第53話 最終決戦⑦刑事の躍動

最終決戦⑦ー刑事の躍動と藤田の小さな執念ー

「まーだ勝負は終わってないですからね。ナベシマさん」


 佐々木刑事の目は爛漫としていた。



 私は佐々木刑事が何故そんなに自信があるのか分からない。



 上司からナベシマ逮捕はストップがかかったのに。


 日本の警察はナベシマを逮捕でき…あ、うそ。


 もしかして…、


 え、そういうこと…?

 佐々木刑事に策があるの…?

 


そうだとしたら仕事が早い。あまりにも早い。


佐々木刑事…いや隣の秋口刑事か…驚いた。


 いかにも体育会系の佐々木刑事と、やる気のない力の抜けた秋口刑事。


 まさか土壇場でこんな行動に出るなんて。



 まぁ隣のナベシマくんは分かっていないようだけど。


 椅子に縛られ、顔がえぐられたナベシマは目を丸くして刑事2人のことを見ている。


 「お姉さん、何言ってるの?警察は逮捕できないんでしょ」


「そうですよ」


「ふふ…じゃあ、貴方はどうやって僕と勝負するるんですか。」


 ナベシマは余裕を少し取り戻したみたいだ。


「勝負するのは私じゃありません。私達はあくまで勝負をする環境を整えただけです。」


「は?じゃあ僕は誰と勝負をするのかな?」


「アメリカです」


「へ?」


やっぱり、そうきたか。


日高検事、黒瀬さんも既に気づいている。気づいていないのはこのポンコツだけだ。


「ナベシマさん。サンフランシスコ警察の緊急の依頼により売春斡旋の疑いであなたの身柄を確保します。」


「さ、サンフランシスコ…?」


「アメリカのカリフォルニア州にある町だね。お前が藤田に海外出稼ぎさせているところだよ。」


 私はそう言って身をかがめ、ナベシマと視線を合わせた。


あぁ確かにこっちの方がコイツの間抜けた顔がよく見える。


「証拠は…藤田か!?いやでもアイツは」と言ってナベシマはパソコンの方を見た。


 ナベシマの言う“アイツ”は警察に通報する状況ではないと言いたいのだろう。


 私はそんなナベシマの髪の毛を掴んで引っ張った。


 「私が今日、佐々木刑事に送ったのはなんだと思う?」


「そ、それは僕が使っていた脅す…顧客のための動画だろ。藤田がくすねた…」


女の子達がレイプされている動画…とは言えないだろうね。


「違うよ。藤田がどうやって、くすねるのさ?テレビマンの柊木ですら動画の出所は知らないだろ」


「じ、じゃあ…!」


「藤田が私に残したのはLINEのやりとり」


「それはアイツが渡航する前に俺が全てチェックしてトーク履歴は削除したぞ」



「藤田は残してたよ。スクショ。」


「スクショ」とナベシマは初めて聞いた言葉のように復唱した。


 しばらく経ってナベシマもようやく気づいたようだ。


「ちゃーんとiPhoneの写真フォルダのゴミ箱まで確認しなかったでしょ???」と私は満面の笑みで言った。



 この情報を捕捉するように黒瀬さんが「最近、アメリカは日本から来る出稼ぎ風俗には厳しいですからね。LINEで出稼ぎの打ち合わせについて話していたらアウトなんですよ」と説明してくれた。


 そう、藤田が私に残したリップ。リップの反対の方のキャップを外すとUSBになっていた。


 そこにはナベシマと藤田のLINEのやり取りとナベシマの顔写真が残っていた。


 LINEのやり取りは、いつからサンフランシスコに行くのか。客の特徴。入管でバレない方法。もし捕まった時の対処法など目に見張るようなマニュアルだった。




「そ、そうだとしても余りにも逮捕までが早すぎる!!」


 まぁ、それは私も思う。


「弱みを握られているお国のお偉いさん方もお前のことをどう消そうか悩んでいたんだろうな。この話を外務省に電話したら1発だったよ。」と秋口刑事はタバコに火をつけて言った。


 まったくコイツはどこまでコネクションを持っているんだ。警察に検察に国会議員、外務省もか…。


 お偉い方さんからしたら、弱みを握っているナベシマが消えるなら万々歳だろうな。


「サンフランシスコ警察、売春斡旋に死ぬほど厳しいから頑張れよ」

と秋口刑事はエールを送った。


 ナベシマの顔はどんどん真っ青になっていく。


「は、ははは、はぁ…?」と壊れた人形のようだ。


「まず身柄の方はインターポールの方に渡して…。あ、その前に病院ですね」と言って、佐々木刑事はナベシマの手と足に付けられていた拘束を解いた。


危ない…と思った瞬間


ナベシマは佐々木刑事に飛びかかった。佐々木刑事の顔面を殴りつけで腹部を蹴り上げた。


「ぐぅっ!!!」


 そして、床に散らばっていたガラスの破片を拾い、佐々木刑事の首元に押し付けた。ガラスの一部はもう首に当たっているようだ。佐々木刑事の首元から血が垂れている。


コイツ本気だ。最悪。


「ははは!どうせここで終わるんだったら、君達に絶望的なトラウマを残してあげる!!!」


しまった。コイツの四肢を折っとけば良かった。


 緊張感走る部屋に秋口刑事はただ1人呑気にタバコを吸い続けていた。


 場違いな煙が部屋に立ち込める。



 

 中年刑事の出す余裕はあまりにもこの空間には異質なものだった。



 首からは少しずつ血が流れている。佐々木刑事が着ているワイシャツの襟元は血で滲んでいる。


 秋口刑事はタバコをふーと吐き捨てて「ナベシマ君。こういう時はボロボロの冬梅さんか、もやし男の黒瀬君を狙わなきゃ」と言った。


「「は?」」


 と秋口刑事に名前を挙げられた3人は同時に言った。


「お前がガラスの破片を首元に突きつけている相手は…」と秋口刑事が言いかけたところで、


「うがぁっっ!!!」と言う悲痛な叫び声が聞こえた。


 視線をナベシマの方に移すと、四つん這いに這いつくばっていた。


「柔道の日本選手権優勝して警察学校トップで卒業した化け物だぞ。」


「まぁ言うの遅かったか」と秋口刑事は吸殻を捨てた。


「ふぅー」と佐々木刑事は息を吐いた。ハエでも払ったかのような顔をしていた。


えー…佐々木刑事、強すぎ…。イイダさんと同じくらい強い。


そこに「ちょっとなんでさっき私の名前上げなかったのよ!」と日高検事の怒鳴り声が聞こえた。


「あ、いやいや。ひ、日高検事はお強いので、ねぇ?」と秋口刑事は佐々木刑事の方を見た。


「知りませんよ。元嫁の事は貴方の方が知っているでしょ。秋口刑事。」


「はははは」

 秋口刑事はさっきの余裕ある態度とは打って変わって、ただの腰の低い男になっていた。


 “あ、そこ結婚してたんだ” 私と黒瀬さんは無言のままお互い顔を見合った。

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