少ししていくつかページをめくると、本を置いてスマホを取り出した。なにやらネットを見ている。検索でもしてるのだろうか。ちらちらっと階段下の様子を伺っている。俺たちの存在はバレてない。周りを気にしてる様子が見て取れる。そしてまた本を読む。少ししてスマホへ。今度は動画を見てる。画面の右下に小さい人間がいるのでおそらくゲーム実況だ。また本へ。少しじっとしたと思ったらすぐにスマホ。その繰り返し。


「読書に集中してなさそう」

 草壁がひっそり声ではっきりと言った。

「本よりスマホの方が明らかに楽しそうだな」

「でもわざわざここで読み続けてるのは……そういうポーズ」

「周囲の様子を気にしてるのも、人が来た時には読書してた体を装うためだな」

 俺たちによる解析がガンガン進んでいる。


「結論。私たちが来ると踏んで、かっこいい雰囲気で待ってる」

 悲しい一面が明らかになった。


「そういうことは誰にでもある。指摘するのはとても切ない」

 俺たちはこっそりと教室に戻った。伊達先輩、悪い人じゃないのだろう。同類かもしれない。そんなことを思った。

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