第20話 女神、現る アオイ視点

 講義が終わり、教室を出る。部室へ向かう為に長い廊下を歩いて行くと、すれ違う学生がチラチラとオレの方を見ていた。極力大人っぽい服を選んだつもりだけど、やっぱり目立つよなぁ。この身長は隠しきれないか。


 さっき受けていた経済学の講義は国際棟で行われる。この大学の中でも中心に位置する場所。人の往来が多いこの廊下では、オレが目立ってしょうがない。どうしたもんかなぁ。


「アオイ。裏道から行こう」


 角に来た所でシズがオレの手を引いた。


「あ……」


 し、ししししシズの手がぁ〜♡ すごい。離さないようにしっかり握ってくれてる!


 ふぇぇぇ……こんなの、こんなの……もっと好きになっちゃうよぉ〜!


 窓ガラスに映るオレとシズ。大学生の恋人に……は見えないか。完全に年の離れた兄妹。喜んでたのも束の間、現実を突きつけられみたいでしょんぼりしてしまった。




◇◇◇


 サークル棟に向かう途中。外の自販機でシズが缶コーヒーを買った。


「アオイも飲む?」


「え、悪いって」


「その体だとバイトできないだろ? 気にしないでよ」


「じゃ、じゃあオレもコーヒ……やっぱりココアがいいな」


 咄嗟に変えた。コーヒー飲めなくなったのを思い出して。


「最近ココア好きだね」


「あったかくて苦くないのって選択肢少ないんだよ。ホットレモンはあんまり好きじゃないし……」


「そっか。はい」


 ベンチに座るとシズがココアを差し出してくれる。暖かいペットボトルを触ってると、さっきまでキンキンに冷えていた手の感触が回復する気がした。


「……美味しい」


「顔ニヤついてるよ」


「う〜! だって美味しいんだから仕方ないじゃん!」


 前に大人だった時の感覚でコーヒー飲んだら死ぬほど苦かったんだよなぁ。味覚まで幼女になるなんてやっぱり不便だ。


「……」


「今日はおとなしいね」


「なんでさ、女神はオレを子供にしたのかな? 元と同じ年の女の子でも良かったのに」


「……なんでそんなこと思うの?」


「だって……」


 それなら、シズと歩いていてもシズに恥ずかしい思いさせなくていいし。


「僕は、さ。今のアオイ好きだよ」


「え?」


「前のアオイも友達として好きだったけど。今のアオイは……すごく楽しそうだし」


「そ、そうかな」


 そんな意味じゃないと分かってるのに、シズの口から「好き」と言われて心臓が高鳴ってしまう。鼓動がうるさくて、耳まで変になりそうな感じ。


「多分だけどさ、女神はアオイに準備する時間をくれたんじゃない?」


「準備する時間って?」


「ほら、いきなりさ、大人の女の人になったら、元々のアオイとギャップがありすぎて気に病んじゃうかもしれないし。少しずつ女の子になれるように気を使ってくれたというか」


「気を……」


 そっか。


 そういう考え方もあるんだ。どうしても後ろ向きに考えすぎてたのかも。うん。この体になってからいいこともいっぱいあるじゃないか。ゆめかわな服とかいきなり大人になってたら着れなかっただろうし。そう考えよう。



「あらぁ。良く私の真意を理解してくれる男の子ねぇ」



 急に頭の上に柔らかいものが当たる。変に思って上を見上げたら、二つのモチモチした物体が顔にのしかかった。


「ふごっ!?」


「中々聡明な男ねぇ君。そうよ。精神と肉体はね、解離が激しいと苦しみを生むことがあるの」


「あ、貴方は……?」


 シズが驚く声がする。なんとかモチモチ物体から顔を出すと、女神ディーテがオレの顔に胸を押し付けてシズに話しかけていた。


ひ、ひーてディーテ!?」


「ディーテよ〜この子の姿を変えた女神!」


 ディーテは豊満な肉体を惜しげもなく強調する。近くを歩く男子学生たちから、先ほどとは別の視線が女神に集中した。


「ああ……この視線。たまんないわ……欲望の、願いの香りがするぅ〜」


 恍惚とした表情で女神がクネクネ気持ち悪い動きをする。その様子を見るシズの目は完全に引いていた。


 さすがシズ! 他の男子学生たちとは全然違う! しゅきぃ……♡


 はっ!? 今のうちに逃げないと! また肉饅頭に押しつぶされる!


 女神がクネクネしている好きをついてシズの後ろに隠れる。オレを見た女神はニヤリと不適な笑みを浮かべた。


「あらぁ? その子の後ろに隠れるなんて、すっごく素直になったわね♡」


「うるさいな! 自分の願いに気付いただけ!」


 怒ってもディーテは笑みを浮かべるだけ。痺れを切らしたように、シズが女神へ訴える。


「女神様。アオイの戸籍をなんとかして貰えませんか? このままだと人間社会で生活するのが困難に……」


「嫌よ」


「なんで!?」


「幼女ちゃん。私は貴方達にはまだ試練を与えるべきと思っているの。現時点で楽をさせると願いが未達になる恐れがあるわ」


「未達ってなんですか?」


 怪訝な顔をするシズを無視して、女神はオレに耳うちする。


「この男の子と幼女ちゃんが結ばれないと私は願いを完全に叶えたことにならない。それまではお預けよ」


「そ、そんな」


「だからい〜っぱい2人で絆を深めてね♡ たまには様子を見に来るから」


 そう言うと女神が急に距離をとる。


「じゃあね〜私が消えないうちになんとかするのよ〜」


 そう言うと、女神は空高く飛んでいった。ざわつく周囲。しかしオレはそんなこととは別の問題で頭がいっぱいだった。


 チラリと見ると、シズは深刻な表情で何かを考えていた。


 シズと……結ばれる。


 すごく嬉しいけど、もし女神が消えるまでに|

そう《・・》なれなかったら、オレ……戸籍も何も無い状態で生きていかなきゃいけないんだよね……。


 それを改めて思い知らされる。



 オレは喜んでいいのか複雑な気分になった。


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