第50話 最終決戦④ー壊すー

私は飛ばされた小指の止血と痛みが治るまでの間、ナベシマの昔話に付き合うことにした。ナベシマはソファに座って、私はベッドの下に潜り込んでいる。


 痛み止めが完全に効くまで30分。


 そろそろ佐々木刑事が動き出している時間だ。


 耐えろよ。藤田。


「僕が高校生の時にね、1人の男の子が転校してきたんだ」


「そう」


「とっても顔が綺麗で人当たりが良くて、なのに彼はクラスで虐められている女の所にずっとベタベタくっついていたんだ」


「なんだか、きな臭いと思ってSNSで彼が前に在籍していた学校の生徒のインスタを見つけたんだ。そしたら彼…前の学校でいじめの主犯で退学になってたんだ。最高に面白いでしょ」


「何の話がしたいの?」


「まぁ聞きなよ。こっからイイダさんと黒瀬さんと繋がるから…」 


 全く話の先が読めない。どう繋がるんだよ。


「僕はその虐められていた女の元に行ったよ。わざわざ北海道から東京にね。それで僕は彼女に言ったんだ。“君を虐めてた奴は幸せに生きてるよ。しかも君と顔が似た子と”って。そしたら彼女…顔真っ赤にしちゃって可愛いんだ。これが。」


 ナベシマが自分と同じ北海道出身だということに嫌気がさした。それと同時にナベシマの肌の白さにも納得がいった。


「そそのかしたのか。」


「そう。その女、わざわざ北海道に来たよ。しかも彼を刺しに行く前にYouTube で殺害予告して。んで包丁持って突撃」


「その男は死んだの?」


「いーや。死んでないんだコレが」


 ナベシマがどんどん早口になっていく。相当興奮しているようだ。


 暗闇の中、右腕の感覚を確かめる。

さっきよりも痛みは引いてきたな。


「助かったんだよ。刺されず川に落ちた。で素知らぬ顔して登校してきたんだよ。いつも通りに。すごい心臓の持ち主だったよ。」


「そうだね。」


「だから、それで火ついちゃって。どうやったらコイツ壊せるのかなって思ってさ。だって人の顔を採点して不登校にさせたんだぜ」


「別に…」

あなたが裁くことじゃない…と言いかけてやめた。今はナベシマを油断させなければ。



「まぁ壊し方は簡単だった。彼じゃなくて彼の大切なものを壊せば良いんだって気づいた。桜ちゃん分かる?」


「彼の唯一の女友達」


「ピンポーン。ふふ。やり方は簡単。イイダさんとか黒瀬さんとか、今の君みたいな感じでやったよ」


「あんた…レイプしか芸が無いの?」


「いやいや。この芸が1番優秀なんだよ。レイプは命を奪うよりも、怪我をさせるよりも最も美しい暴力だ。傷を一つつけずに相手を再起不能にさせる。素晴らしいよ」


「理解できないんだけど」


「ま、とうとう彼も壊れたよ。学校に彼女が来なくなって一人ぼっちになった。もちろんクラスの奴らは彼を毎日袋叩きにした。それで幻聴とか幻覚が聞こえ始めたのか1人でブツブツ話し始めるようになった」


 聞いていて胸が痛くなった。性暴力は周囲の人間も被害者と同じように傷つく。


 そして突然「あはははは!!!!」とナベシマは大声を上げて笑い出し、ソファから立ち上がった。


「僕はそんな彼にささやいたんだ!!“君も奪う側の気持ちになったら分かるよ”って。それだけだよ!それだけで!彼は、たまたま目に入った女とその子供レイプして殺したんだよ!!」


あぁ…繋がった。長話に付き合った甲斐があった。


「それがイイダさんの奥さんと子供か。」


「そう…。まぁ最後まで話させてよ。もちろん僕は彼の裁判を見に行ったよ。彼のフィナーレを見届けようと思ってね。傍聴席は奥の方だった。前方は遺族が座るだろ。そしたら、僕の隣に空っぽな目つきをしたマッチョな男が座ってきた。」


 マッチョな男…イイダさんだ。あの時は自衛官だったから。


「僕はすぐ分かったよ。コイツが遺族の旦那の自衛官だってね。そして僕は興奮した。コイツ…前の席に座ったら犯人を殺すと思ってわざと後ろの席に座ったんだって」


「そう…」


「凄い殺意だったよ。そして僕はそんな空っぽな男の目を見て決めたんだ。次はコイツを壊してやるって。」


「壊せそう?イイダさんのこと。」


「んーきみ次第だよ。黒瀬君との方は失敗に終わったしね。」


「私が死んだらイイダさん壊せるの?」


「はは。君が死んだくらいで壊れるような人じゃない。まぁこれは教えない」


「興味ない」


「さぁ…これで僕の話は終わりだ」


ドンっー。銃声。火薬の匂いがツンとくる。ベッドの足に当たった。ベッドは重心を崩し、私の身体にのしかかった。


 私はベッドから素早く抜け出し、ナベシマの元に向かった。


「ぐうっ!!」なんだ。鈍器のようなもので殴られた。クソっ灰皿だな。


 私はガラス散らばる床に座り込んだ。


 そしてガチャリと音が鳴った。冷たく重たい金属のようなものが皮膚に突きつけられた。


「チェックメイト」


「みたいだね。」


「今なら許すよ。パパとやる?」


「遠慮しておくよ」


「そう…」


「どんなに外れようとしても君は最初から僕の敷いたレールの上さ。藤田が柊木にレイプされたのも、それで僕に泣きついたのも、鮎川にガキを預けたのも、君と藤田がセックスしたのも、全部僕の計画の一部さ」


「イイダさんを壊すための?」

 

「そう。やると決めたらとことんやらなきゃ。人生はつまらないよ。」


「あなた…女の子の頭を吹き飛ばすタイプなの?無粋ね」


「君は獣だろ。」


「ふっ。さっさと撃てよナベシマ。」


「うん。じゃあ遠慮なく。時間がないもんでね。」


 ドンー。


 ビルの高層階で6発目の銃声が新宿の街に響き渡った。

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